第三章 05
「ルディ! 良かった、やっと会えた」
「あらアレン、今までどこにいたの?」
年少組のお店の手伝いが一区切りしてからテントに戻り、シスターたちの手伝いや来賓客へのご挨拶などをしていると息を切らせてアレンが駆け寄って来た。
上着を脱いでシャツの袖を捲り上げている所を見ると随分と忙しかったようだ。
「年長組の売り場の品出しやら母上の頼まれごとであちこち使われてたんだ」
「そう、年長組のお店にはさっき寄ったけど会わなかったわね」
「ちょうど品物を取りに行っていたんだ。戻ったらルディが来てたって聞いてさ、その後はまた別の用事を言いつけられるし……もうクタクタだよ」
「お疲れ様。今年は寄付の品物が沢山集まったそうで年長組のお店は並べきれなかった品物は店頭のものが売れたら出すって言ってものね。でも繁盛しているならありがたいわね」
善意で集まった品物が残ってしまうよりも誰かの手にめぐり渡ってくれればいいと思う。
そしてそれは孤児院で過ごす子供たちの支援にもなるのだから売れ行きが良いのは本当にありがたいことだ。
「ルディ、これから少し一緒に見て回らないか?」
「……構わないけど、抜けて大丈夫か聞いてみるわね」
テント内にいる他のご婦人方に声をかけて抜けても大丈夫か聞くと何故かみんなアレンをちらりと見ながら満面の笑みで行ってらっしゃいと声を揃えた。
これはご婦人方に誤解されたかもしれないとちょっと心配になるけれどナターシャ様の息子のアレンとは幼馴染なのは周知の事実だしきっと大丈夫だろう。
お言葉に甘えてアレンと少しバザーを見て回ることにした。
いつの間にかバザーには随分と人が集まっていて賑わいをみせている。
出店者のお花を配る時にちらりと見て回っただけだけれど小物や生活雑貨に衣類、古書や軽食など様々なお店が並んでいた。
一先ずぐるりと一周してみようと歩き出す。
「こうして2人で歩くの懐かしいわね」
小さい頃にお母さまたちに連れて来てもらって今ほどバザーは賑わってはいなかったけれど2人で一緒に見て回った事を思い出した。
あの頃は見るものが真新しいものばかりでとてもはしゃいで楽しかったのを覚えている。
「迷子にならないように手でも繋いでおく?」
スッと差し出された手を見て軽くペシリと叩く。
楽しいだけじゃなく苦い思い出も確かにあったのだ。
「あの時迷子になったのは私ではなくてアレンの方よ」
「でも泣いていたのは君の方だったと思うけど」
「急にいなくなったら誰でもビックリするでしょう。結局あの時は様子を見に来たお父さまに……」
「そうそう君はお父上に抱き上げられて泣き止むと遠くに居た僕を見つけてくれたんだったね」
「……この話は止めましょう」
「何?急にどうしたの」
「どうもしないわ」
「さては……お父上と喧嘩でもしたかい?」
この幼馴染は時々妙に鋭くていけない。
思わずじろりとにらみを返す。
今日は心の平穏の為にお父さまの事を思い出さないようにしよう。
私は前方で列が出来ているクレープのお店を指さした。
こういった場所ならではの食べ歩き出来るクレープのお店だ。
「アレン、私クレープを食べたいわ。買ってきても良い?」
「なんだお腹が空いていたの?ちょうど僕も気になっていたんだ。買ってくるから待っていて」
そう言うとアレンはポンと優しく私の肩を叩いて、返事も待たずに小走りでクレープ屋さんへと向かった。
実にスマートである。
「一緒に並ぶくらいなんてことないのに」
一応気を使ってくれたのだろう、通路の邪魔にならない様に少し端によけて遠くからアレンの姿を見守る事にした。
すると近くで「あっ」と黄色い声が上がる。
「ねぇ、あの方アレン・ブローセン様ではなくて?」
「まぁ本当、公子様もバザーにいらしていたのね」
「ブローセン公爵夫人がこのバザーを取り仕切っていらっしゃるそうだからお手伝いにいらしたのね、きっと」
「まぁなんてお優しい方なのかしら、夜会の凛々しいお姿ももちろんですけど今日のようなくだけた装いもお素敵ね」
「本当に」
ちらりと視線を向けると赤・青・黄色とそれぞれ違ったドレスをまとう少女が3人、アレンの姿を見て楽しそうに言葉を交わしていた。
やはりアレンはお嬢様方に人気らしい。
それからその少女たちも同じ様にアレンの姿をを見守り、その間ずっといかにアレンが素晴らしいかを語り合っていた。
私は聞こえてくる尽きることない賛辞にもはや関心すらしていた。
「ルディ、お待たせ」
両手にクレープを抱えて子供のような笑顔を浮かべて駆け寄ってくるアレン。
背も伸びてスタイルも良く、爽やかな笑顔……。
「アレン、立派になって」
しみじみと顔を見上げて思わず呟いてしまった。
何のことか分からずアレンが首をかしげる。
「え?どうしたの急に」
「ううん、何でもないわ。ちょっとした親心よ」
「いや、本当何?大丈夫?」
「気にしないで」
小さく首を振って笑顔で返し、片方のクレープを受け取る。
昔から私が好きなチョコクリームとナッツのクレープ。
やっぱり覚えているんだとまたしみじみしてしまった。
いただきますと一口食べて変わらない味を噛み締める。
「美味しい」
「うん、良かった」
思わず笑みが浮かび、アレンも同じ様に笑った。
甘いものは一瞬で幸せな気分にしてくれるから不思議だ。
「あの女性、どなたかしら」
幸せ気分の最中、ピリッとした囁き声が耳に届き、ハッと我に返る。
この声はおそらくあの赤青黄色の3人組だ。
「……私知ってますわ、アスターフォード家のルディア様よ」
「あの、社交界に全然出てこない方ね。アレン様とどういうご関係かしら」
こちらを気にする声が聞こえてくる。
チラリとアレンを盗み見るがどうやら声は聞こえていないようだった。
3人の存在を知る私の耳が敏感に言葉を拾ってしまっているのだろう。
この先を聞いても碌なことがないだろうとわかるのに何故か耳を傾けてしまう。
「お二人ともよくご覧になって、バザーの主催者側のお花を付けていらっしゃるわ」
「まぁ、社交界にはお出にならないのに慈善事業は参加されますのね」
「立派ですこと。それにしても地味な方ですわね」
「アレン様がお素敵な分、余計にそう見えるのかもしれませんわ」
「不釣り合いですわよね。私も慈善事業に参加していたらアレン様とお話し出来たのかしら」
「それですわ!きっとあの方もアレン様が目当てなのでしょう」
そ・ん・な・ワケないじゃない!
あまりに勝手な想像に心の中で叫ぶ。
こんな人たちが集まる社交界に行くくらいなら家でアディリシアたちの面倒を見ている方がよっぽど有意義だろう。
ライルには悪いがはやり当分は社交界に参加するのをやめておこう。
「ルディ?」
「ごめんなさい、なんでもないの」
心配そうに私を覗き込むアレンは既にクレープを食べ終わっていた。
慌てて私も残りを口に運ぶ。
「急がなくて大丈夫だよ」
大丈夫と言われても急いでしまうのが人の性というもので
「うん、美味しかった」
「あはは」
何とか最後を飲み込んで顔を上げるとその拍子にアレンが噴き出して笑った。
「アレン?」
「ここにクリームがついてる」
トントンと人差し指で口元を指差して教えてくれた。
恥ずかしさで急に顔が熱くなるのがわかった、慌ててポケットのハンカチを取り出すがそれよりも先にアレンの指が私の口元を拭う。
そして、そのままクリームの付いた指をぺろりと舐めた。
「な、に……」
「いただき、なんてね」
してやったりと片目をつぶってみせたアレン。
石のように固まる私の背後から悲鳴のような声が響いていたのはきっと気のせいではないだろう。




