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第三章 04

 

「ねぇ、これはどういった物かしら?」


 子供たちとお客様たちのやり取りがひと段落してきた頃、いつの間にかすぐ近くに来ていたご婦人に匂い袋を指差して問いかけられ慌てて居住まいを正す。

 扇子を手に持ち、シックな装いでお洒落な帽子のレースが顔を半分隠しているけれど口元から上品さがうかがえた。


「はい、こちらは匂い袋になります。孤児院の子供たちで育てたハーブが入っています。匂いは二種類だけなのですがリラックス効果と安眠効果のあるものになっております」

「ふぅん、袋が可愛らしいわね。これも手作りなのかしら」


 小さな巾着袋は同じ形でもそれぞれ作り手の工夫が凝らされており、シンプルなものもあればパッチワークのようなものからレースの付いた女の子らしいものまで様々だった。


「ご協力いただいているご婦人方の手作りになります」

「そう……あなたも作られたのかしら?」

「ええ、拙い出来ですけれども…これとこれとか、そうです」


 作った中でも近くにあった若草色と濃紺のパッチワークの匂い袋を控えめに指で差す。

 ベテランのご婦人方には及ばない微妙な出来なので出来ればご紹介したくなかった。

 帽子のご婦人はちらりと私を見ながらその二つの匂い袋を眺めた。


「ではその2つとこの桃色のをいただくわ」

「ええ! あの、私が言うのもなんですがもっと他にいっぱいありますしもう少し素敵なものの方がよろしいかと……」

「これがいいのよ、そこの坊やこの3つをいただける?お金はこれでいいかしら」

「ありがとうございます。今お包みします」


 私が動揺している間にご婦人は側にいたジョージに声をかけ購入してしまった。

 嬉しい反面恥ずかしく申し訳ないのとで頭がグルグルしている間にジョージが手際よく匂い袋を包んでご婦人へ渡した。


「お待たせしました」

「ありがとう、元気が良くていいわね」

「へへっ、ありがとうございます」


 褒められて少し顔を赤くしたジョージは照れながら笑った。

 微笑ましくそれを見てからご婦人へと向き直り小さく頭を下げた。


「ご購入ありがとうございます」

「……」

「あの?」


 お礼を言うとご婦人は帽子のレース越しにじっと私を見つめる。

 何かおかしなことを言っただろうかと小さく首を傾げてみた。


「こうまで気付かないとちょっと寂しいわね」

「え?」


 ため息まじりに呟かれた言葉に目をしばたたかせる。

 何となく聞いた事がある声の気はするけれど……


「私がルディの物を買わないわけがないじゃない?」

「マ! ……マリおば様!?」


 大声を出しそうになって慌てて手で口を押さえた。

 帽子のレースを少しだけ持ち上げてウインクするその人はこの国の王妃マリーアン様ことお馴染みのマリおば様だった。

 いたずらが成功したような顔をして無邪気に笑っている、笑っているが……。


「お、おば様! こんな所へいらして大丈夫なんですか?」


 声を控えて詰め寄るとマリおば様はニッコリと笑った。


「大丈夫よ、侍女としてエマが付いているわ。さすがに子供たちは連れて来られなかったけど」

「当たり前です!」


 お忍びで王子殿下たちが来て万が一の事があったりしたら大変だ。

 おば様の後ろには控えめに立つ背が高くとても姿勢の良いキリリとした女性がいた。

 目が合うと小さくお辞儀をされ、こちらもペコリと返す。

 よく見れば確かにいつもマリおば様と一緒にいる女騎士様のエマ様だった、茶色いワンピースを着て髪を後ろに纏めて変装だろうか眼鏡をかけている。

 見事に侍女のお衣装を着こなしているけれど……女性にしてはなかなか背が高い。


「でも子供たちも来たがっていたのよ。お留守番させる代わりに今度あなた達姉弟を呼んでガーデンパーティーをする事になったから宜しくね」

「なんでそうなるんですか。そもそも何処でこのバザーを知ったんですか」

「そんなの決まってるじゃない。ナターシャに手紙で自慢されたのよ。あなたと一緒にバザーやるって」


 そうでした、お母さまを通じてマリおば様とナターシャ様も交流があったのをすっかり忘れていた。

 でもきっと自慢なんてしていないはずだし、お遊び半分でいらしたのだろう。


「……でも、不用心ですわ」

「あなたの作ったものが売られるんですもの、手に入れないなんて勿体ない事出来ないでしょ。あなたが作ったのは私とアーサーで使わせて貰うわね。あの人も喜ぶわ、きっと」


 アーサー、王様と王妃様が私の手縫いの匂い袋を……恐れ多すぎる。

 もっとお裁縫を修行しておけば良かった……。


「あと1つはエマ、あなたにあげるわね」


 エマ様を手招きして側へ呼ぶとマリおば様は先程の包みの中から桃色の匂い袋を取り出して渡した。

 それはリラックス効果のある香りの匂い袋だ。


「よろしいのですか」

「今日付き合ってくれたお礼よ」

「ありがとうございます。良い香りがします」


 恭しくそれを受け取ったエマ様は控えめな笑みを浮かべてそれを大事そうに握りしめた。

 エマ様はいつも凛々しいお顔をされているけれど笑うととても素敵なのだと気付く。

 思わず見惚れてしまった。


「ねぇねぇ」


 ツンと袖を引かれて我に返り、視線を落とすとキョトンとした可愛い顔でジョージが問いかけて来た。

 私とおば様を交互に見て不思議そうにしている。


「ルディ様の知り合いなの?」

「ええ、私の……おば様です。お顔を隠されていたので気づきませんでした」

「こんにちは、いつもルディがお世話になっています」

「こんにちは。こちらこそルディ様にはいろいろしてもらっています」


 マリおば様が身をかがめて挨拶をするとジョージも珍しくかしこまって答えた。

 貴婦人然とした姿に少し緊張しているようだ。


「……でも良かった」

「ジョージ?」

「レティシア様がお空に行っちゃったからルディ様きっと寂しいだろうなって皆で心配していたんだけど、おばさんがいるなら大丈夫だね!」


 安心したとばかりに純粋な笑顔で私を見上げる少年。

 ノーラといいジョージといい、この孤児院の子供たちは本当に心の優しい子たちばかりだ。寂しさはもっともっと子供たちの方が感じているだろうに私の事まで気にかけてくれるなんて。


「おば様もだけれどジョージたちみんながいるから、私は大丈夫よ。ありがとう」


 小さな体を抱きしめてお礼を言うとジョージは嬉しそうに笑った。

 そして他の子を手伝ってくると言って集まってきたお客様の所へと向かった


「いい子ね」

「ええ本当に、みんな優しくていい子なんです」


 マリおば様は王妃様という立場から1つの孤児院に支援などは出来ないだろうけれど今日は様子を見ていただけて良かった。

 孤児だからと不当な扱いを受けずに健やかに育って欲しいとお母さまは願っていた。

 ノーラが話していた心無い貴族の偏見もあるけれど、このバザーがその偏見を無くす為の1つの良い交流になればと思う。


「そろそろ私も他を見に行ってみるわね。子供たちにお土産を頼まれてるのよ」


 マリおば様は小さな2人の王子殿下の為にもう少しバザーを見て回ると言う。

 言うべきか迷ったけれどやはりお伝えしておこうと私はマリおば様とエマ様に声をかけた。


「もしかしたらですが、このバザーにならず者が紛れ込んでいるかもしれないそうです。どうかお気を付けてお早めにお帰りになってください」


 マリおば様とエマ様は顔を見合わせて小さく頷いた。

 そして心配そうにする私にエマ様が囁く。


「ご安心ください。私以外にも他に何名か控えておりますので」


 どうやら見えないところに護衛がいるらしい。

 確かにいくらお忍びでも王妃様に護衛が1人のはずないと後から気付く。


「ルディ、あなたも気を付けるのよ」

「はい、ありがとうございます」


 マリおば様とエマ様はゆっくりと人混みの中へと紛れて行った。



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