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第三章 02

 結局、アレンは静々と私たちの後を付いてきていた。

 連れて来て貰った事もあり、なんだかちょっと申し訳ない。


「お家の方はどう? 困っている事や何か私に出来る事があったら言ってちょうだいね。アレンも役に立つかわからないけれど好きに使って構わないわ」

「なんかひどい扱いな気がする……別にいいですけど」


 文句を言いかけたアレンはナターシャ様にちらりとひと睨みされると肩をすくめて視線をそらした。


「ありがとうございます、ナターシャ様。アレンにはいつも助けられていますわ。それに弟たちも慕っておりますし」

「ごきょうだいの皆様はお元気?」

「おかげさまで元気にしていますわ。今日も来られるようであれば顔を出すと言っていました」

「それはぜひお会いしたいわ。もしお見えになったら教えてちょうだいね」

「もちろんですわ」


 カイトはこのバザーにとても来たがっていた。

 あの子は賑やかなのが大好きだから人の集まるイベントには行きたがるけどベルグラントは人混みが苦手みたいだから今日はお留守番かもしれない。

 引率者となるライルはアディリシアが行くなら連れて行くと言っていたので今頃カイトはアディリシアを必死に誘っている事だろう。


 今朝、ライルが弟たちを連れてバザーへ行ってもいいかどうかお出かけ前のお父さまに確認したそうだけれど、答えは相変わらずの“任せる”だったそうだ。

 呆れる私にライルは「父上は昇進されたばかりでお仕事が大変なのでしょう」なんてお父さまの肩を持つものだから「あれだけお仕事を熱心になさったらそれは昇進なさるでしょうよ」とつい嫌味が出てしまった。

 それにしてもだ。他に言う事はなかったのか。

 私の言葉は少しも届かなかったのだと思うと本当に情けないお父さまだこと!

 感情のままにグッと手に力がこもってしまった。


「ルディ様、お花つぶれちゃうわ」

「あら、いけない。ごめんなさいね」


 手の中で少し皺になってしまった柔らかい紙で造ったお花を丁寧に伸ばして心配そうにこちらを見る少女、ノーラに「大丈夫」と笑って見せた。

 あれからナターシャ様とテントで少しお話しをした後、ノーラが造花の入った籠を持って来てこれからバザーの参加者に配ると言うので手伝いを申し出て出店者リストを確認しながら配っている途中だった。


 バザーの目的は慈善事業だ、利益だけを目的とするような出店者の参加は遠慮しており事前に登録された理解あるお店だけが出店を許可されていてその出店者の代表者たちにはバザーの間は孤児院の子供たちが造った紙の花を見えるところに付けて貰っている。

 勝手に紛れてお店を出すと分かるようにお母さまが考えた方法だ。

 毎年色を変えて子供たちが直前に作るので事前に漏れることも無く、また抑止力にもなるのか今のところトラブルは起きたことがなかった。


 まもなくバザーの開始時間になるので早く配り終わらなければならない。

 もちろん私やノーラも付けていてバザー主催の教会や孤児院の子供たち、支援する貴族たちもこの花を胸元などに付けていた。


「ルディ様、あと少しですし急ぎましょう」


 ノーラは孤児院でも幼少から長くいる古株の一人で今は14歳、クリッとしたアーモンド形の瞳にそばかすがチャーミングで少し癖のある赤毛を一つに結い上げていた。

 性格は真面目なしっかり者で年少者たちの面倒見も良い頑張り屋さんだ。

 16歳になると孤児院を出て独り立ちしなくてはならないけれどきっと良い就職先が見つかるだろう。

 ノーラは花籠を持たない方の手で私の手を握ると「ルディ様、元気だしてくださいね」と心配そうに声をかけてくれた。

 先ほど考え込んでしまったせいだろうか、今日はどうも考え事をしてしまっていけない。


「ありがとう。優しいわねノーラ」

「私、ルディ様が大好きです。いつもレティシア様と一緒に孤児院に来てくれるのを楽しみにしていました。貴族様なのに私たちに目線を合わせてくれて寄り添ってくれるお二人にみんな癒されているんです。もちろんシスターたちも良くしてくれるけど、そういうのとは違って……居ていいんだって認められた気がするから」

「ノーラ……」

「貴族様の中には私たち孤児の事を毛嫌いする方もいるでしょ。町に働きに出たりするとそう言う人に心無い言葉をかけられたりするから。町の人だってそう、このバザーに参加してくれる人たちは違うけど何にもしていないのに私たちが孤児だからって何か悪い事するんじゃないかって目で見て嫌な態度や言葉を投げつけたりするもん」


 何でもないことのように言うノーラの言葉に胸が痛み、その小さな肩を抱き寄せた。

 どうして親がいなかったり事情があって傷ついている子供たちに更に追い打ちをかける事が出来るのだろう。


「でも、レティシア様やルディ様と話していると心が温かくなって癒されるんです。貴族様の中にも私たちの事をちゃんと見てくれる人がいるんだなって。レティシア様の事は本当に悲しかったけど、ルディ様はもっと悲しいよね。何か出来たらいいんだけど」

「あなたがそんな風に私の事を思ってくれているのを知って元気が出たわ」

「私だけじゃないよ。孤児院の子供たちはみんな大好きだよ」

「ありがとう」

「それに今はナターシャ様とか他のご婦人たちも凄く気にかけてくれて、私がここに来た頃とは孤児院も随分変わってレティシア様が繋いだ輪が守ってくれているのかなって思うよ」


 お母さまが残したもの、私もそれを引き継いでより良くして行きたい。

 まだまだ非力な私が今出来ることはなんだろうか。


「ひとまず残りのお花を配ってしまいましょうか」

「はい」


 二人で順にお店を回っていく。


 常連がほとんどなのもあって配布はスムーズに運んだ。

 最後のお店に花を届けて一度テントに戻ろうとかと話していた時、不意に屋台の影から人が飛び出して来た。


「危ない!」


 とっさにノーラを庇い引き寄せるが自分の身を引くのが遅れた為に背中にドンと衝撃が走る。


「ルディ様!」


 勢いのままに地面に尻餅を付いてしまいノーラが慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫よ、あなたに怪我は無い?」

「ルディ様が庇ってくれたから」


 ぶつかったのは男だったようでそのままこちらを見ることもなく走り去って行く背中が見えた。

 するとその男の出て来た場所からまた一人飛び出して来たが追っていた男の姿がすでに見えないのと地面に座り込む私に気付き足を止める。


「大丈夫かあんた」

「ええ、ありがとうございます」


 息を切らせながらも差し出された手につかまり立ち上がるとノーラが埃を払ってくれた。

 手を貸してくれたのは私とそう年の変わらない位の青年だった。

 背が高くすらりとしているが華奢なアレンに比べてがっちりとした力強い腕だった。

 正義感の強そうなキリッとした顔立ちできちんとした身なりから貴族の子息であると察するにバザーの支援者の家族だろうか。

 走って暑くなったのか襟元をゆるめ息を吐くと私の胸元についた花に目を止めた。


「その花、あんたこのバザーの主催側の関係者か?」

「ええ、そうだけど」

「気を付けた方がいい、このバザーにおかしな奴らが紛れているぞ」

「おかしな奴?」

「ああ、こそこそ何か探るような変な動きをしている男たちがいたから声をかけたら一斉に逃げ出した。追っていたのはその内の一人だ、事情を聞き出そうと思ったが逃げられたって事は何かやましいことがあるんだろうな」


 思わず周囲を見渡すと出店者の関係者だけでもなかなかの人数だ。

 出店者のリストには代表者の名前のみで手伝いの者までは把握していない。


 今までのバザーでこんな不穏な事は一度もなかった為に嫌な予感に息を飲んだ。


 カラーン……カラーン……


 そんな中、バザーの始まるベルが広く鳴り響いたのだった。



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