第三章 01
「ルディ。今日は晴れて良かったね」
「ええ本当良いお天気ね」
寝不足の目にはちょっと眩しいけれど。
子供たちの願いが届いたのか雲一つない晴天、まさしくバザー日和だった。
数日前にアレンが一緒に行こうと手紙をくれたのでお言葉に甘える事にして馬車で迎えに来て貰った。
「さ、お手をどうぞお嬢様」
「ありがとうアレン様」
今日はバザーのお手伝いもあって動きやすさを重視したシンプルなドレスだったので馬車の乗り降りと本当は何のそのだけどアレンの真面目にエスコートする仕草が面白かったのでその手を取って乗り込んだ。
城下町の端に位置する教会は貴族たちの住宅街からは少し離れた場所にあった。
年一度開かれるバザーでは支援する貴族が持ち寄ったものを売りに出すなどして収益は併設する孤児院の運営資金となる。
教会の広い敷地内で行われるが城下の飲食店なども屋台をだすなどちょっとしたお祭りの様でもあった。
もちろん屋台の収益の一部は寄付される形だ。
以前はお母さまが積極的に携わっていたけれどお体を壊してからはアレンのお母さまや一緒に活動していたご婦人の皆様が変わらず続けてくださっている。
とてもありがたいことだと思う、お母さまがなさりたかったことを続けてくださるというのは本当にお母さまが沢山の方に愛されていたからこそだろう。
私もいつかお母さまの様になれるだろうか。
そんなことを物思いにふけりながら考えていると向かい合わせに座る馬車の中、アレンが私の顔を覗き込んで来た。
「ルディ」
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしていたわ」
「いや、それより少し顔色が悪いようだけど」
「そう?バザーが楽しみ過ぎてなかなか寝付けなかったせいかしら」
「本当に?それだけ?」
「本当よ」
原因は別だけれども寝付けなかったのは本当だ。
最初は疑わしそうにこちらを見ていたアレンが急にフッと笑った。
「何?」
「バザーが楽しみで寝付けないなんて、本当だとしたら子供みたいだね」
「どうぞ呆れてくれて構わないわ」
「いや、可愛いなと思って」
「またそう言うことを……」
目を細めてそんなことを言うから、これが彼の通常運転なのだと思うことにした。
きっと色んな令嬢たちに同じ様な事を言っているのだろう
「途中で具合が悪くなったら言うんだよ」
「……ええ、ありがとう」
心配してくれた事にお礼を言えばそれだけで心底嬉しそうに笑うのだからどうにも調子がくるってしまう。
優しい言葉にスマートなエスコート、そして子供のような笑顔…なるほどこれが紳士教育のたまものだろうか。
社交界で人気者になりそうだなと、アレンの顔をまじまじと見て思ったけど口に出すのはやめておこう。
調子に乗るタイプではないと思うけれど何となく面白くない。
教会に到着すると、敷地内は多くの人が集まっており既に孤児院の子供たちや手伝いの方たちお店を出す人だちなどで準備が進められていた。
その中で見慣れたシスターの顔を見つけアレンと共に側へと向かう。
「シスター・ナディア、おはようございます」
「まぁ、ルディア様にアレン様おはようございます。お会い出来て嬉しいわ」
声をかければシスター・ナディアはいつもと変わらない笑みを浮かべて柔らかく抱きしめてくれた。
お会いするのはお母さまの葬儀以来だけれど何度か心配するお手紙をいただいていたのでその手紙に励まされたとお礼を伝えるとシスター・ナディアは目を伏せて私の手をぎゅと握りしめた。
「レティシア様にはこの孤児院を気にかけて頂いて本当に助けられてきました。ご恩をお返しする事が叶わず女神様の元へ旅立たれてしまい残念でなりません。ルディア様、このナディアはただの神に仕える年寄りではございますがお力になれることがございましたらお声をおかけくださいませ」
「ありがとう。今後は母の様にとはいきませんが私も若輩ながらこちらを支援させていただきますのでよろしくお願い致します」
「ルディア様…ありがとうございます」
シスター・ナディアは目を潤ませて何度も頷いてくれた。
年を重ねた皺のある手が温かくそしてとても心強かった。
その後シスター・ナディアは他のシスターに呼ばれて行ってしまい、私とアレンが子供たちの様子を見に行こうかと話しているとこちらに向かって一人のご婦人が足早に歩いてきた。
「アレン、ちゃんとルディア様をここまでエスコート出来たようね。良かったわ」
溌剌とした声をかけながらそのご婦人はこちらに小さく手を振る。
淡い金髪に柔らかい笑顔、品のある女性らしい身のこなしにどこか人を安心させる様な雰囲気を持ったこの方はアレンのお母さまのナターシャ・ブローセン様。
「ブローセン公爵夫人、ご無沙汰しております。この度はバザーを取り仕切ってくださってありがとうございます。微力ながらお手伝いさせていただければと思い参上致しました」
「来てくださってありがとう、あなたのお顔を見れて良かった。お母さまの事、お辛いでしょうけどお心を強くお持ちになってね。本当に、惜しい方を亡くしたわ…とても温かい方でしたし私のかけがえのない友人でしたもの。このバザーは僭越ながらレティシア様の意志を引き継いで私が続けて行こうと思います。至らない点もあるでしょうけれど精一杯努めていきますわ」
「母も公爵夫人がそのように思って下さって、きっと安心なさいますわ」
「そうだと、嬉しいわね」
そう言ってぎゅっと私を抱きしめるとナターシャ様は切ない思いを振り払うようにニッコリと笑った。
「さぁ堅苦しいやりとりはやめましょう。以前の様に名前で呼んでちょうだい」
「はい、ナターシャ様。私の事もどうぞルディとお呼びになってください」
「ええルディ。さっそくだけどあちらへ行きましょう。準備も手伝って貰うけれどいろいろお話もしたいわ」
私の肩を抱き寄せて、バザーの拠点としているテントへ向かおうとするナターシャ様。
気を使ってか少しの間、影を潜めていた人物が置いて行かれそうになってやっと言葉を発する。
「母上、僕とルディは先に子供たちの様子を見て来ようと思うのですが」
「あら、アレン。そう言えばあなたのお友達も手伝いに来て下さっていたわよ。ご挨拶してきなさいな」
「来る予定のある友人など聞いていません。ルディを離してくれませんか」
「嫌よ、久しぶり会えたんですもの。あなたはこの間お屋敷にお邪魔したそうじゃない。今日は母に譲りなさい」
無碍もなく息子を突き放すナターシャ様に私の両肩はガッチリ掴まれているのでどうしていいか迷った末に黙って様子を見る事にした。
「母上」
「何か文句があって?」
ニッコリと笑ってはいるけれど迫力があり、アレンが気圧されていた。
私にはいつもとても優しいナターシャ様だけど息子のアレンは時々厳しい面もおもちだったりする。
やはり息子相手にはそう言った接し方も逞しく育つためには必要なのかもしれないと弟たちの事を考えてそっと心にメモをした。




