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81、エピローグ

「やっと気付いたか! この大バカがっ!!」


 ハッと声の方角に振り返った。


「お前は一体、何度俺を振ったら気がすむんだ!! さすがの俺も落ち込むだろうが! もうこれが最後だからな! 今度俺から逃げやがったら、二度と追いかけてやらないぞ!」


「まさか……」


 そんなはずはないと目を凝らす。

 夕日をバックに現れた人影は、逆光で黒い影になっていてよく見えない。

 でもその声は間違いなく……。


「派玖斗さん……?」


「ハクの小屋はもぬけのからだし、もしかして俺から逃げて昴の野郎と結婚するつもりなのかとあいつの家に怒鳴りこんだら『お前のせいでフラれたんじゃないか!』って逆ギレされるし、お前は一体どうするつもりだったんだっ!! 考えなしに行動するのもいい加減にしろよっ!!」


「だ、だって……。私はハクがいればいいって思ってしまって……」


「そのハクにも愛想を尽かされたんだろうがっ!」


「ど、どうしてそれを……」


 そして気付いた。


 逆光の影が人影と共に、その手にのる鷹の姿をも映していることに。


「まさか……ハク……?」


 一歩ずつ近付く姿が、やがてハッキリ見える位置にまできた。

 

 それは……。


 ハクを腕にのせた派玖斗だった。


「うそ……。どうして……」


 摩夜以外の手には決して乗らない鷹だった。

 祖父には仕方なく乗ることはあったが、それ以外は、特に摩夜に近付く男達を敵視しているようなところがあったのに……。

 一番敵視していたはずの派玖斗の腕に乗るなんて……。


「こいつはどうやらグズグズと人の顔色をうかがって逃げてばかりいるお前が嫌になったらしい。俺を主人にすると決めたらしいぞ」


『……』

 ハクは不本意な顔つきだが、無言を貫いている。


「こいつが俺をここに連れてきたんだ。つまりお前の相手として認めたってことだな。

 さあ、どうする? まだ俺から逃げるつもりか? ハッキリ答えろ!」


「でも……私にそんな資格は……」

 誠意を見せ続けてくれた派玖斗を自分から手放したのだ。


「あのな、言っておくが、みんなみんな俺の肩書きだけを見て、勝手に俺の恋人になれば勝ち組みたいに思ってるがな。俺はお前に苦労させない自信なんて全然ないからな」


「え?」


「御曹司なんて味方もいるかもしれないが、敵の方が多い。誰に足を引っ張られて転落人生になるかなんて、俺にだって保証なんか出来ない。しかもこの性格だ。俺が女だったら、こんなわがままな男、絶対嫌だ」


 ハクが『こいつ大丈夫か?』という顔で派玖斗を見ている。


「俺はお前の幸せのためにここまで追いかけてきたんじゃないぞ。俺は自分が幸せになるためにお前を手放したくないだけだ。俺にとってお前が必要だと思うから」


「私が必要?」


「苦労はさせるかもしれないが、俺はお前を幸せにしたいと思っている。そのためなら、どんな苦労も乗り越えられそうな気がする。そんな風に思える相手などお前しかいないんだ」


「派玖斗さん……」


「俺は俺の欲望のためだけに貪欲にお前を追いかけてきたんだ。だから俺と結婚したら絶対幸せにしてもらえるなんて勝手に期待しないでくれ。俺は自分が幸せになりたいだけなんだからな。もしかしたら一番の貧乏くじかもしれない。そんなの俺にだって分かるか!」


 腕の上で『開き直りやがったな』という顔でハクが呆れている。


「だから資格なんているかっ! お前はこの貧乏くじを引く気があるのかどうかだけを答えろ。何の保証もないが、お前を好きな気持ちだけは誰にも負けない!」


「派玖斗さん……」


 横暴で俺様で、一見、自分勝手な言葉のようでいて……。

 摩夜には、その一言一言の温もりだけが心に響く。


 体の奥からジンと熱いものが込み上げて、あっという間に涙が溢れていた。


 誰と付き合えば勝ち組だとか、誰と結婚すれば成功した人生だとか、そんなのは誰にも分からない。どんなに間違いない結婚を選んだつもりでも不幸になることはあるだろう。


 そうであるならば……。


 誰に非難されたとしても、みんなに後ろ指をさされようと、自分の気持ちだけを信じて進んでみよう。たとえそれが苦労ばかりの結婚であったとしても、悔いはないだろうから。


 自分ががむしゃらに生きた証になるだろうから。


「派玖斗さんっ!!」


 摩夜は駆け出して、そのまま派玖斗の胸に飛び込んだ。

 派玖斗は片手にハクを乗せたまま、もう一方の手で摩夜を抱きとめた。


「覚悟しろよ。お前が思うよりとんでもなくわがままな男だからな」

「はい……」


「真昼の心配なんてする余裕がないぐらい苦労させるかもしれないからな」

「はい……」


「でも……後悔するヒマがないぐらい愛してやる」

「……はい……」


 派玖斗は摩夜の頬に手を添え、ゆっくりと顔を上に向かせる。

 涙にぬれた頬を片手でぬぐって……。

 そっと顔を近付ける。

 そしてその唇に……。


『おいっっ!!』


 しかし、いい所で殺意を感じるほどの視線に遮られる。


『誰がそこまでやっていいと言った。大人しくしてたら付け上がりやがって』


「なんだ。いい所で邪魔するな。お前はちょっと空でも飛んでろ」


『ふざけるな! 黙って聞いてたら好き勝手なことばかり言いやがって。誰が主人だと? この俺様がお前ごときを主人にすると思ったのか。そもそも主人は俺だ。お前の方が俺様の世話をする下僕だからな。勘違いするな!』


「なんか今こいつ失礼なこと言いやがったよな?」

 派玖斗に聞かれて、摩夜は「ふふ」と笑った。


 ハクが人間を主人にするなんておかしいと思ったが、やっぱりそんな事だったのかと笑いがこみあげる。


『とりあえず今のこいつにお前が必要だと思ったから連れてきてやったが、お前を認めた訳じゃない。だいたいさっきのはなんだ! 苦労させるだと? ふざけるな! そんなヤツにこいつを安心して渡せるか! やっぱり人間ごときに任せるわけにはいかない!』


「なんか分からんが、ムカつくやつだな。とにかくお前はちょっとどっか行ってろ! ご主人さまの命令だぞ」


『なにがご主人さまだ! お前こそもう用は済んだ。どっか行け!』


 ハクはバササッと羽を広げて派玖斗を威嚇する。


「うわっ! なにしやがる! このやろっ!!」


 頭を突っつこうとするハクと派玖斗の姿に、二年前のあの日がよみがえる。

 全然進歩のない二人と一匹だったが……。



 摩夜は、他の誰でもなく自分が、彼らを幸せにしたいと思った。


 そして、自分自身を幸せにしようと……。


 そのために貪欲にこの幸せにしがみつこうと……。




 今度こそハッキリと心に誓った。






 

「ここがバードラン予定地か」


 あれから一ヶ月が過ぎて、摩夜と派玖斗はバードラン予定地の視察に来ていた。


「ええ。このすぐ隣が大谷農園の果樹園になってます。ここから果樹園に向かって飛ばせば、鷹の縄張りだと思ってカラスが果樹園を荒らすこともないでしょう」

 昴が少し憮然としながらも、アリスを手に乗せて派玖斗に答える。


 ボーリング調査で無事温泉が出ることも分かって、今はもう少し詳細な調査をしている所だが、村全体の支援事業としてリゾート施設を作る方向で話は進んでいる。


 そして今日はバードラン予定地を昴に案内してもらっている。

 昴にとっては会いたくない相手だったが、仕事と個人的な感情は割り切っているようだ。


 そして摩夜とハクには今まで通り接してくれている。


 そもそも昴は、ずっと摩夜が従兄弟の直樹を好きだと信じながらも、変わらない付き合いを続けてくれていた。それが派玖斗に変わっただけだった。


 だが、派玖斗に対しては仕事上は丁寧に敬語で話すものの、態度は憮然としていた。


「よし! じゃあ飛ばしてみよう!」


 派玖斗は告げると、摩夜の手に乗るハクに手袋えがけを着けた手を差し出す。


「は? あんたハクを飛ばすつもりかよ」

 昴は呆れて普段の口調に戻った。


「ああ、もちろんだ。こいつは俺を主人と認めたんだ」

 派玖斗は得意げに更にハクに手を近づけた。


「ははっ! 嘘つけよ。ハクが乗るわけないだろ」

 昴がバカにするように笑った。


「ところがこいつは俺の男気に感銘を受けて心を許したんだ。そうだよな、ハク?」

 派玖斗はにんまりとハクに問いかけ、手袋えがけを腹に押しつける。


『……』

 しかしハクは無言のまま知らんぷりをしていた。


「おいっ! 早く手に乗れよ。ご主人さまの命令だぞ!」

 焦る派玖斗にも、ハクはツンとそっぽを向いて答えない。


「ははっ! まったく相手にされてないじゃん。そうだと思った」

 昴がおかしそうにからかった。


「こ、こいつっ! この間は自分から俺の腕に乗ってきたくせに! あれは俺を主人と認めたからだろうが。摩夜の相手に相応しいと思ったんだろうが!」


『誰がそんなこと言った。こいつの気持ちを救うのにちょうどいいバカがたまたまいたから、ちょっと利用しただけだ。誰がご主人さまだ! ふざけるな!』


「な、なんかバカにされた気がする。やっぱりムカつくヤツだな」


「ははっ。あんたも全然認められてないって事だな。つまり俺にもまだチャンスが残ってるってことだ」

 昴は機嫌よくアリスを空に飛ばした。


「な! それとこれとは別だろうが! そうだよな、摩夜?」


「ふふ」

 摩夜は焦る派玖斗に微笑んでから、ぐっとハクの乗る左腕を後ろに引いた。


 

 この一ヶ月でいろんな事が変化した。

 まず、摩夜は羽那子おばさんの家に引っ越した。

 その空いた部屋に養子となった男の子が入ることになった。

 その母親は、まだ最後の気力で闘病しているが、自分が生きている内に新しい家になじんでいく姿を見て安心したいという彼女の希望だった。

 母は彼女を見舞って「大切に育てます」と手をとり誓ったらしい。


 真昼は……。

 残念ながらまだすべてを受け止める状態にはなっていない。

 今は摩夜の存在自体を忘れようとしているらしい。

 会社で会っても気さくに声をかけてくる事もなくなった。

 救いがあったのは、引き取った男の子をとても気に入って可愛がっていることだ。

 もともと小動物やら子供やらが大好きなタイプだった。

 そちらに興味を移すことで、ぎりぎりバランスをとってるのかもしれない。


 時間はとてもかかるかもしれない。

 母が羽那子おばさんを受け入れるのに何十年もかかったように。

 でも、いつかきっとそんな日がくると信じて……。


 摩夜は摩夜の人生をがむしゃらに生きていこうと思う。


「行くわよ、ハク」


 摩夜は掛け声と共に、ザッと腕を前に振りぬいた。


 ハクはバササッと羽を広げて、低空から一気に上空に舞い上がる。


 そして無限に広がる空を


 悠々と旋回しながら



 人間たちのささやかな日常を見下ろしていた。

 


               

完結です。

81日間に及ぶ長い連載をお付き合い下さりありがとうございました。

たくさんのブックマーク、評価、感想ありがとうございます。

皆さまのおかげで、とても楽しく充実した時間でした。


また気が向けば番外編などを書くかもしれませんが、今のところは未定です。


来週あたり3話完結の別作を出す予定ですので、そちらもおヒマな時に覗いて下さると嬉しいです。

小・中学生の淡い胸キュン小説「恋して大嫌いになってまた恋をした」です。


それからこの小説と同じジャンルの「離婚届を出す朝に…」が本になります。

エピソードも増えて、偉そうな格言のようなものも更に追加しています。


アマゾン様にてすでに予約できますので、興味を持たれた方はご検討下さると嬉しいです。


では、最後までご覧頂きありがとうございました。

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