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結局、あれから全ての買い物を終えて神殿へと帰り着いたのは日が沈む頃のことだった。
セムは活動とやらの詳しい内容はまた日を改めてとしながらも、とりあえずはサークルや部活動に似たものなのだということだけ教えてくれた。参加条件は学徒であり、ギルド員であること。学徒でさえあれば、その所属先はどこであろうと構わない。現に、魔法士や官吏、神官を目指す者もいると言う。但し、先任メンバーの推挙があることが絶対条件とされる。
もし興味があれば、学校に通い始めてからまた詳しい話をします、とセムは締めくくった。ポーションの味の改善などの他にも色々と手を出しているようだが、詳しいことは聞けなかった。得体の知れない活動に参加するのは、ナイルあたりが良い顔ををしなそうだが、気になる以上は学校に通い始めたら一度は聞きに行くべきかもしれない。
そんな話をしながらの、ちょっと眺めの昼食の後は残りの買い物だった。正直言えば、これが私にとっては少しばかり困ったものだった。
今私が持っている服はと言えば、神殿から支給されている神官服やギルドに行く時に着ていく作業着、それから部屋着や寝間着が何着かずつといった程度だ。ギルドと神殿の往復し貸していなかった今まではそれでさほど問題はなかったのだが、学校に行くに当たっては流石にそれでは問題だろうと、通学用の服も見てくるように言われていたのだ。
私は、服を選ぶのが苦手である。日本にいた頃でさえ友人達に女としてそれはどうなんだ、と度々言われていたほどだ。きれいであることに関心がない、と言うわけではないのだが、基本的に動きやすくて丈夫で着心地が良くて、派手でさえなければ、デザイン性はそれほど問わない。そんな私にとって、デザインを優先させて服を選ぶと言うのは難行でしかなかった。
気が進まない私を救ってくれたのはセムだった。事情を聞くや、店員さん(以前、エメラさんに紹介してもらい、ナイルと訪れたあの店だ)と話をしながらあれやこれやと様々な組み合わせを提示し、私の僅かばかりの好みの傾向も考慮し、更に選りすぐって、試着もさせられ、気付いたときには私は着回しが利きそうな服を数着購入していた。……何が起こったのか、良く覚えていない。何だか途中から店員のお姉さん達や子供服を買いに来た主婦の皆さまにもいじくり倒されたような気がする。いや、多分、気のせいではない。それもどういうわけか私だけでなく、似たような背格好のフェクトもまた……。あれだけフェクトを苦手に思っていたのに、最後の方ではお互い、同病相哀れむといった感じにまでなっていた気がする。
「兄ちゃん、時々、こうなるんだ……。」
遠い目をしながらそう語ったフェクトの言葉が耳に残った。
いつの間にやらゼナゥを背負ったセムと心なしくたびれた感じのフェクト、三人に送られて神殿に着いたのが日没前のこと。迎えに出てきたナイルと共に三人に礼を言ったことまでは覚えているが、気付けばこうしてベッドの上にいたというわけだ。大きめの寝台の上にはバッグと服の入った包みが体の脇に転がっており、どうやら誰の手も借りず寝室まで戻ったものの、そのままそこに突っ伏したらしかった。
「ああ、まあ。たまには、こんな日もあるよね……。」
とりあえず、荷物を片付けなくてはとベッドを降りる。窓の外では中天に幾つかの月がかかっている。帰ってきてから思ったほど時間は経っていない様で、そのことに安心しつつ、まだ少し頭がぼぅっとするが、誰かが部屋に来る前に片付けてしまうことにした。銀行で受け取った通帳を鍵の掛かる引き出しに入れ、服はクローゼットへとしまい、ノートやペンを机の上に置き、一息つく。
机の片隅には小さな熊の縫いぐるみが腰掛けている。その首にはレースのリボンが蝶結びされている。自分が着る服となると実用一辺倒になってしまう私でも、可愛いものが嫌いなわけではない。指先で熊の頭を撫でがら、かつて持っていた良く似た熊と同じ名で呼ぶ。何だか今日はずいぶん濃い一日だった気がする。いや、気がする、ではなく、非常に濃い一日だった。
神殿以外で、仕事ではなく誰かと長時間一緒に過ごしたのはこれが初めてだ。一緒に食事もしたし、買い物もした。買い物に付き合ってもらうだけじゃなくて、服を選ぶのも手伝ってもらった。今までは知人でしかなかったけれど、もしかしなくても、彼らを友達と呼んでもさしつかえないのではないだろうか? ふと、そんな思いが過ぎる。
たとえ生きる世界が変わっても、新たな人との縁が生まれていく。それはとても不思議なことだ。私の小さかった世界が、少しずつ広がっていく。この世界で目覚めたばかりの頃、一方的に友人認定した人を思い出す。そういえば、あの人も熊だったな、と指先の人形を突付く。彼は、どうしているだろうか。色々とまとまりのない、取り留めない思考が頭の中をぐるぐる回って、徐々に目蓋が沈んでいく。
机に突っ伏して眠っていた私を起こしにきてくれたエメラさんに、手に握り締めていた縫いぐるみが実は熊ではなく毒爪熊という凶暴な魔物であり、ゼナゥに買ったイルカの縫いぐるみも嵐鯨という水棲の凶悪な魔物を模した悪趣味な人形であることを説明されるのはもう少し後のことで。
眠りの淵に沈んでいた私が、この日、フェクトもまた学校で使う為の文具類を買っており、同期の入学になるだなんてことを知ったのは、初登校の前日のことだった。




