魔物語編3:ゴブリン・キング(ゴブリン種)
月光に満ちる小高い丘の上、一匹のゴブリンがいた。
その瞳は孤独だった。
その姿は孤高だった。
通常のゴブリンよりも獣を思わせるほどに鋭い顔付きと、これでもかと力強さを感じさせる巨体に銀色の体毛の鎧を纏い、ただ静かに山並みを見下ろしている立ち姿は、どこか神々しさすら感じさせた。
「……ウキャキャ」
そんな様子を木の陰から窺っていた数百体はいるであろう、ゴブリンの集団の中から三匹が近付く。
警戒こそしてはいるが、毛の色は異なるが同種であることを理解し、接触を試みたようだった。
「グア゛ア゛」
銀色が発したのは苦悶を形にしたような声。
よく見ると顔の右側と口元には深い傷跡があり、その影響で上手く声が出せないことが分かる。
どちらにしても、その掠れた息苦しさの詰まった波紋がゴブリン達の耳に届いた頃には、戦いは始まっていた。
「ギャッ」
鮮血。
振り返った銀色は素早く左右の手で二匹の頭部を掴み、そのまま残り一匹の頭部を挟み込むようにして叩きつけた。
原型を失った頭部から、そして残された首から流れ出る血によって大地は赤く染まり、その光景を目の当たりにしたゴブリンの群れは激高し、次々と銀色に飛び掛かる。
「ア゛グア゛」
ゴブリン達に少しでも冷静さがあったのなら、もしくはあと少しの知能があったのなら、その違和感に気付けたのだろう。
銀色は明らかに『構え』たのだ。
人種が生み出した武術の如く、確実に、そして意図的に武の構えを行った。
知能の高い魔物が人種の行動を真似ることがないというのは嘘になるが、ここまで形となった立ち姿を偶然や遊戯として吐き捨てるのには無理がある。
「美しいですね」
その証拠として、気配を消しながらゴブリン達のいる場所の更に高みから観察していた少年は称賛した。
彼の目の前では拳が、蹴りが、五体から生み出された努力による研鑽の全てが流れるように披露されてゆき、全てのゴブリンの命が消え去るのに時間は掛からなかった。
「……グウ゛」
ゴブリン達を全滅させた銀色は勝鬨を上げることも、自らが頂点であると誇ることもなく、少年のいる場所を一瞥した後、静かにその場を去って行った。
「うんうん、スキルで気配を消していても気付くとは実に優秀な子」
そして、最後に少年が呟いた言葉は、そう遠くない内に冒険者達の間で語られることになる。
「まさしく……ゴブリンの王」
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昔々、あるところに灰色の毛をした子供のゴブリンがいました。
そのゴブリンは生まれつき他の仲間たちと毛の色が違い、迫害されていました。
そんなある日、ついに彼は群れを追い出されてしまったのです。
子供のゴブリンは両親に助けを求めましたが、母親には引っ掻かれ、最後には父親に崖の下に投げ捨てられてしまいました。
ゴブリンはまだ生きていましたが、身体中に大きな怪我をしているため、きっとこのままでは死んでしまうでしょう。
そんな時でした。
「何と可哀想に」
その声は人族の老人、ガーランのものでした。
ガーランは四十歳で最愛の妻を失ってから山奥で一人暮らしをしている元冒険者であり、元々は農村の次男坊でしたが、とある冒険者と出会い、弟子入りすることになったという経歴の持ち主でした。
だからこそ一般人よりも魔物、それもゴブリンの恐ろしさは分かっていましたが、それでも何故一匹でそこにいるのか、その灰色の毛並みを見ただけで理解し、どうしてか胸が苦しくなったのです。
彼の頭を過ったのは弟の姿でした。
片手がないまま生まれ、家族は愛情を持っていたものの、田舎の村では畑仕事も出来ない者に居場所はなく、当然のことながら周囲からは役立たずと陰口を叩かれ、最後にはたった十二歳で自ら命を絶った弟。
それこそがガーランが故郷を捨てた最たる理由でした。
「私はいつかお前に食い殺されても構わんよ」
「……ガア゛?」
灰色のゴブリンは喉元にも深い傷があるためか、掠れた鳴き声を上げました。
「あはは、すまんな。お互いに何を言っているのかはわからんだろうよ」
ガーランはそう言うとゴブリンを抱きかかえ、そのまま自宅へと向かいました。
「今日からお前はシルバー……いや、シルバの方が良いか? よし、シルバだ!!」
「ア゛グウ゛?」
「お前の人生はくすんだ灰色ではなく、いつか銀色に輝くからな。ガハハ!!」
「??」
ガーランは妻との間に子供はいなかったため、実の息子のように育てました。
ゴブリンの群れには帰れず、一人で生きていかざるを得ないシルバを強くするために武術を教える日々です。
「そうだ、拳を握り、足から腰、腰から腕へと流れを生むイメージで穿つ!!」
「ガア゛!!」
「よし、シルバ、流石は俺の息子だ!!」
「ア゛グ!!」
それから十年後、種族を超えた親子の日々は突然に終わりを迎えました。
ガーランも既に八十半ばを迎え、それでも山に入り、シルバと共に食料を調達していました。
そんな時でした。
「キーキャキャ!!」
木の実を取っていたシルバは、遠くから反響してきたその声にすぐさま反応しました。
「グガ!!」
そう、その鳴き声はシルバと同じものであり、ゴブリンだと気付いたのです。
慌ててガーランの元へと向かうシルバでしたが、そこで待っていたのは……。
「あぁ、シルバか……年は取りたくないものだな」
穏やかな木漏れ日には不釣り合いな血だまりの中、ガーランは倒れ伏したまま微笑みました。
「……ア゛グア゛!!」
シルバは流れる血を抑えようとしましたが、結末を心のどこかでは分かっていたのでしょう。
悲痛な鳴き声をあげました。
「シルバよ。私の愛する息子よ。灰色になった私の人生を輝かせてくれたのは、お前の煌めくような銀色だった」
ガーランは最後にシルバの頬に触れながら微笑むと、やがて眠りにつきました。
「……ア゛ア゛ア゛ァァァ!!!」
それからしばらくの間、シルバの慟哭は続き、やがて大地を揺らす程の激情が収まった時、その身体の大きさは、その灰色の毛並みは……。
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はい、おしまい。
その日、ガーランやシルバのみならず、少なくはない悲劇を生んだ原因となったのは魔物たちによる大移動の余波だった。
魔物の大量発生を意味するスタンピードとは異なり、主に強力な魔物が山や森に出現し、それらから逃走する目的で稀に起こる現象だ。
人種でも後天的にスキルに目覚めることはあるが、魔物は進化をする。
しかし、種族を超えた絆がそうさせるというのは、今回は悲劇だったが、どこかロマンチックとも言える。




