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110. 魔王軍の交渉人 その①


 『魔王軍』

 その言葉を聞いて、私は血の気が引いた。魔王軍って組織のことは、私も以前、本で目にしたことがある。

 

 それは遥か昔のこと。およそ数百年前に、世界を恐怖によって支配しようとした一人の魔物がいた。その魔物は、生物を操ることに特化した『技能』を持つ種族であった。純種〈ピュア〉だけじゃなく、混魔種〈ミックス〉や魔物種〈モンスター〉ですら例外じゃない。心を持つ生物ならどんなモノでも操ってしまう。それはそれは、とても恐ろしい『技能』だったと記されていた。

 事実、その魔物はその『技能』を用いて、世界各地から強大なチカラを持つ魔物をかき集めたと言われている。


 それこそが『魔王軍』なのだ。

 

 しかしその魔物の恐ろしさは、その『技能』だけじゃなかった。その魔物は、生きているだけで人の精神を狂わす瘴気を振り撒き、更に世の魔物を凶暴化させてしまう様な、とても凶悪な「能力」も持っていた。



 そう。それこそが「魔王」と言う「能力」。



 私やレイが持ってる様な、生まれつきで授かる「能力」とは違う。後天的に、神様から「魔王」となる素質があると見出されたモノに授けられる、真に特別な能力だ。


 そんな凶悪な力を持つ「魔王」に対抗する手段はたった一つ。


 「魔王」と同様、神様に選ばれることで授けられる「勇者」と言う能力だけだ。

 周囲の魔物を弱体化させ、心から信頼できる仲間に「光のチカラ」を授けることのできる。魔に対抗するための、人類にとっては希望の能力。

 

 実際に、数百年前その凶悪な「魔王」は「勇者」によって討たれて、それ以降、再びこの世に「魔王」が現れる事は無くなったって本で読んだことがあった。だからその時は、軍も含めて「勇者」によって壊滅させられたと思ってた。いや確かに軍までなくなったのかは、はっきりと本には記されてなかった気もするけど。

 でも今の時代は、魔王が活発だった時と比べれば平和そのもの。もしも魔王軍が昔のまま残っていたとしたら、魔王が討たれたことへの報復をしないのはおかしいはず。

 

 いいやでも、そんなことを今更考えても仕方ない。

 だって現に、魔王軍に属しているという魔法使いが、私たちに接触しにきたのだから。



 思わず頭を抱えてしまいそうになる。

 今この騒動に、いったいどれだけの思惑が絡み合ってるんだろう。正直、私の頭じゃ整理しきれてない。


 

 まずは私とレイの「能力」を狙おうとしている『ディビナス帝国』の勢力。

 そしてその帝国の勢力の裏で、私たちを保護しようと動いていた『城塞国ウォーリル』の勢力。

 更にその『帝国』と『城塞国』の勢力をそのまた裏で操っていたであろう、単独で動いてる『魔導士フラン』。


 そして今、そこにまた別の勢力である『魔王軍』まで関わってこようとしてる。今の私たちにとって、味方寄りだと思えるのは、化猫のみんなを除いたら『城塞国』の勢力ぐらい。

 ただ今のところ『城塞国』の勢力に関しては、私たちから全く動きが掴めてない。でもそれも当たり前のことだ。

 ここはディビナス帝国内、『城塞国』の勢力からしたら謂わば敵陣の中。下手な動きを見せてしまえば侵略行為と見做みなされて、国際的な問題にまで発展してしまう可能性だってある。

 そもそも私がこの森の中にいる事なんて、知りようもないはず。


 

 今頼れるのはレイと族長様だけ。でも二人もさっきの瞬間転移〈テレポート〉と、あの襲撃者との戦いで満足に動ける状態じゃない。

 私はレイの服の裾をギュッと掴んで、少し後ろに隠れる。魔王軍からどんな要求をされるのか。恐ろしくて震えが止まらない。


 レイも本能からその恐ろしさを感じとってるのか、尻尾の毛を逆立て目の前の烏を睨みつけていた。

 そして隠れる私を庇う様に、レイは一歩前に踏み出した。


 

「それで? 魔王軍の魔法使い様が、わざわざ野生の猫にお願いって何かな? まさか、助けてあげる代わりに僕に魔王軍に入れ、なんて言わないだろうね?」


 

 強気に突っぱねたレイに対して、目の前の烏は薄く笑い声を漏らした。レイの威圧感に全く動じてない。それどころか、反発されることなんて予想通りだったとでも言わんばかりに、どこか嬉しそうに微笑んでる様にも見えた。


 そしてその烏は怪しげに目を細めた。

 


『それを受け入れてくれる猫だったのなら、簡単で良かったんですけどね。既に飼い猫である貴方を、無理やり飼い慣らす気はありませんよ』


 

 黒光りするその嘴で、片翼を毛繕いする目の前の烏。一挙手一投足に警戒をしているレイとは相反して、その余裕な態度は崩れる気配もない。


 私はその烏が発した言葉に、思わず拳を握りしめた。私がレイを飼ってるなんてことない。レイは私のかけがえ無い家族。でも、それは人とペットって形とは違う。お世話って意味だと、その逆の方がしっくりくるけど、でも私はレイに飼われてるなんて思わない。それはレイもきっと同じ気持ちだと思う。


 飼う飼われるが軽い関係だとは思わない。例えペットでも、大切な家族だって私も思ってるから。でも、レイと私の関係を、ただのペットと人の関係って言われるのは、心から嫌だって思った。それは私とレイとの関係を馬鹿にされてるみたいに聞こえてしまったから。

 言い返したかった。でも、今の私にそれを言い出す勇気なんて、持ってなかった。


 でも、レイは瞬時に私の気持ちを察してくれたみたいで、私を暖かい魔力で包み込んだ。視線までは向けてくれない。警戒がおこたれない状況には変わらないから。それでも、こんな状況の中でも、私を気遣ってくれることに少しだけ心が落ち着いた。

 


『私が貴方——いえ、レイさんに頼みたいこと。それは、とある『人物』の始末です』

 


 そしてその烏は瞬時に目の前に魔法陣を組み立てると、何もない空間にとある光景を写し出した。たぶん過去に直接見たものを、魔法によって映し出してるんだ。魔法陣を見る限り『覚級魔法』相当っぽいかな。


 映し出されたのは大柄な男性の姿。黒色の髪に赤い目。その鋭い目つきはまるで、血に飢えた魔物みたいだ。顔には魔物にでも引っ掻かれたような大きな古傷もあって、その背中にはそれは大きな大剣を背負っていた。見ているだけで威圧感を覚えてしまう。


 

『この男の名は「アーサー・ベネット」。A級の冒険者であり、貴方たち化猫族の村を襲おうとしている冒険者の内の一人です』


「……分からないね。どうしてそんなことを僕に頼む? それだけの魔力量があるなら、人間一人始末することぐらい造作もないでしょ?」


『実力だけで言えばそれは真です。しかし、私も野生の猫相手に素性を隠すほどに、大それた行動をしたくないのですよ。アーサーや『その中身』には、魔法使いとしての私の素性も晒してしまっていますし、下手に足のつくことはしたくないのです』


 

 レイは神妙な面持ちを崩さず、その烏へ胡乱な目を向けていた。でも私も、その烏の言うことには違和感があった。


 大それた行動をしたくないって言う割に、始末したい相手に素性を晒してる。足のつくことをしたくないって言う割に、この森に大きな結界を張ってくれてる。

 もしかするとこの烏も、想定外のことが重なり続けた結果今に至るのか。それとも『魔王軍』って組織故に、人間に動きがバレたとしてもその時はその時だって思ってるのかもしれない。

 レイも私と同じ気持ちみたいで、軽く小首を傾げていた。



「……なんか、やっぱりよく分かんないなお前。そんなのはお前ら魔王軍の都合だ。『炎魔』の侵攻を止めてくれたのは感謝するけど、そんなの僕の技能『吸魔』で森中の魔素を僕の身体へ誘導すれば対処はできたことだ。何より、僕もさっきの戦いで相当消耗してる。わざわざお前ら魔王軍のために、命を賭けるようなお猫良しだと思わないことだね」


『…………魔王軍は貴方が思う様な極悪非道な組織ではないのですがねぇ。しかし貴方の言うことは全く持ってその通り。私の不手際を貴方が尻拭いする義理こそ、ないのでしょうね』

 


 しかし烏は怪しい微笑みを浮かべ続ける。その笑顔はあまりに胡散臭くて、本心から私たちに力を貸そうとしてくれる救いだとは思えなかった。



『だからこそ、一つ私と取引をしませんか? 貴方にだって、あの男を討つべき理由もあるはずですから』


「そんなものない。逆に、この騒動で化猫である僕が冒険者を討ってしまったら、人類に「化猫が危険な存在だ」って認定されてしまう恐れもあるんだ。お前が本当に魔王軍って言うなら、野生の魔物が人間に手を出したらどうなるかぐらい分かってるだろ」



 そのレイの言葉を聞いて、烏の赤色の瞳がギラリと輝いた。

 


『そうやって目を背け続けて、貴方は後悔しませんか?』



 レイの肩が震える。



 瞬間転移〈テレポート〉の前。レイが化猫の村からゴブリンの縄張りに来るまでの間に、レイに何があったのか私は知らない。でも、今最前線ではレイのお父さんや仲間たちが命を張ってくれてることは知ってる。きっと、レイのお父さんたちはその命をかけて、私たちを守ろうとしてくれてるんだ。

 そしてレイは私のために、みんなが戦う最前線じゃなくて、私たちのいるゴブリンの縄張りに行くことを選んでくれた。それはとても、覚悟のいる選択だったって思う。


 

『魔力探知の分野においては、悔しいですが貴方の方が精度は上でしょう。しかし私は貴方の探知に、とある違和感を覚えていたんです。それは、魔力探知の『範囲』。なぜわざわざ冒険者が攻め込んで来ている方向へ魔力を飛ばしていないのか。いつ攻め込んでくるのかわからない冒険者を、なぜ警戒していないのか疑問に思っていたのですが…………なるほど。貴方はそこでの現実を、受け止めたくなかったのですね』


「ッ……! だからなんだって言うんだよ。お前には関係ないだろッ」



 悲痛に顔を歪ませるレイに対して、その赤い瞳はレイの心の隙をしっかり見据えている。



『実は私、あの男に一つ魔法を仕掛けをしていましてねぇ。帝国の内情を探るために、あえて泳がせていたのですが………今、彼の瞳に映っている茶柄の化猫。もしかして、貴方のお父さんなのでは? 傷だらけではありますが、まだ、貴方のお父さんは生きていますよ? まだ今から駆けつければ、もしかしたら…………』


 

 レイは強く拳を握りしめていた。レイの拳からはポタポタと血が滴っている。

 レイはそれだけの覚悟を持って、ゴブリンの縄張りまで来てくれたんだ。その気持ちを思うと、私まで心が苦しくなる。


 もしかしたら、今ならレイのお父さんを助けられるかもしれない。でも最前線に赴く事は、きっとレイのお父さんの覚悟や気持ちを裏切ることになる。それにまだこの森の中には、転移しきれなかった老猫たちも残ってる。何も考えず飛び出していける様な状況じゃない。


 

『レイさん。貴方が手出しを渋る理由は、さっき貴方が言った通り、化猫族の今後を思ってのこと。つまり、他にもっと危険な存在が裏にあることを示唆できれば、その心配もなくなるわけですよね。そう例えば、魔王軍、とか』


 そしてその烏は嘘くさい笑みを更に深める。


『貴方はここまで生き残った勇猛果敢な化猫の仲間たちを救える。私はあの男を始末できる。魔王軍がやったことだと、多少の痕跡を残すぐらいのことならば、私が手を貸すのもやぶさかではありません。どうでしょう? 悪くない話だとは思いませんか?』


「…………突然現れて好き勝手外野からもの言うお前を信じろと?」


『私が嘘をついてないことぐらい、貴方は能力で感じ取れているはずです。それに魔王軍なのですから、救われない魔物の味方をするのにおかしい点はないと思うのですがぁ……』


 

 レイの言葉に毅然とした態度を崩さない烏。

 まるで最後のダメ押しでも言わんばかりに、更にレイの心を言葉でほじくっていく。

 


『貴方がこの話を受け入れてくれるのならば、レイさんには相応の魔力を授けましょう。あの性根の腐った冒険者たちを始末するための力。そして、残されてしまった老猫たちを瞬間転移〈テレポート〉させる魔力も、ティナ・エイミスとそこのご老猫へ授けます。レイさんは最前線に赴き、残り二人で残された仲間たちを獣国へと転移させる。帝国の残された刺客はこちらで始末しておきましたから、転移の最中邪魔される心配もありません。もちろん私も、ティナ・エイミスを攫ったり、怪我をさせる気は毛頭ありません…………他にまだ、悩む理由でも?』


「レ、レイ……」

 


 私は体を小刻みに震えさせるレイの名前を呼んだ。

 この烏はわざわざ「私に危害を加えない」ってことを口に出した。嘘を見抜けるレイ相手にわざわざ。それに帝国の刺客を始末したって言うのも、たぶん真実だから口に出したんだ。


 私から見ても、そんなに悪い話じゃない気もする。でもだからって魔王軍の力を借りるって言うことには、どうしても抵抗感を覚えてしまった。だって魔王軍は、過去に人類に酷いことをした存在だから。

 それに私は今の烏の言葉に、少しの違和感を覚えていた。その正体ははっきりわからない。でも、この烏の言葉の端に、私は少しだけ棘を感じていた。

 それにこの胡散臭さと嘘臭さに、裏がないなんて思えなかった。


 

 レイは荒い呼吸をしていたけど、私のことを一瞥すると眉間に指で摘んで深呼吸をした。

 そしてレイは少しの時間そうしていると、やっと感情が落ち着いたみたいで、眉間から指を離して私に視線を移す。


 私を見つめるその瞳は、とても優しかった。いつものお月様みたいな黄色い瞳。私のことをいつも見守ってくれる、見てるだけで安心する瞳。

 私の不安が抱いていた不安な気持ちは、いつしか吹き飛んでいた。



 私はそんなレイにゆっくりと瞬きする。レイもそんな私を見ると、ゆっくりと瞬きを返してくれた。

 そして一変、レイは私から目の前にいる烏へと視線を移した。その視線には敵意がこもってるけど、冷静さは崩れてない。

 レイの体の震えもいつしか収まっていた。

 


「…………嘘はついてない。お前にはそれだけのことを言える魔力もある。僕だって、お父さんや命を張ってる戦士たちを救えることなら救いたいさ。でもだからって、考えなしにわらすがって利用されてやる気はない」


『それならば——』

「少し黙れよ。話してるのは僕だ。確かにお前は嘘は言ってない。でも、お前が『真実を言い切ってる』とは思えない」


 主導権を握られまいと、レイは語気強めに言い放つ。そしてその烏は初めて、本心から怪訝そうな顔を浮かべていた。



「表面上耳障りの良いことばかり口に出すなよ。お前は僕の能力を見ていた。お前が本当に魔物の味方だって言うなら本意を語れ…………お前、僕がその冒険者を相手取ってる間に、ティナに何するつもりだよ」


 

 レイのその言葉に、私は思わず短い悲鳴を漏らしてしまった。たぶんレイは私の持った違和感の正体を、はっきりと掴んでるんだ。レイは私よりずっと頭が良いし、細かいことにも感じやすい。

 私はさらにギュッとレイにしがみつく。邪魔になってるのかもしれない。それでも私は身に迫る恐怖に、身を震わせることしかできなかった。

 

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【関連話】

・85. 救済『弱者の善意』 その②

・88. 族長様とのご相談 その②

・100. 戦士として、父親として

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