絶望へと誘う声
「君がカイラか。これからよろしく頼む」
十八歳を迎え、カイラはこれまで所属していた第一軍団から、クローディア率いる第二軍団に転属となった。
その目的と背景は、第一王女であり先のクーデター事件の立役者であるクローディアの動向を注視し、第一軍団に報告するため。
そう……カイラは第一軍団長である〝クリフ=リチャードソン〟将軍の特命を受け、第二軍団に潜入した間諜だった。
彼女が日陰の道を歩く選択をしたのは、全ては王国軍において誰よりも早く出世し、リンドグレーン子爵家より強い権力を得るため。
この転属により、カイラは第一軍団内で裏切り者扱いを受け、第二軍団内でも浮いた存在になっている。
当のカイラは元々独りだったこともあり、周囲の反応など気にも留めない。
だが。
「ふむ……やはり貴様は優秀だな。これからは私の秘書として、存分に力を奮ってくれ」
「……ありがとうございます」
クローディアだけは、カイラを誰よりも正当に評価する。
その出自も、以前の配属先も、様々な思惑すらも関係なく。
そのことが、カイラの心に羨望と劣等感を植えつける。
どうして自分とは、出自も経歴も何もかもが違うのか。
どうして自分には、せめて普通の家族がいないのか。
クローディアの配下という立場になったからこそ、カイラは惨めになる。
彼女に認められるからこそ、余計に。
(……構わない。私はきっと全てを見返し、お父さんに見つけてもらうから)
父の遺したレイピアの柄を握りしめ、耐え忍んだ二年間。
クローディアの秘書を務めつつ、第二軍団の全てをリチャードソンに報告する。そんな忙しい日々を過ごす中、起こったクロヴィス王国との戦。
カイラも従軍し、魔法剣士としての実力を遺憾なく発揮して活躍するのだが、それ以上にクローディアはすさまじかった。
敵を薙ぎ払い、黒曜等級冒険者すら一刀のもとに斬り伏せてしまう強さ。神懸かっているとしか思えない戦術と用兵術。クローディアの存在が、戦の勝敗を決定づけてしまうほどに。
その功績によりクローディアは将軍となり、軍を統括する参謀長に抜擢される。
カイラもまた、リチャードソンの指示……というより、クローディア自身の希望で参謀本部に転属となり、彼女の秘書となった。
そして一年後……王都に突如現れた、謎の大型魔獣。
最初の遭遇では第二軍団は歯が立たず、建設中の橋も壊されてしまった。
このことをリチャードソンに報告すると、最初は第一軍団を出動させる素振りを見せたが、結局静観する構えを取り、引き続きカイラに逐次報告するように指示する。
そうこうしていると、今度はクローディアから指令を受けた。
内容は、辺境の街ギルラントにいるギルド教官、ジェフリー=アリンガムを王都へ招聘するようにとのこと。
指令の意味が理解できず尋ねると、なんとクローディアはそのジェフリーなる者に魔獣討伐を依頼すると言うのだ。
栄えある王国軍第二軍団ですら何もできずに逃がしてしまった魔獣を、そんな辺境のギルド教官がどうにかできるわけがない。
カイラは説得し、他の方法……黒曜等級冒険者に討伐を依頼してはどうかと提案する。
クローディアは大いに難色を示すも、とりあえずは了承してくれた。
だが、案の定というか、黒曜等級冒険者達は討伐依頼を全員断ってきた。それ以前に、所在不明で連絡することすらできない者もいたが。
黒曜等級冒険者の力を借りることができない以上、自分達でなんとかするしかないのだが、第二軍団では一度目の出現の時と同じ結果になる可能性が高い。
ここは『雷霆の戦姫』の異名を持つクローディア自身に討伐をしてもらうほかない。そう提案するも、副官のノーマンが断固反対する。
王国軍参謀長である以前に、王国の姫君であるクローディアに魔獣討伐などさせられないというのが彼の言い分だった。
結局、クローディアの司令どおりカイラはギルラントへ赴くこととなる。
カイラは思うところがあったものの、命令である以上は仕方がない。
渋々訪れたギルラントで、彼女はジェフリーと出会う。
あの『雷霆の戦姫』がご執心の男がどれほどのものかと、試すつもりで手合わせをしてみると、なるほど、確かに腕はあるようだ。
自身も魔法を使わないなど一切本気を出してはいないものの、ジェフリーの実力について一定程度評価し、王都へと連れてきたわけだが。
「ふへへ……先生に褒められた」
敵国クロヴィス王国から『鉄血の戦鬼』と恐れられる彼女が、普段の威厳も、凛とした姿も放り捨て、あの男の前ではだらしない姿を見せるのだ。
カイラとしては首を傾げるばかりだが、第二軍団長コンラッド=バークレーに圧勝してみせた実力は本物。……とはいえ、それでもクローディアがこれほどまでに彼に傾倒することが理解できない。
いずれにせよ、第一軍団にとって脅威になるほどではないだろう。
そう考えたカイラは、ジェフリー=アリンガムのことをリチャードソンにすぐに報告しなかった。
「……その結果、私はここにいるのですが」
「? ぶつぶつ言ってないで、もっと急いで」
走りながら隣で呟くカイラに、エマが冷たく言い放つ。
抜け穴の洞窟内で遭遇した大量の赤眼の魔獣をジェフリーが相手をしている隙に、二人は出口を目指していた。
足手まといの、カイラを逃がすために。
魔法剣士として自分の実力に自信があったカイラだが、実際に赤眼の魔獣を目の当たりにし、また、改めてジェフリーと剣を交え、自分の力が遠く及ばないことを悟る。
それは、事もなげに赤眼の魔獣を叩き潰して見せた、エマに対しても。
(クローディア殿下の師とその同僚だけに、実力も規格外というわけですか……)
ジェフリーの真の実力を、第二軍団が手も足も出なかった青鱗の魔獣を倒してみせた時にようやく理解したカイラ。
青鱗の魔獣の正体を含めリチャードソンに慌てて報告したが、間諜としての任務も果たさず職務怠慢との叱責を受け、見限られる結果となってしまった。
汚名を返上するため、カイラはジェフリーの監視を願い出る。
リチャードソンの許可を得、クローディアに軍の退役を申し出てギルラントへとやって来た。
ただ……リチャードソンからは『一から勉強し直してこい』と告げられ、クローディアからは何故かジェフリーについての報告を求められる始末。
クローディアには、ギルラントに行くことを一切伝えていないのに。
「! 見えた!」
長い距離を走り抜け、ようやくたどり着いた抜け穴の出口。
洞窟内で遭遇した赤眼の魔獣は、ジェフリーが食い止めてくれる。つまり、これで二人の安全は確保された。
「はあ……はあ……っ」
「ふう……」
外へと飛び出し、エマとカイラが足を止めた。
これだけの長い距離を全力で走ったため、カイラは膝に手をつき息を荒げる。
一方でエマは、一度深く息を吐いたのみで、すぐに周囲を警戒した。
体力面でも大きく水をあけられる事実を突きつけられたわけだが、既にカイラもいかんともしがたい実力差を痛感済み。今はただ、無事に生き延びたことを喜ぶべきだろう。
そう、思った矢先。
『……ニんゲん、カ』
「「っ!?」」
耳にした瞬間に絶望に突き落とされるような声に、カイラとエマはゆっくりと視線を向ける。
そこには。
――大鷲の翼を持つ、人間の顔をした牡牛の魔獣がいた。
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