敵は増えるもの、味方と幸せは増やすもの③
そんな折、山川は総菜部のリーダーから相談を受けた。勉強会以降、コンビニエンスストアのビジネスモデルについて調べていた山川は快諾。山川は店長を始め、社員やパートさんにも協力を依頼した。その内容はというと、弁当の賞味期限についてだった。もしも何かのタイミングで弁当の納品に立ち会う機会があったら賞味期限を見て下さい、と。納品されてから何時間販売が可能なのか、調べられたら教えて下さい、と。メモ帳サイズの記入用紙も作成して事務所に置いて置いた。
夕方6時からの名物と言っていいかもしれない。弁当、惣菜、寿司、日によってはパンやデザートの値下げも実施される。それを狙って人が群がり、モノが売れ残ることはほとんどない。値下げすることで利益は出ないが廃棄、つまり捨てるよりはずっと賢明だ。値下げを狙って来店する客も少なくない。けれどもコンビニでそう言った光景は見たことがなかった。そこに違和感を見出した総菜部のリーダーが山川に相談を持ち掛けたのだった。疑問・違和感を獲得するにはそれなりの土台が必要、それをリーダは持っていたということだ。値下げせずにデイリー品を売り切ることは、はっきり言って不可能。夕方には売場がスッカスカでほとんど売り物ございません、という状況を許容するなら話は別だが、当然お客さんは飛んでいく。
山川とて通常業務があるので、コンビニ調査につきっきりというわけにはいかない。中堅から大はつかないもののベテランと呼ばれることもある年齢(まだ40ちょっとだけどな)になり、自店の売場管理だけではなく、会社のモデルゴンドラの作成にも携わるようになった。ちょっとは人並みに忙しくなってきたのだが、空いた時間や他の社員、パートさんの協力を得て、徐々に仕組みが見えてきた(この頃、何故かコンビニ調査隊長なるものに任命された山川。店長から直々に、冗談半分、本気半分)。
弁当に絞って調査を進めていた山川。まず判明したことは、弁当の納品が1日3回あるとういこと。自宅近くのコンビニでは21時半(1便)、9時(2便)、16時(3便)。夜、こそっと家を抜け出して納品直後の弁当を手に取り、ラベルシールを確認してみた。すると、賞味期限は翌日の11時30分。棚に並べられる時間は12時間ちょっとといった所か。ただしコンビニでは期限の切れる2時間前に商品を撤去しているようで、弁当やおにぎりなどを店員が必ずチェックしていた。ざっと12時間。これが弁当の制限時間だ。
調査報告と呼べるような立派なものではないが、分かってきたことを惣菜部のリーダーに話した山川。ありがとうというお礼と共に、質問がひとつとんできた。
「値下げ販売はしていましたか?期限の迫った商品に50円引きとか、半額シールが貼られていませんでしたか?」
山川は首を横に振った。季節品はたまに見かけるものの、基本的にコンビニで値下げした商品を目にする機会はない。弁当やおにぎりについても、値下げシールが貼られることなく店員が撤収していた。
「値下げ対応というセーフティネットなしで弁当の在庫を豊富に保つことはかなり難しいはずです。販売数の予測によほどの自信があれば別ですが、値下げ対応せずに廃棄も出さないというのは、少なくとも私にはできません。好き放題に廃棄を出していたら簡単に赤を叩いてしまいます。そうなってくると、そこまで怖がらなくてもいいのかも・・・・・・」
最後の方は独り言のように呟いていた。スーパーとコンビニにのやり方の違いを知識として吸収することで、誤った恐怖心を捨て去ることができるのだ。
色とりどりのお弁当が所狭しと並んでいる。目移りしてしまう種類の多さになかなか選ぶことができない。価格帯も幅広く、290円のミニ弁当から550円の幕の内弁当、高価格帯の焼き肉&ステーキ弁当。そこにカレーやチャーハン、のり弁なんかも加わる。肉系に偏っている印象は否めないが、これらがボリュームをもって陳列されている。魅力的と言われる弁当売場のお手本だ―そんな理想的な売場をコンビニで実現することは一般的には難しい。たとえ納品直後であろうと、昼ピーク直前であろうと、陳列棚に溢れんばかりの弁当が並ぶことはない。理想と現実の乖離を埋めるべく発注数を増やして・・・と、事は足し算・引き算のように単純ではない。何の当てもなく発注数を増やせば売れ残り、値下げをしないコンビニでは全てが廃棄処分となる。廃棄は全て店の負担。オーナーの負担。弁当に限らず、この廃棄金額を管理できなければ、1日の利益など一瞬で吹き飛んでしまう。だから現実の弁当売場は心苦しくもスカスカ、発注を調整せざるをえないのだ。
弁当や総菜の売上げも落ちていない。近隣の商圏内にコンビニができても、だ。こちら側としては喜ばしい限りだが、理由が判明しないことには総菜部の疑問と不安は解消されない。コンビニの影に怯え、思い切った舵取りができなくなってしまう。何かの拍子にちょっと販売数が落ちた際、根拠なくコンビニの影響が頭を過る。コンビニにの1日の客数は分からないが、ゼロということはない。弁当の1日の販売個数は不明だが、ゼロということはない。だのに自店の弁当の売上げが落ちない。影響がない。喜んで良い状況なのに不安を拭えない。何故ならカラクリが解き明かせていないから。霧の中で迷子になった時みたいに、前を見ても振り返ってもモヤモヤしか出てこない。どっちに進めば正解なのか判断できない。だから立ち止まることしかできない。自信を持って歩き出すことができない。総菜部のリーダーは糸口の見えないトンネルに置き去りにされてしまった。
勉強会から数週間後、山川がそんな総菜部のリーダーを買い出しに誘った。昼休憩を合わせて店を抜け出した。店の配達用の軽自動車に乗って駐車場を出発。山川の行き先を予め訊かされていたのは店長だけ。山川なりに調査を進め、何度か雑談や打合せを重ね、お店としての現段階の答えを出し、それを惣菜部のリーダーとも共有することにした。それで少しでも気が楽になれば、と。
「山川さん、どこへいくんですか?」
「もうすぐ1店目に到着します。」
店を出て10分程、山川が車を停めたのは弁当屋の駐車場だった。
「さ、着きました。すみませんが、弁当を運ぶお手伝いをお願いできますか。」
ぽかんとしながら山川に次いで車を降りたリーダー。
「すいませ~ん。お弁当を予約した山川ですが~・・・」
店頭には誰もおらず奥のキッチンに呼び掛けた山川の声は、どこか悲し気というか、申し訳なさそうな哀愁を残して耳に届いた。
「は~い、すぐにお伺いしま~す。ちょっとお待ちくださ~い。」
そんな遣り取りを訊きながらリーダーの目に留まった張り紙。
『今月をもちまして当店は閉店させて頂きます。永らくの―』
チンジャオロース弁当3つと、マーボ豆腐丼を3つ購入して、さらに車を走らせる山川。直に別の弁当屋へ到着する。
「こんにちは。お弁当の予約をした山川ですが。」
「はい、ありがとうございます。すぐにご用意できますので、先にお会計を宜しいですか。」
支払いを済ませる山川の後ろで待機するリーダの目に、またもや貼紙が飛び込んできた。
『当店は今月をもちまして営業を終了させて頂きます。なお、スタンプカードにつきましては―』
「さて、買い出し終了です。店に戻りましょう。」
信号待ちで山川が説明を始めた。
「私なりに推測した、うちの弁当や総菜がコンビニの影響を受けていない理由なんですが―」
「お弁当屋さん、お店を閉めるようですね。」
「はい、私の結論はそこに落ち着きました。コンビニの影響を色濃く受けたのは、この近隣ではお弁当屋さんだったと思います。両店とも、愛想の良い店員さんだったので、こちらの心境としては複雑ですよね。そしてコンビニだって、別に悪いことをしているわけじゃない。」
社内の会話はほぼほぼそれで終わった。リーダーもほっと一安心できる理由ができたはずだが、良かったと言える心情にはないのかもしれない。甘いと言われようとなんと評されようと、心の動きを他人に強制される謂れはないし、そもそも自分ですら思い通りにできないものなのだから。エンジン音だけを鳴らしながら駐車場に着くと、シートベルトを外しながらリーダーが山川に話し掛けた。
「あの・・・可能であれば、お金をお支払いしますので、お弁当をひとつ頂けませんか。」
「お金は結構ですので、どうぞ好きなお弁当を持っていって下さい。」
リーダーはきっとこの弁当の味を忘れまい。山川が弁当の販売数を伸ばす手法を考えるようになったのは、この時からだった。




