02:敵わない女※ダミアン視点
――俺は負けた。
この俺が負けるなんて正直言って考えもしないことだった。少なくとも本気で戦ったはずだ。
なのに、どうしてあんなどう見ても戦いの素人な王女と金髪野郎に敗北したのか、わけがわからない。
「……クソ。クソが!」
しかし俺が苛立っていることは勝敗に関することではなかった。
アイシャ・アメティスト・オネットを――一度手に入れると決めた女を取り逃してしまったことが悔しくてたまらなかったのである。
もちろんもう一度攻め込めば奪えるかも知れない。だがそうしなかった。
なぜなら、きっとあの女がどうやっても俺のものにならないことがわかってしまったから。
王女と金髪野郎の息はぴったりだった。そう、まるで心が通じ合っているかのように――。
もしも俺が王女をさらっても、身も心も奪うことはできない。
そのことを悟った時、俺は本当の意味での敗北を知った気がしたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
親父に敗戦宣言をさせた。
親父は五年前から病気で伏せっており、俺が成人して以降は実権を握っているのはこちらなので何の問題もなかった。
帝国貴族たちの信頼を一気に失ったが、変に媚を売る奴らが減ったことはむしろ喜ばしい。
……だが、やはり気に食わなかった。本来であれば今頃俺はアイシャ・アメティスト・オネットを横に連れているはずだったというのに。
剣を振っても苛立ちが収まらない。こんなにむしゃくしゃしたのは初めてだった。
そして俺は気づけば、幼馴染の女の元までやって来ていた――。
「ふーん。それでそんなにイライラしているってわけね。それは失恋ってやつよ、ダミアン」
そう言って俺を馬鹿にするように笑ったのは、緑髪に橙色の瞳の女。
俺と同い歳であり、幼馴染。公爵令嬢カレン・エメロードだった。
「失恋、だと? この俺がそんなのするわけないだろう。あの女はあくまで少し気に入っただけの話だ。手に入れられなかったのは悔しいが」
「あらまあ、恋をしている自覚もなかったってわけ? それじゃお相手に失礼よ、ダミアン。そんなのだからまともな相手が寄って来ないんだわ」
「お前に言われたかねえよ、行き遅れが」
俺のこの感情が失恋だなんて、馬鹿げている。
俺はそもそも恋なんてしていなかった。興味が湧いた、ただそれだけ。つまらなくなったらすぐ捨てるつもりであったくらいだ。
なのにカレンは肩を震わせてくすくす笑ってやがる。だからこいつは嫌なんだ、と思った。
「戦争なんか起こして手に入れようとするからダメなのよ、お馬鹿さん。恋ってのは熱烈なアピールをして、当たって砕けろで突進していくものなの。力で支配しようだなんて嫌われる典型だわ」
「偉そうに言ってくれるじゃねえか」
「そうよ。私は偉いのよ? 血の気の多い帝国が他国とまともに交渉できているのは誰のおかげだと思ってるの?」
にっこりと笑ってわざとらしく首を傾げるカレン。
確かにこいつは、帝国一強いくせに争いを好まない性質で、他国との交渉を率先して行っている。
俺と全くの正反対な性格だな。
そんなことを考えていると、カレンが橙色の瞳をスッと細めて言った。
「で、その偉い私がどうして行き遅れになっているか、ダミアンにはわかる?」
「知るかよ」
「じゃあ教えてあげるわ。――あなたのせいなのよ、ダミアン」
不意に肘でごつん、と脇腹をこづかれたので、俺は「うえっ」と呻いた。
「急になんなんだよ、このクソ女!」
「口が悪いわ。そんなのだから女に嫌われるって言ってるでしょう」
「それに俺のせいってどういう意味だよ!」
「まだお子ちゃまなあなたには理解できないでしょうね」
「なんだと、このッ!」
そのまま殴り合いの喧嘩が始まって……一分と経たないうちに俺は負けた。
カレンの細腕のどこにこんな力があるのか、わからない。だが地面に押し倒されながら俺は思った。
――俺はまだちっとも強くなんてなってなかったんだな、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからまもなく、俺は『血塗れの狂戦士』の二つ名を捨てた。
どうやってもカレンには敵わない。俺は戦士を名乗るほどの男じゃないと気づいたから。
反省と言うほどではないが、それなりに自分の非を認めた俺は、隣国オネット王国に謝罪に行ったりした。
いいや、半分くらいカレンに背中を叩かれて行かされたのだが。
アイシャ・アメティスト・オネットはすでに金髪野郎と結婚してしまい、手を出せない。
それでも幸せそうなあの女を見て、なんだか胸がスカッとする感じがした。
女なんかこの世にはいくらでもいる。あの女にこだわる必要はないと思えたのだ。
その後、思い出したくないほどの事柄が色々、本当に色々とあって――やっと一人前と認められた時、カレンになんでもないかのように告白されることになる。
「実は私、ダミアンのことが好きだったのよ。ずーっと前から」
「そうかよ」
それを告白されたのは、俺とカレンの結婚式の最中だった。
花嫁姿のカレンはとても美しく、心からこの女で良かったと思えた。
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