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22:血で血を洗う戦い

 開戦と共にさらに高まる、空気を震わすほどの激しい怒声。

 それを肌で感じながらわたくしは、他の兵士たちに遅れを取らぬよう、精一杯馬を走らせて敵へと突進していきましたわ。


 最初に相手になってくださるのは帝国軍の雑魚兵のようですわ。雑魚兵と言っても武力の高い帝国のことです、こちらの上等兵程度の力があるかも知れませんが。


「たとえそうだとしても、雑魚兵などに負けてはいられませんわ――!」


 わたくしの叫びと同時に、戦場と化した荒野に剣と剣のぶつかる甲高い金属音が鳴り響きます。

 その不快な音に耳を塞ぎたい衝動を抑えつつ、わたくしは己の短剣を向かい討つ相手へと振り翳しましたの。


 訓練などではなく本物の殺し合い。

 それを初めてこの身で味わい、揉み合いを繰り広げながらわたくしより体躯の大きい一人の帝国兵の首をやっとの思いで跳ね飛ばすことができましたわ。その瞬間、あっという間に短剣を握る手が真紅の鮮血で染め上がり、血の匂いとベタベタと気持ちの悪い感触が全身を襲って来ます。


 しかし無論のこと戦はまだ始まったばかりで、別の雑魚兵の一人がわたくしの命を奪わんと迫って来るのですから息を吐く暇さえありませんわ。

 わたくしはグッと全身に力を込め、再びその帝国兵と揉み合いを始めましたの。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――どうして今になってプランス大帝国が攻め込んで来たのでしょう。

 それは開戦前、それこそ宣戦布告がなされるだろうという話を聞いた直後からずっと疑問に思っていたことですの。


 長年それなりの友好関係を保っていたはずの大帝国。それが一気に敵になるなどおかしな話ですわ。

 陛下ならもしかすると知っているかも知れないませんが、わたくしには何も知らされておりませんわ。王太女の権限をできるだけ行使して調べさせたこともあったもののそれでもわかりませんでしたわ。

 相手の意図がわかれば穏便にことを済ませる方法も存在したかも知れません。けれどそれがわからぬ以上、全力でぶつかるしかないのですわ。


 もしも初戦に勝ち残ったら捕虜などから聞き出す方法もあったでしょうが、この数では初戦敗退ですわね。

 敗北して死を晒すまでの間、せいぜい頑張るしかありませんけれど――。



 一瞬で多くの王国兵たちが死んでいきましたわ。

 たった三日とはいえ行動を共にし、焚き火を囲んで夜を過ごした同胞たちの命が失われていくその姿に、思わず涙が浮かびそうになります。

 しかし涙してはいられませんの。一瞬でも隙を見せれば、その瞬間にこちらの命はないのですから。


 周囲からなるべく意識を逸らし、己の戦いに集中することにいたしました。


 わたくしは何人もの帝国兵に揉まれ、その度にこちらが死ぬか相手が死ぬかの際どい戦いを繰り返し、必死で短剣をふるって戦い続けましたわ。

 血の雨が降り注ぎ、あちらからこちらから断末魔が響き渡ます。そんな地獄の中を突き進むわたくしを支えていたのは、ただ一人の存在だけでしたの。


 ――ここで頑張らなければ。全てはラーダインのために。


 少しでも敵の進行を遅らせることができればその分だけ彼を救える確率は大きくなりますわ。

 一人でも多く敵を殺して、一歩でも多く前に進む。それがわたくしにできる精一杯でした。


 戦のために着てきた女性用の薄い鎧は時間と共に複数箇所が破け、次第にボロボロになっていきます。

 自慢の藤色の髪も少しばかり切られてしまいましたわ。まだ肌に傷はついていませんが、きっとそれも時間の問題でしょう。

 おそらくわたくしの死に様はとても惨たらしいものになるのでしょうね、とわたくしは思わず苦笑を漏らしましたわ。きっと誰かが亡骸を見ても『麗しの紫水晶姫』だなんて思わないに違いありません。


 ……そんなことを考えているうちに、いつしか敵の雑魚兵たちは皆血の海に倒れ伏していましたわ。

 雑魚兵にやられなかっただけでも上等。ですが、王国兵もまた、全体の半数が命を落としている様子でした。


 戦場という凄惨な場に初めて立ったわたくしは、改めて山のような死体の散乱する戦場を見回し、思わず気が遠くなりそうになりましたわ。

 想像はしていましたけれど実際目にするとこんなにも凄まじいものなのでしょうか。首のない死体、腹を貫かれた尸。死体、死体、死体だらけ……。

 しかし気絶している余裕などありません。これだけやってもプランス帝国側は少したりとも怯む様子がなく、次は中流の兵士が襲って来たのですから。

 わたくしは唇を噛み締めることでどうにか意識をこの世に繋ぎ止めると、さらに馬を早く走らせ、敵兵の中に揉まれていったのですわ。



 間違いなく戦況はこちらの方が悪い。そんなことは承知の上ですわ。

 それでも、この地獄から途中で逃げ出すことなど許されるはずがありませんもの。

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