Fase.2-1 God's original marionette
本当にお久しぶりです。
今回から、新たなFaseに突入します。
2030.6.23. 東京
「お久しぶりです、社長」
隣の個室から、カノンの話声が聞こえる。
この犯罪組織SEVENSのリーダー、桧葉カノンがいる部屋だ。
SEVENSの事務所の端にある部屋で、曇ったガラスになっていて中を見ることはできない。ただ、耳を近づければ中の声は聞こえるのだ。
カノンの声に続いて、背筋が凍りそうなくらい低く冷徹な声が、部屋の中のスピーカーから響き渡る。
『あぁ』
「その後、お変わりはありませんか」
『……』
「社長?」
『……私のことはどうだっていい。それよりカノン、今で何人目になっている』
「先日のレイ・ウェーバーを含めて7人目です」
『そうか、残りは6人か』
「えぇ」
『……まだ“奴ら”の勢力は増え続けている。油断するな』
「わかっています」
その言葉を皮切りに、会話が止まる。
おそらく社長とやらが通信を切ったのだろう。
会話の全容が聴こえたわけではないが、どんなことを話していたのかは何となくわかる。
7人殺した、というのはカノンの学園時代の仲間を殺したことだろう。先日のレイ・ウェーバーを殺したので7人目になる。
カノンが持つ、想像したものを具現化する力“イマジナル”によって生み出された仲間たち。この世界で大罪とされている“人体創造”をされたカノンの同級生や先生。
現在この組織は、その“後処理”を目的として活動している。
犯罪組織SEVENSの本来の目的は既に失われた。
まぁ、世間から追われる身であることは変わらないが……。
「レギさん、またリーダーの部屋覗いてますね。いい加減怒られますよ」
SEVENSの構成員のアールが声をかけてくる。
相変わらずの爆弾寝ぐせと不摂生な身体だ。
「うるせぇな」
「それにしてもリーダー、いつも誰と話してるんでしょう。“社長”って呼んでますけど、うちのトップってリーダーですよね?」
「そうだ。だがどうやら、誰かからの命令で任務が動いているらしい」
「へぇ……。直接我々に姿を見せればいいのに、何でリーダーにだけ」
「ま、あいつにも色んな事情があるんだろうよ」
「ふーん」
「そういや、レギさんってリーダーのこと“あいつ”とか呼びますよね。目上の人ってわけじゃないんですか?」
「まぁ目上と言えば目上だが。俺はあいつがここに入った時からこの組織にいるからな。よく考えたら、あんなガキだったあいつが、よく俺らをまとめてるもんだぜ」
「えぇっ!? リーダーって途中でSEVENSに入った人なんですか!? じゃあ何でリーダーに!?」
アールが驚いて大声を出す。
おいおい、カノンの部屋の傍で大声を出すな……。盗み聞きがバレちまうだろ。
俺は一旦部屋の中の音に意識を集中するが、部屋の中では動きがない。とりあえずバレていないようだった。
あいつ、いつも冷静だが怒るとこえぇんだよな……。
俺はアールに指で静かにしろとサインすると、アールも慌てたように口を塞ぐ。
「何でって言われると、目的の一致ってのが最大の理由かもなぁ。俺らにも色々あったわけよ。お前も知ってるだろ、5年前の“血の謝肉祭”」
「えぇ、それは勿論。アメス教が世界の実権を握った事件ですよね」
「あの時にカノンはここに入ったんだ」
「へぇ……リーダーにも色々あるんですね……て、ん?」
アールが突然天井を見上げる。
俺も一緒に見上げるが、何もない。
「どうした、アール」
「誰か来たみたいですね。玄関に」
「お前のイマジナルか」
「えぇ」
「でも、こんな廃墟みたいな冴えない事務所に誰も来ねぇだろ」
「いえ、来てるみたいですよ。少年みたいです」
「ほう、じゃあ俺が行ってみる」
「大丈夫ですか? その巨躯で子供を泣かせないでくださいね」
「普段の素行とかじゃねぇのかよ! どうしようもねぇ所突っ込むな!」
ともかく。
俺は事務所の階段を降り、アールの言う子供がいる玄関に向かう。
アールのイマジナルは、半径1㎞以内ならどこへでも“行った気になれる”というものだ。アール曰く、“この場所を見てみたい”と念じると、その場に自分の分身がいるかのように、視界が一つ増えるらしい。今は監視の役割として、常に玄関口を見てもらっていた。
ガラッ……
「おぉっと」
階段を下りている途中、足場が崩れて体制が崩れそうになる。
もはやこの事務所も老朽化が激しい。
老朽化どころか、もはや廃墟と言ってもいいレベルだ。壁紙ははがれ、壁は抜け、骨組みが見え、家具や用具ももはやごみのような風貌だった。
あの事件以降、俺たちが間借りしてから誰も掃除してねぇからなぁ。野郎どもは勿論、数少ない女どもでも掃除しようとするやつがいねぇ。
ま、もはや生業からしてそんなことするような奴はいねぇってことだな。
俺はボロボロの階段と通路を何とか抜け、玄関につき、ドアの小窓を覗く。
「なんだ? 3人いるみてぇじゃねぇか」
小窓を覗くと、アールのいう子供の後ろに、男女の大人が二人増えていた。子供の両親だろうか? 何やら尋常じゃないほどに怯えているようだった。
はぁ……なんだかめんどうなことになりそうだな。
俺はため息をつきながら、しぶしぶドアを開けた。
「アール、レギはどうした?」
社長への報告が済んで部屋から出ると、事務所の中に違和感があった。あの巨体のレギがいないのだ。
あの見た目に反して面倒くさがりなレギは、基本事務所に籠っている。そんなレギがいないと、がらりと事務所の風景が変わるのだ。
「あ、リーダー。レギさんならお客さんの相手してもらってます」
「お客さん?」
「えぇ。なんでも子供とその両親がやってきたみたいで。レギさんものぐさなのに自ら迎えに行くと言い出して……。知り合いだったりするんすかね」
「いや、こういう時はレギに行かせるようにしてるんだ。もしテロだった場合、レギが一番適任だからね……」
アールと話していると、噂をすればのタイミングでレギが帰ってきた。
「おうカノン、用事は済んだか。お客さんだぜ」
彼の後ろには、10歳ほどの少年と、やせ細った男女の大人がついてきていた。三人とも何かに怯えているのか、ひたすら震えている。
「レギ、この人たちは?」
「教団の連中に襲われたらしいんだ。とりあえず匿ってやろうと思ってな」
「……」
何か違和感を覚えたが、とりあえず私の部屋に案内しようと思った矢先、連れられた三人は意外な行動を起こした。
三人は事務所に入った後、それぞれ違う方向に歩いて行ったのだ。
男は東の窓の方に。女は西の窓の方に。子供は北の、私のいる方に。
「おいおい、なんだ、どこ行くんだお前ら」
レギも突然散開し始める客に戸惑っている。
レギの制止する声も聞こえないのか、三人は怯えながら歩いていく。その異様な光景に、他の構成員も呆然と眺めるばかりだった。
なんだ? 何を考えている……?
そもそも、教団に襲われたというなら警察に行くべきだ。いくら今の情勢で警察に権力が無いにしても、犯罪組織である私たちに助けを求めるのは何かおかしい。
あれこれと考えていると、少年が私の元まで歩いてきた。
少年も例外なく、何かに怯えている様子だった。
「どうしたの?」
私は屈んで少年に問いかける。
「…………なさい……」
少年は俯きながら、ぼそっと言葉を吐いた。
「?」
「……僕……仕方なくて……」
「……!」
咄嗟に男女の二人にも目を向ける。
東西に分かれて歩いた男女は、各々部屋を二分割した中央の位置にまで来て、止まった。
「ごめん……なさい……。こうするしか……なくて……」
少年は泣きそうになっていた。
部屋に散らばった男女も、身体の震えが大きくなる。
そして次第に身体が赤く発光し始めた。
皮膚の中で何かが燃えているかのように、赤い光が身体から漏れ始めている。その光は徐々に強くなっていく。
まるで、爆発しそうな……。
まずい……!
「神納木!!!」
私は大声でそう叫んだ。
その瞬間、三人の身体が眩しいくらいに輝いた。
ドォオオォォオオオオン!!!!!!
事務所の中で轟音が響く。
轟音“だけ”が響く。
突然発光し始めた三人の眩しさで瞑っていた目を開け、事務所内を見渡す。
事務所の中は荒れていた。
相変わらずの事務所内だった。誰か片づければいいのに。
東西に分かれた男女は姿を消していた。
構成員たちも何が起こったのか分からないまま、呆然と立ち尽くしている。
「なん……で……」
目の前に視線を戻すと、少年がその場で立ち尽くしていた。
男女二人と同様に身体が発光し、轟音と共に消えているはずなのだが、少年の姿は消えていなかった。
「君は無事だったのね」
私は戸惑う少年に声をかける。
「これ……は……?」
少年は、身体の周りに出来ている少し歪んだ空間を指さす。歪んでいるというよりは、透明の膜のようなものが、少年を中心に球状に形作っているという感じだ。
「神納木という構成員の能力だ。詳しくは言えないが、仲間を守ってくれる力を持ってる」
そう、この膜は構成員の神納木のイマジナルによって出されたものだ。だが、神納木はこの場にはいない。ずっと彼の自室から事務所内の様子や私の身の周りなどを監視しているのだ。
有事の際は彼の名前を呼ぶと、状況に応じて守ってくれる。
今回は三人の周囲に膜を張り、爆発した彼らの爆風を封じ込めたのだろう。
「……」
少年は周囲の膜を呆然と眺め、私の方に向きなおる。
「でも…………ダメだ……僕はもう死んじゃうんだ……」
「死んじゃう? どういうこと?」
「神様が、僕の中に爆弾を仕掛けたんだ……」
「神様……?」
少年は再び、おびえた様子に戻り、ガタガタと身体を震わせ始める。
「僕、悪いことをしてずっと牢屋に閉じ込められてたんだ……。さっきの人たちも一緒だったんだ……」
「さっきの人たち……。お父さんとお母さんじゃなかったの?」
「ううん。知らない人……。その人たちと牢屋に閉じ込められてて……。そしたら教祖様が僕たちの前に来て言ったんだ。『神様は君たちに罰と役割を与えた』って……」
「役割……」
……なるほど。
「それで、教祖様の言う通り、ここまで来たんだ……。僕、怖くて……」
徐々に身体の震えが大きくなっていく。
少年の震えが最高潮になってきた途端、彼の身体が再び赤く発光し始めた。
先ほどの男女のように。
爆発する前兆のように。
「おい! 神納木! もう一度頼む!」
様子がおかしいことに気づいたレギが、大声を上げる。
「いや、待て!」
そんなレギを制止する。
大丈夫、何とかする方法はある。
少年は自身の発光する身体を見て、青ざめる。
「やっぱり……やっぱりもうダメだ……」
少年は大きく首を振る。
少年の身体は徐々に赤く光っていく。
ガシッ……
私はそんな少年の身体を抱きしめた。
力いっぱい、安心させるように。
「おいカノン! まずいって!!」
レギが必死に止めようとしてくる。
そんな声もお構いなしに、私は少年を抱き寄せながら背中をさすり、優しく話しかける。
「大丈夫。爆弾なんてない。私がさっき解除しておいた。もう爆発しないし、罰を受ける必要もない」
それでも、少年は大きく首を振る。
「でも……でも、神様は僕を……」
「大丈夫。今まで悪いことをして爆弾を仕掛けられた人なんていた? 神様はそんな不平等なことはしないさ」
「でも……でも…………」
「安心して。私が君を守ってあげる」
「……」
その言葉を機に、少年の身体から発せられていた赤い光が徐々に消えていく。
それと同時に、身体の震えも収まっていった。
「落ち着いた?」
「……うん……。ほんとに大丈夫なの……?」
「えぇ。神様だってちゃんと許してくれるはず」
「……」
やがて、赤い光は止んだ。
それと同時に、少年の首がカックリと私の肩にのしかかる。眠っているようだった。
「西野、この子を医務室まで連れて行ってあげて。目を覚ましたら、何か栄養のあるものをたくさん食べさせてあげて」
「は、はい、わかりました」
一連の流れを呆然と眺めていた構成員のうちの西野は、私にもたれかかっている少年を優しく抱き上げ、事務所を出ていった。
「……おらおら、事件は解決だ。お前ら仕事に戻れ」
構成員もみな、呆然と立ったままだったが、レギの一言でいそいそと仕事に戻っていった。
「大丈夫かよカノン」
「えぇ、平気」
「一体何だってんだ? 爆弾が身体に埋め込まれてるだの、神様だのって……」
「……おそらくイマジナルね」
「イマジナル……!? 爆発することが能力だったのか?」
「いや、正確に言うとイマジナルを“強制的に発生させられた”かな」
「強制的に?」
「イマジナルは自分が本気で信じたものを具現化する力。もし、誰かに洗脳でもさせられて、『身体の中に爆弾が埋め込まれた』って刷り込まれれば、その通りになってしまう可能性は高い。さっきの少年はまだ心の隅に疑いがあったのかもしれないけど、大人の二人は完全に洗脳させられてたみたいね」
「ひっでぇ……誰がそんなことを……」
「答えは一つでしょう。神様という単語、私たちの事務所を爆発させようとしたこと」
「まさか、あれもアメス教か……!?」
「でしょうね。少年も大人も、アメス教の教徒だと思う。まさか教徒にまで洗脳してるなんて……」
「……神納木がいなけりゃあ事務所は壊滅だったな」
「そうね。神納木はまだ元気にしてる?」
「どうだろ。こっちの様子が見えて力も使えたってことは、生きてるのかもな。完全な引きこもりのせいで生きてるのか死んでるのかわかんねぇ」
「引きこもり生活を保障する代わりの協力だから、仕方ないけどね」
「ったく、変な奴ばっかりだよな、この組織は」
「レギが言わないで」
「ガハハハハハ! それもそうだな」
「とりあえずレギも仕事に戻れ。確か第三地区の“未来人騒動”の調査中でしょ」
「あぁ、調査は難航してるがなぁ。カノンにも見に来てほしいくらいだぜ」
「今の仕事が片付いたら行くよ。とりあえず現場に足を運ぶことが先決」
「わかったわかった。なんかわかったら連絡するよ」
レギは頭をポリポリかきながら、事務所を出ていった。
「リーダー、ちょっといいですか」
レギとの会話が終わるの待っていたのか、ずっと横でぼうっとしていたアールが声をかけてきた。
別にレギとは大した会話でもないから、全然中断してもらって構わないのだが。
「どうした?」
「さっきの爆発した男女の足元に、こんな手紙が置かれてたんですが」
「手紙……? 爆発した足元にか」
アールが持ってきた手紙を手に取る。
神納木が作った膜の中で爆風にさらされたはずなのに、手紙は汚れ一つ付いていなかった。
その手紙には『親愛なるカノンへ』という文字と共に、『旧友の芥より』と書かれていた。
「芥……!?」
「誰ですか? 芥って。珍しい名前ですね」
「私の学園時代の同級生だ……」
「えっ。でもEVANA学園の人で生きてる人って“あの13人”とリーダー以外……」
「……」
私は頭の中で思考がぐちゃぐちゃとかき回される。
芥の名を、最近入ったアールが知っているはずがない。
なぜ、あいつが生きている……?
それに、この手紙があの三人の元にあったというのが驚きだった。おそらくアメス教から出向させられたあの三人の元から。
彼はおそらく……。
私は手紙をおもむろに開ける。
全て開けると、A4ほどのサイズに、達筆な字で一文だけ綴られていた。
『君はまた、人を殺すのかい?』
私の隣から覗き込んできたアールが、不思議そうな顔を浮かべる。
「……? どういう意味ですかね? というかすごい汗ですよ、リーダー。親友とかじゃないんですか?」
「……親友なわけない」
「え?」
「芥は……」
嫌な記憶が掘り返される。
心のどこかで引っかかっていた罪悪感が、再び掻き立てられる。
「芥は、私が最初に殺した男だ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
一旦Fase.1の話を書きなおしてから2に入るつもりでしたが、思ったよりも時間が経ってしまい、先にFase.2を進めることにしました。Fase.1の編集につきましては随時時間がある時に行い、ストーリーの更新を最優先に行ってまいります。
さて、新たな展開になりました。
God's original marionette……。
良い響きの副題です……。かっこいいですよね……(自分でいう)。
間隔はあいてしまいますが、まだまだ更新していきますので、これからもよろしくお願いします!!