あなたに最大限の敬意と感謝を。
そして王都に戻り、日常が戻りつつあったある日。私は城に呼ばれた。盗賊事件の後処理等々がまだ終わってなかったらしく、しばらく会えないと言われていたにも関わらず、である。
うん。どうせろくな用件じゃないと思ったよね。「リイナに会えなくてぼかぁ寂しかったぁ」と抱きつかれる覚悟をして、案内された部屋に入ると――見たことのない屈強な男の人がいた。
歴連の戦士と言わんばかりの鋭い眼光。白髪交じりの短髪。浅黒い肌。もう三十歳若ければ、ぜひ盗賊の頭にでもなって令嬢のアバンチュールなロマンスを叶えていただきたかったワイルドダンディ。
でもそんな人が王城のど真ん中にいると、やっぱりちょっと怖いわけで。
部屋の入り口で固まっていると、ソファでお茶を飲んでいたエドがクスクスと笑った。
「リイナ、大丈夫だよ。この人料理長だから」
「へ?」
何回かまばたきして落ち着いて見れば、見事なコック帽に金色のバッジまで付いている。ワイルドダンディは片手に盆を持ったまま胸に手を当て、私に一礼してくれた。あ、笑い皺がセクシーで可愛い。
「お初にお目にかかります。リイナ様。いつもショウがお世話になっております」
「あ、え……こちらこそ……?」
いきなりショウの名前が出てきて私が反応に困っていると、エドが言う。
「もうリイナが彼と仲良くしても嫉妬しないから大丈夫だよ、多分。事情があったにしろ、あれだけの騒ぎを起こされてしまったからね。前に話した通り、当分は謹慎と保護の意味で城の一室に軟禁させてもらっているけど……」
ショウは牢屋ではなく、ちゃんとした部屋に軟禁されているのだという。そもそも手錠等金属を腐食させてしまうのだから、牢に監禁しても意味がないということになったそうだ。それなら、少しでもショウのストレスを減らし、精霊のご機嫌を伺っておこうという目論見らしい。
その期間は、決まっていない。ほとぼりが冷めたら――といえば聞こえがいいが、その実は霊人としての利用価値が出来たら。それまでは、私も面会が許されていない。
「その時が来たら、また適度に節度を保って仲良くしていいからね。僕が勘違いしない程度に」
そして暗に「仲良くするんじゃねー」と言ってくる器の小さな婚約者様。うん、覚悟はしてますよ。その時は今度私が軟禁されるんですよね? まぁ、そんなこと口にしようもんなら「閉じ込めてもらいたいなら早く言ってよ。いつでも準備は出来ているよ」とか言いかねないので、絶対口が裂けても言わいませんが。
私がその推察含めて暗い気持ちでいると、料理長が改めて頭を下げる。
「ショウの代わりに礼を述べさせて下さい。本当に慈悲深き配慮、ありがとうございました。妹からの手紙を、ショウは大層喜んでおりました。この恩を、私も生涯忘れることはありません」
「んな大袈裟な」
慌てて近づき、頭を上げるよう促すと、料理長は目に涙を浮かべていた。
うわ、反則。ダンディの涙とか、なにこれときめく。
「リイナ。ニヤけているようだけど、僕の涙で良ければいくらでも見せてあげるよ?」
「日々嫉妬ばかりしてないで下さい。他にすることはないんですか?」
「ん? 日々リイナを愛でているけど、足りない?」
「お腹いっぱいで食あたりを起こしてます」
エドとの懲りない応酬を止めたのは、料理長の笑い声だった。
「はっは。それなら、こちらは不要でしたかな?」
そう言って、料理長は懐から葉っぱに巻かれた三角の物を取り出す。
「謹慎中とはいえ、私は一日一回の面会を許可されてまして……ショウからリイナ様へ預かって参りました」
その長い葉っぱを開きながら、「まったく簡易キッチンのある軟禁部屋なんて聞いたことがありませんよ」なんて愚痴るからには、ショウはそれなりの待遇を受けているらしい。
え、でもワイルドダンディずるい。私もショウと面会したい。私も許可もらいたいな~と横目で窺うも……ダメですね。せっかくの琥珀の瞳が据わってますよゴメンナサイ。だったらもう……私はその包みから目が離せなくなっちゃいます。
だってあれだよね? 緑の笹みたいな葉っぱの下から出てくるものって言ったら、昔ながらのあれだよね?
「しかし……こんなものを本当にリイナ様がお喜びになられるとは到底……」
料理長は言う。「お嫌なら捨ててしまっても構いません」と。
えぇ、誰がこんな日本人の心を捨てられましょうか。
正直、焼きおにぎりだって邪道ですよ。日本人といったらこれでしょう! シンプルイズベスト。ロードオブ日本食。
「ぜひ頂戴します!」
私はひったくるようにして、それを奪った。
白米輝く三角おにぎり。思いっきり頬張ると、お米の甘みと塩っけが私の脳髄をジワジワと刺激する。口に入れるたびにホロッと崩れる絶妙な握り具合は神業。だけど派手さはない。これぞプロというスゴ技もない。だからこそ、家庭的な美味しさに私は思わず瞳を潤ます。
「リイナ……事前に僕も毒味しておいたんだけど、泣くほど美味しいの?」
「いや、ショウもようやく手に入ったと喜んでいたのですが……その柔らかい米がそんなに美味しいですか? 見ていても手に塩を付けて握っただけだったのですが……」
ふむ。どうやら食文化の違いゆえか、このシンプルであるからこそ完成された美味しさが二人には伝わっていないらしい。
――ショウさん、まだこの世界で活躍することがたくさんあるみたいだよ。
心の中でそう語りかけつつ、私は指に付いた米粒をペロリと食べた。
――とりあえず、次は焼き海苔か梅干しが欲しいなぁ。
「料理長、いい人だったでしょう? 本当に彼の養子の話は進めているんだよ。いつになるかわからないけど……いつか兄妹揃って迎え入れていいそうだ。だからそれまでに、僕が嫉妬しなくていいくらい、僕らも心身ともに結ばれていないとね」
いや、何がいないといけないのか、私はサッパリわかりたくないのですが……。
それは、どうやら私だけじゃなかったらしい。
「殿下。そういうことはせめて親のいない場所で言ってもらえませんかな?」
その翌日。私とエドとお父様。三人で小さなお墓を作っていた。それは、はたから見たらただの花壇にしか見えないだろう。生前彼女は好きだったという白と黄色の花は、正直地味だ。でも、とても可愛らしいと思う。その茎葉に隠れるように、少し大きめの石を立てていた。名前を掘ることは出来ない。私が彼女として生きているから。
手を土で汚しているエドが、ニンマリとお父様を見上げる。
「そう仰るのでしたら……さっそく今晩にでもリイナを招くことにしますね!」
「……私の目が黒いうちは許可できませんな」
えーと、一体私はどこに招かれてしまうのかな⁉
私はそんなくだらないやり取りをしている二人を一瞥して、花壇の前にしゃがむ。そして両手を合わせて、目を閉じた。
「ねぇ、リイナ。何をしているの?」
「何って……拝んでいるんですよ。お身体お借りしてます。この世界で頑張りますって」
空気を読まない頭上からのエドの質問に答えると、エドはまじまじと私を覗き込んだ。
「人前でやる前に教えておくと、墓前で手を合わせる風習、ランデールではないからね。黙祷はするけど」
「え、そうなんですか⁉」
慌てて目を開けると、エドが「グフフ」と楽しそうに笑った。
「でも、なんかそれいいね。僕もやってみよー」
目を閉じて、手を合わせる。彼女に何を告げているのか、何を祈っているのか、私はわからないけれど。
「……お父様はやらないんですか?」
私が見上げると、お父様は眉をしかめつつも微笑んだ。
「私は後にするよ。話したいことが山程あるからね」
ふと思う。私の前世の両親も、お墓の前で私にたくさん話しかけてくれているのだろうか。綺麗な花を持ってきてくれているのかな。ついでにお菓子も持ってきてそう。
だけど、ごめんね。私はそれを見ることすら出来ないや。
それでも――私は忘れないよ。いつも私に優しくしてくれたお父さんも。「女は度胸よ!」と発破かけてくれたお母さんも。
今度、手紙を書いてみよう。届くことはないけれど、魔法や精霊のいる世界だ。異世界転生があるのだから、手紙が世界を越える奇跡の一つや二つ、起きるかもしれない。
親に書くのだから、「僕には返事くれなかったくせに!」なんて嫉妬しないよね……と横目でエドを窺うと、彼は「よし」と立ち上がった。
「さて、これからどうやってリイナを調教していこうかなぁ。しっかり計画を立てて、僕なしでは生きられないようにしないとね!」
「だ、だから調教はおかしいですよねぇ⁉ それにエドも人のこと言えませんから! たまにグフグフ笑うでしょう⁉」
「えーそれ、僕が『いけめん』になってもそうなの?」
すると、エドが私の顎を持ち上げてくる。
「もう僕がどんなであれ、僕のこと好きでしょう?」
そして、エドの顔が近付いてくるんだけど――えぇ、私はもう諦めました。これはキスじゃないんですよね。どうせ『躾』とかよくわからない言い訳つけてくるんですよね。もうお見通しですよ。
それでも、保護者は本人よりも諦められないものらしい。
「殿下、そういった話は、あえて私の前でしているのですかな?」
「キャンベル公爵を『お義父さん』と呼ぶ日も、そう遠くないかもしれませんからね」
お父様の目がカッと開かれる。それでも嬉しそうにこっちを見てくるグフグフ笑う元白豚王子に、私がちょっとだけ後悔したのは、ここだけの話。
これから寒い季節が来るらしい。その中でも健気に咲く花を、私は指先で触れる。
――ねぇ、リイナ。私はこれから、どんな花を咲かせたらいいのかな?
あなたが追い求めてきた理想を壊さないように。
あなたが大切に思ってきたものを守れるように。
それが、気高いあなたへの敬意と、感謝となりますように。
それは、ただ王子に愛されたいだけじゃない。
私が『リイナ=キャンベル』として彼女に恥じない自分になるため。
エドとお父様は今もくだらないことを揉めているけれど。
その隙に、私は二人が愛した少女に、ひっそりと相談をした。
【完】
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この作品があなたの有意義な暇つぶしとなりますように。ゆいレギナ




