37話 トマトづくしの理由
「……流石に皆さん、食べ終えてますよね」
「ん……」
僕の周りのみんなが大体食べ終えた頃、(例によってヒロだけおかわり食べてるけど)蒼月さんと月影ちゃんが夕飯を持って来た。
「おーいらっしゃい天王ズ。遅かったねぇ」
「その呼び方だと、違う人の名前に聞こえますわね」
「2人は服飾部帰り?」
「そうです。楽しくてつい遅くなってしまいましたわ、ふふふ」
「うん、わかる〜」
料理部で1番何もしなさそうなパフィンさんが相槌を打つ。そりゃあ、食べる係だし、楽しいだけだろうけど……まあ、僕とアキも、楽しいけれどね。
「とはいえ。楽しくて熱中すればするほど、皆さんとの交友時間が少なくなってしまうのは、少し悩ましいですね」
「…………」
その台詞に、月影ちゃんが何か言いたそうに蒼月さんを少し見つめ、視線をこちらに移す。
「……蒼月、座りましょう……」
「ええ、そうですわね。お邪魔します」
そう断りを入れて、2人のために確保しておいた席に向かい、腰掛ける。
「今日のお夕飯も、とても美味しそうですね」
実際とても美味しかった……ふふ、幸せ……って、また月影ちゃんに見られてる。なんだろ?
「そうでした。月影が瑞希さんに、今日のお昼をご馳走になったそうで。とても美味しかったそうです、ありがとうごさいました」
「気にするな、大したことではない」
「まあ、初めての料理でそう言って退けられるのは、姉さん位なものだろうけど」
「……初めてで、月影が私に高評価を告げるとは……やはり天才ですわね」
「それもあるが。やはり優輝の料理の腕が素晴らしいからな。私はそれをトレースしただけだ」
「それはそれで素晴らしい事だと思いますが。いつか私もご相伴に預かりたいです」
「うむ、いつか機会があればな」
「私も今日は、剣術部に用があったから、瑞希の料理食べれてないのよね」
「俺も同じくだ。よければ今日の昼に俺のも作ってくれないか?」
「いやいや。雅さっき夕飯食べたでしょ?」
「ツッコむとこおかしくない⁉︎」
僕のボケ返しに、アキがツッコミを入れてくれる。そしてみんなが笑顔になる。
アキのツッコミ、やっぱり好き。
「ところで、昼食は何を作られたのですか?」
「オムライスだが。なんだ、月影から聞いていないのか」
「……月影?」
「……美味、でした……(ぷい)」
「くっ……これは是非いただかなければ!」
なんか妙に悔しがる蒼月さん……オムライスが好物なのかな?
それに対して月影ちゃんは、その話をそれ以上語るつもりはないというかのように、視線をソッポへ向ける。
ちなみに、後で聞いた話だけど。蒼月さんは大の卵好きで、自分の知らないところで月影ちゃんが卵料理を食べた場合、どんな感じだったか事細かに説明させようとするらしい。
特に好きなのはだし巻き卵らしく、内緒でだし巻き卵を食べたのがバレたら、かなり面倒な事になるらしい。
「夕食……トマトたくさん、です……」
「うん、そうだね。ふふっ」
さらに、オムライスから話を反らすかのようにそう呟く月影ちゃん。視線は未だソッポ……いや、献立表を見てるっぽいかな……んー?
(月影ちゃん、何を言いたいんだろう?)
口下手な月影ちゃんだけど、ただ話題を反らすだけのためにそんな発言はしない気がする。
献立……トマトトマトトマトトマ……ん?
「なんで夕食、トマトづくしだったんだろ」
「えっ?」
「そういえば……」
「ふむ」
次の1日の学食メニューは、前日の夕食時に学食に張り出される。月影ちゃんの視線の先にある張り紙がそうだ。
献立表には、使用する食材も細かく記載されているんだけど。確か今朝確認した時は、ここまでトマトづくしではなかったような。
「学食のことは、料理長殿に聞けば良いだろう」
「えー……」
あの人とは、あまり接したくないんだけど……貞操の危機的な意味で。
「顔もハートもイケメンなスト様の事嫌うの、ユキさんくらいよね〜。狙ってるアタシんとってはありがとだけど〜」
「嫌ってるとも違うんだけど……まあ、苦手なんだよ」
とはいえ、事情を確実に知っているのは彼だろうし。
「というわけで」
「ということで!」
「トマトづくしの理由を聞かせてください」
「さ〜い」
と、厨房にいるストゥルガノフ氏に話しかけてみた。
一応、前回と違ってまだ学食に生徒はだいぶいるので、目立ち過ぎないように僕と姉さん、アキとパフィンさんの4人だけで訪ねた。
「いらっしゃい、お待ちしていました」
僕らが来る事を予測していたらしく、嬉しそうな顔でカウンター越しにすぐに応対するストゥルガノフ氏。内心ちょっとビクついた。
「しかし、そうですか。意図には気付かれませんでしたか……」
何故か残念そうに眉根を寄せてそう言われた。なんだろ?
「優輝の気を引くため、もとい、初の訓練でクタクタな優輝を労うために、優輝が大好きなトマトをふんだんに使ったレシピに急遽変えた」
「え?」
姉さんが唐突にそんな事を言い出した。それって、トマトづくしの理由の予想?
「私ならそうするが。違うか?」
「正解です」
「えー」
合っていたようだ。つまり、夕食がトマトづくしになったのは、僕が原因らしい。
「初日のチキンステーキトマトソースがけを、とても美味しそうに食べていましたので。トマト好きなら、これで気を引けるかと思いましてね」
「……愛されてるね〜ユキさん」
パフィンさんが、ジト目で僕にそう呟く。そんな目で見られても。
「僕としては、有難迷惑なんだけど」
「えー」
さっきの僕の声を真似するように、ストゥルガノフ氏がそう声を漏らす。若干ムカつく。
「えーじゃないですよ。僕だけ贔屓するのは良くないです。今後はやめて下さいね」
「まぁ、仕方ありませんね。好感度もそれ程上がらなかったようですし」
「というか、ある意味対抗心が湧きましたよ(料理人的な意味で)」
「おや? むしろ下がっていますか?」
「上がっても下がってもいません」
「そうですか! チャンスはまだありそうでなによりです」
「……はあ」
やっぱりこの人苦手だ。悪い人じゃないだけ、ある意味質が悪い。
「1つ伝えて置こう。優輝はほとんど誰にでも優しいが、落とすとなると誰よりも難しいと思え」
僕の感情を読み取ったのか、姉さんがそう釘を刺してくれる。
「……そのようですね。お姉さん的には、優輝さんの理想の恋人について、どうお考えですか?」
「優輝の事なら誰よりも知っているが。そこだけは、私にもわからん」
「僕にもわからないけどね。月並みだけど、僕が好きになった人が、僕の理想の人だよ」
「まあ、優輝が選ぶ相手なら、私に匹敵する素晴らしい人物なのは間違いないだろうな」
「そうですか……なら、優輝さんに好きになって頂けるよう、今後も切磋琢磨しなければなりませんね」
「……多分、僕の気持ちは変わりませんよ?」
「未来は誰にもわかりませんよ?」
「……」
これ以上はあえて何も言わない。というかもう聞きたいことは聞けたし、離れたい。
「ふみゅ……優輝、ガンバ」
「……どういう意味かな?」
「色んな意味で!」
「そだね。では僕らはこれで」
妙に疲れた。解散する上手い言い訳を考えるのも面倒になり、適当に別れの挨拶をする。
「はい。またいつでもいらして下さい」
「……まあ、気が向いたら」
良い笑顔で見送るストゥルガノフ氏に、一応笑顔でそう返す……さらに疲れた気がする。
「う〜。やっぱりユキさん強敵だ〜」
「だから、僕は敵じゃないから」
「じゃスト様攻略の協力して〜」
「それはお断りします。彼とはあまり関わり合いになりたくないし、何より僕は、恋愛に関しては素人だしね」
「う〜」
「……ふみゅ」
……なんかアキが意味深な目つきをしている。
「アキ、今変な事考えてない?」
「別に〜? ただ、ヒロにも目はあるかな、と思ってね」
「……なんでそこでヒロ?」
「「好きになった人が理想の人」なんでしょ?」
「まあ、そう言ったけど」
「あたしは応援するだけだけどねん」
「はあ」
アキは主語を抜かして言う事があるから、よく意味は伝わらなかったけど。とりあえず、今すぐ変な気を回す事はない、のかな。
その後、ヒロもご馳走様したので、少し雑談した後解散となった。
ここ数日ではかなり早い解散となったけど、みんな初の授業で疲れてるだろうしね。
解散前に、みんなと自分自身に一言。
「みんな、お疲れ様。今日は初の授業で疲れてるだろうから、早めに休んでね。それじゃあまた明日、よろしくね」
「優輝の気遣いがなんか染みる。ヤバイ」
「あ〜、母性を感じる〜……ママ〜」
「優輝さんは素敵で出来てます……」
「……やっぱり、男だったら惚れてるわ、うん」
「ああ、また明日な!」
「ふへへっ、捗ります!」
「……ん(ぺこり)」
「ちょっとまった。なんか雅と月影ちゃん以外の反応がオカシイ」
「気にするな!」
「気にするよ!」
「あははっ! また明日ねっ!」
誤魔化すようにアキが大きめな声で挨拶したのをキッカケに、今度はみんな普通にまた明日をして解散となった。
(僕は、ママにはならないのになあ)
とか思ったけど。当然、口には出さなかった。




