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友の遺した者

「離して!」


 瑶月の声が響いた。


 劉晟の腕の中で、瑶月は必死にもがいている。


「離してって言っているでしょう!」


 けれど劉晟は、顔色ひとつ変えなかった。


 瑶月がいくら身を捩っても、その腕が緩むことはない。


 やがて一行は、そのまま平陽の城門を潜った。


 ――平陽。


 ここが、劉晟の治める地。


 瑶月は劉晟の腕の中から、城下へ視線を向けた。


 東州を屠城した男だ。


 民の命など、なんとも思っていない。


 きっと、この地も荒れ果てているのだろう。


 そう思っていた。


 けれど。


「……」


 瑶月は、思わず目を見開いた。


 そこに広がっていたのは、荒れ果てた街ではなかった。


 道の両脇には所狭しと店が並び、露店からは威勢のいい声が飛び交っている。


 行き交う人々。


 荷車を引く商人。


 子供たちの笑い声。


 活気に満ちた城下。


 その光景は――


 かつての東州と、よく似ていた。


 瑶月は、ほんの一瞬だけ言葉を失った。


 ――どうして。


 屠城をした男が治める街が、なぜこんなにも穏やかなのか。


 疑問が胸の奥に浮かぶ。


 けれど、それを考えるより先に、一行は城下を抜けていきやがて、大きな屋敷が見えてきた。


 劉晟の屋敷だった。


 門を潜り、屋敷の中へ入る。


「離して」


 瑶月はもう一度言った。


 今度の声には、はっきりと怒りが滲んでいる。


 けれど劉晟は、何も答えなかった。


 平陽へ向かう道中も。


 城下を通る間も。


 この男は、一言も口を開いていない。


 やがて屋敷の奥まで進んだ劉晟は、使用人へ向かって短く告げた。


「あいつらの世話を頼む」


「承知しました」


 それだけ言うと、劉晟は瑶月を見ることもなく、そのまま屋敷の奥へと消えていった。


「……」


 取り残された瑶月は、その背中を睨みつける。


 東州を奪った男。


 家族を奪った男。


 自分の人生を壊した男。


 たとえ、この街がどれほど穏やかでも。


 この男がどれほど自分を傷つけなかったとしても。


 瑶月の中にある憎しみだけは、まだ消えることはなかった。


「……絶対に、許さない」


 小さく呟いたその声には、確かな怒りが込められていた。




 自室へ戻った劉晟は、部屋の奥へと進んだ。


 壁に手を添える。


 かちり。


 小さな音とともに、隠されていた扉が開いた。


 その先にあるのは、誰にも見せることのない小さな部屋だった。


 壁には、いくつもの武器が飾られている。


 刀。


 大刀。


 矛。


 双剣。


 刃には細かな刃こぼれが残っている。


 それでも、どの武器も丁寧に手入れされていた。


 劉晟はその前を通り過ぎると、静かに袖を捲った。


 先ほど瑶月が処置した傷。


 腕に残った、特徴的な縫い跡が目に入る。


 劉晟はしばらく、それを黙って見つめていた。


 そして、ゆっくりと目を閉じる。


 脳裏に浮かんだのは、遠い昔の記憶だった。


 まだ、自分たちが少年だった頃。


「劉晟〜、見てよこれ!」


 明るい声。


 振り向くと、一人の少年が嬉しそうに袖を捲っていた。


「どうしたの、それ」


 黒衣の少年――劉晟は、傷を一瞥する。


 そこには、特徴的な縫い跡が残っていた。


「家に帰る途中で怪我してさ〜」


 少年は楽しそうに笑う。


「そしたら妹が手当てしてくれたんだよ」


「……妹が?」


「そうそう!」


 少年は嬉しそうに頷いた。


「久しぶりに会った妹がさ、めちゃくちゃ可愛くなっててさ〜」


「……」


「あれは将来、絶対美人になるぞ〜」


「……」


「それでな――」


 聞いてもいない妹の話を、少年はいつまでも続けていた。


 劉晟はそんな少年を一瞥する。


 けれど、止めようとはしなかった。


 ただ、少年の腕に残った縫い跡だけが、妙に記憶に残った。


  ――そして今。


 劉晟はゆっくりと目を開ける。


 自分の右腕に残る、瑶月が縫った傷跡。


 そして、目の前に並ぶ四つの武器。


 劉晟はしばらく何も言わなかった。


 やがて、自分の腕を見下ろし。


 誰もいない部屋で、小さく呟いた。


「……滄瀾、お揃いだな」

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