7.ヴェルチェ家の内情・2 後編
玄関でたたずんでいたセルシオは、フレデリカを認めると「やあ」とほほえんだ。
けれど、その表情はどこか沈んで見える。
「セルシオ……」
どうしたのかと尋ねかけて、フレデリカは口をつぐんだ。
(きっと私のことよね)
婚約者が悪女の真似事をしているのだ、嫌に思わないわけがない。
この月に一度の逢瀬だって、悪女として名を馳せてしまったフレデリカが王都を歩けないからという理由で、ヴェルチェ家の庭園をめぐるだけだ。
そのぶん、少しでもセルシオの目を楽しませようと、花々はフレデリカ自ら手入れしている。
「あの……ごめんなさいね、エイベルの相手さがしのこと」
「ああ、うん……」
並んで歩き、切りだせば、セルシオはあいまいな返事で視線を逸らした。
花壇ではちょうどコスモスが見頃。ピンクと白の花びらが風に吹かれてそよいでいるのに「きれいだ」と呟いて、セルシオはやはり黙り込んでしまう。
セルシオは父の決めた婚約者だ。
昔からのフレデリカを知っている彼へは、フレデリカの境遇も、エイベルの命令で悪女を演じていることも話してある。
『エイベルはぼくにも妹のようなものだから』と、フレデリカが晩餐会に出席するときには、セルシオがエイベルをエスコートし、世話を焼いてくれる。
セルシオがいなければエイベルのわがままはもっと酷いかもしれない。
「もう少しだけ待ってほしいの」
話題を変えたいというセルシオの内心を感じつつも、フレデリカは言った。
先日の晩餐会で知りあった騎士見習いの彼を、エイベルは気に入ったようだった。昨日もデートをしていた。
「エイベルが結婚して家を出たら、私が正式に子爵位を継いでいいと、サラお義母様も約束してくださっているの。そうなれば晩餐会であんな真似もしなくてよくなるし」
やさしい彼の前であまり強い言い方にならないように気を配りながらも、愚痴っぽくなってしまうのは仕方がない。
フレデリカの事情を知っているのは、サラとエイベルを除けばセルシオだけ。
フレデリカが子爵位を継げば、セルシオがヴェルチェ家の婿になる。そしてふたりでヴェルチェ家を盛り立てていく。
今のフレデリカに残された希望はそれだけ。
「わかってるよ。わかってる……」
「うん、ごめんなさい」
眉根を寄せてつらそうな顔になってしまったセルシオに謝って、フレデリカも話題を変えようとした。けれど、家に閉じ込められてたまの外出が悪女役の晩餐会では、フレデリカに楽しい話ができるはずもない。
「セルシオはどう、最近は? 書記官の資格がとれて、仕事の幅も広がりそうだって」
先々月に会ったとき、セルシオはそう言っていた。先月には、仕事を通して新しい縁を結べそうだ、と興奮気味に語った。
フレデリカにはそれ以外に話の弾みそうな話題はない。
しかし、セルシオは「うん……」と生返事をするだけだった。
結局セルシオは、ほとんど押し黙ったまま庭園を歩き、屋敷に戻ったところで別れの挨拶をした。
「エイベルにも挨拶をして帰るよ」
「ええ、また来月」
その言葉にもセルシオは軽く頷くだけで、返事もしない。
屋敷へ入っていくセルシオを見送ってから、笑顔を消したフレデリカは小さくため息を漏らす。
けれどすぐに顔をあげ、ふたたび笑顔を作った。
(大丈夫。きっと来月には、いろんなことが変わっているわ)
そう自分に言い聞かせながら。




