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義妹の命令で『魔性の悪女』を演じていたら、婚約者にも捨てられました ~放蕩令息は魔性の悪女をお望みです~  作者: 杓子ねこ


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5.再会とお近づき 後編

「――では、週末に、わが家へ迎えにきてくださいな」

「は、はいっ」

 

 にこりとほほえめば相手は顔を真っ赤にして何度も頷いた。

 

 伯爵家の次男で、騎士見習いとして王宮に勤めているという彼は、伯爵位こそ期待できないかもしれないが表情や物腰からも実直そうな性格が伝わってきた。

 顔立ちも整っているほうだし、背が高く、もちろん健康的な体つき。正式に騎士となれば爵位もつくし、騎士の仕事を通して上位貴族と知りあう可能性も高い。結婚相手として悪くはないはずだ。

 

(今日はがんばったわね)

 

 声をかけられるのを待つのではなく、フレデリカから声をかけた。

 遊び慣れていない初心な男を狙ったと思われて、令嬢たちの蔑みの視線が四方八方から届くけれども、断らなかったのは彼のほうなので許してほしい。

 

(疲れた……)

 

 人目を避けるように壁際へ退き、高い天井を仰ぐ。

 

「はあああ〜〜〜〜あああ〜〜〜〜」

 

 げっそりした顔で長いため息をはきだしてから、フレデリカはハッと我に返った。

 

(しまった)

 

 つい、広間にいるうちに気を抜いてしまった。『悪女』がぼんやり考え事をして、肩を落としてため息をついているなんて妙だと思われる。

 

(こんなこと今までなかったのに)

 

 驚きはもう一つあった。

 先週の晩餐会で見かけた、もっさり前髪と眼鏡の彼。

 いつのまにかあの青年が隣に立っていたのだ。それもばっちりフレデリカのほうを向いて。

 

(見られた……!)

 

 髪と眼鏡に隠れて視線はわからないが、フレデリカをじっと見つめている気配がある。

 

「お疲れですか」

「えっ?」

「ため息をついていらっしゃったので。お疲れかなと」

「はあ、はい……」

 

 なにを言われるのかと身構えていたフレデリカの耳に届いたのは、どこかのんびりとしつつ、フレデリカを案じる声だった。

 

「どうぞ、これ。あなたは先週の晩餐会でも、なにも口にしていなかったでしょう」

 

 さしだされたのは料理ののった皿だ。

 オードブルのいくつかと、切り分けた肉とパン。それだけだが、香ばしいソースの香りにフレデリカのお腹はくうと音を立てた。

 

「俺のそばにいれば、目立ちませんから」

「あ、ありがとうございます」

 

 皿を受けとり、フレデリカは周囲を見まわした。

 たしかにいつもより向けられる視線が少ない。何人かはこちらを見ているが、話しかける気はなさそうだ。

 

 不思議に思いながらも料理を口に運ぶ。

 食べやすいサイズのものを選んでくれたのだろう、どれも一口で食べられて、化粧くずれの心配もない。

 

「デザートもありますよ」

「は、はい。どうも」

 

 食べ終わったのを見計らって別の皿をさしだされた。カットフルーツや小さな焼き菓子ののったそれを両手で受けとる。

 

 先ほどから、『悪女』だなんて聞いて呆れるというような反応しかできていない。

 

 なぜこんなにやさしくしてくれるのか。

 いや、フレデリカが頼めばほかの男たちも、いくらでも料理をとってきてくれただろう。

 

 戸惑うのは、なぜこんなに普通にフレデリカに接することができるのかだ。

 

 そう考えて、相手が誰なのかわからないことに気づいた。

 エイベルの結婚相手さがしもあり、貴族やその令息たちの情報は集めている。でも彼に合致する人物には覚えがない。

 

「ありがとうございました。わたくし、フレデリカ・ヴェルチェと申します」

 

 姿勢を正して名乗るフレデリカの意図を、青年はきちんと汲みとってくれた。

 

「俺はリイトといいます。ホレスベルから、リーランド・アッシュベリ様の付き添いで来ています」

 

 青年はそう名乗り、胸に手をあてて頭をさげた。

 

「まあ、ホレスベル王国の方でしたか」

 

 彼は、エイベルが憧れる公爵令息リーランドの従者なのだ。

 思いがけない出会いにフレデリカは目を瞬かせる。

 

「ホレスベル王国には、魔法使いがいるとか」

 

 口をついて出てきたのはそんな話題だった。

 リイトはフレデリカ をじっと見つめてから、「そうですね」と頷いた。

 

「魔法使いはいますが、数は多くありません。魔法は強い魔力を持つ者が何年もの修行ののちに使えるようになるもので、そうした素質と環境の兼ね備えるのは貴族のなかでも一握りだけですからね」

「たしかに、何年もの修行となると、生活に余裕がなければできませんね」

「ええ、それに自分に強い魔力があると気づかないまま暮らしている者も多いのです」

「そうなのですね……」

 

 あいづちを打つものの、言葉は続かずに、フレデリカは黙り込んでしまった。誘いをかけたり、はぐらかすのは心得があるけれども、世間話を弾ませるのは難しい。

 言葉をさがすフレデリカに、リイトはふっと笑った。

 

「リーランド様はこういった場所がお嫌いなので、ぼくに見てこいと仰せで」

「そうなのですね」

 

 リーランドの話題をあえて避けたのを見抜かれていたらしい。

 

 主人を思いだしたのか、リイトの表情が苦笑いに変わる。

 

「注目を集めるよりも、むしろ静かな観察を好まれる方です」

 

 フレデリカにはリーランドの気持ちがわかるような気がした。エイベルのはしゃぎようを見れば、ほかの令嬢も似たようなものだろう。

 リーランドはそうした反応をよろこぶのではなく、疎ましく思う人間のようだ。

 

(きっと私と同じで、『放蕩令息』の二つ名も他人からつけられたものなのね)

 

 リイトがフレデリカにさりげない心配りをしてくれたのも、主人で慣れていたからだと思えば、会ったこともない隣国の令息に勝手な親近感を覚える。

 一方、「見てこい」と言われて本当に「見ているだけ」を実行するリイトも変わった人だと思う。

 

「でも、リイト様もたいへんですね。リイト様だってこうした場が苦手なのでしょうに」

 

 だから隅の壁や柱の陰に身をひそめていたのだ。

 そんなことを考えながら思わずまたため息をつけば、リイトがくすりと笑い声を漏らした。

 

「ええ――それにフレデリカ嬢、あなたも。お互い、気苦労が多いようで」

「え、あ、わたくしは……」

 

 リイトにほほえまれて、フレデリカは自分がすっかり演技を忘れていたことに気づく。

 最初から疲れた表情やたどたどしい対応を見せてしまったから、とりつくろうことはできなかったかもしれないが。

 

『リーランド様とお近づきになってちょうだい!』

 

 エイベルの声が耳によみがえる。

 

 義妹の願いを叶えるためには、リイトにとり入るべきなのだろう。

 リイトを通じて、晩餐会に姿を現さない公爵令息と知りあうことができれば、エイベルは鼻高々で満足する。『悪女』もお役御免になるかもしれない。

 

(でも、それはしたくない)

 

 そんなふうに思った。

 

 黙り込んだフレデリカをリイトもまた無言で見つめていたが、ふと首をかしげてフレデリカのほうへ手をのばす。

 

 ふに、と唇の端に柔らかい感触が落ちた。

 

「リ、リイト様……ッ!?」

「ああやっぱり。チョコレートがついていましたよ」

 

 ほら、と指先を見せられれば、たしかにチョコレート色の汚れが付着している。デザートのタルトにかかっていたものらしい。

 

「――失礼。許可なく触れるなんて、マナー違反でしたね」

 

 リイトは身を離して謝った。

 

「いえ……あの、ありがとうございました。これで失礼します」

 

『悪女』ならこのくらいの接触はなんとも思わない。マナー違反だとリイトを責めることもできず、かといって自分から誘いをかけることもできずに、やはりフレデリカはもごもごと別れの挨拶を口にした。

 

「ええ、また」

 

 令嬢としてはつたないくらいの挨拶にも、リイトはやさしくほほえんでくれる。

 その厚ぼったい前髪と眼鏡の奥に、青い瞳が煌めいた気がした。



***



 フレデリカが去ったあと、リイトと名乗った青年もまた、宴の続く広間を静かに去った。

 

 奇妙なことに、廊下を歩く彼を誰も止めない。客を案内するのが仕事の執事も、まるで見えないかのように通りすぎてしまう。

 

 勝手に屋敷の正面玄関までくると、リイトは停まっていた馬車に乗り込んだ。

 

「もうよろしいのですか」

 

 手綱を握る従者が声をかける。栗色の癖毛が全方位にふくらんだ特徴的な髪形のこの従者には、リイトが見えているらしい。

 

「ああ」と答えながら、リイトはかけたままの眼鏡の縁をとんとんと指先で叩いた。

 

「この眼鏡、もう一つ取り寄せてくれるか。サイズの小さいものを」

 

 リイトの言葉に従者は怪訝な顔つきになる。 

「〝幻滅眼鏡〟のサイズ違いを、ですか? なんのために?」

「〝幻滅眼鏡〟じゃなくて〝抑制眼鏡〟。決まってるだろ、気になる女の子にプレゼントするんだ」

「……は?」

 

 当たり前のように言ったリイトに、従者はますます眉間のしわを深くした。とはいえ、もっさりと目を覆う前髪のせいで、リイトからは見えないが。

 

「そうだ、それから、ドレスや化粧品、靴やバッグなんかもあったほうがいいな。とにかくひとそろい、頼む」

「先日調べたヴェルチェ家のご令嬢ですか? あの方には婚約者がいらっしゃいます。なにも……」

「そうだったね。彼女には決まった相手がいて、心安らぐ場所があるのかとぼくも思った。でも――」

 

 指先をすりあわせ、リイトは肩をすくめる。

 思い浮かぶのはセルシオの姿だ。穏やかな外見で物腰のやわらかい、人畜無害そうな令息だった。だが晩餐会のあいだじゅう婚約者であるフレデリカのそばにはおらず、妹のほうにあれこれと世話を焼いていた。

 

「ぼくがあの男なら、あんなに訳ありそうな婚約者を放置なんてしないけどね」

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