33.宮廷裁判 前編
部屋の中には、すでにエイベルがいた。
静粛な場に似合わず、晩餐会のような派手なドレスを着て、アクセサリーで飾り立てたエイベルは、フレデリカをちらりと見たきり、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
抑制眼鏡をかけているリーランドには気づいていないようだと、フレデリカは胸を撫でおろす。
婚約破棄の騒ぎのなか、リーランドのもとへ行ってしまったエイベルが、この場にもリーランドがいるとわかればどんな行動をとるか知れたものではない。
やがて裁判官が入ってきた。宮廷裁判所の裁判官は、国王から直々に任命を受けた侯爵以上の貴族であるという。
「ヴェルチェ子爵家、爵位相続についての裁判を開廷する」
一段高くなったところに設置されたテーブルの席に腰かけ、鋭い視線で室内を見まわした裁判官は、重々しく告げた。
「関係者はそろっているか? フレデリカ・ヴェルチェ」
「はい」
「――えっ!?」
返事をした途端に大きな声があがって、フレデリカも「え?」と顔をあげた。
エイベルがぽかんと口を開けてこちらを指さしている。
今の大声もエイベルのものらしい。
「お姉様なの!? なによその格好は!!」
「……見た目はどうでもいいでしょう? 私はフレデリカ・ヴェルチェです」
後半は裁判官に向かって、フレデリカは言った。
どうやらエイベルは、フレデリカだとわかって無視したのではなく、化粧もドレスも変わり、美しい令嬢の装いとなった彼女がフレデリカだと気づいていなかったらしい。
「嘘……信じられない、あのお姉様が……ああ、わかったわ、悪女だと言われたくなくてそんな格好をしているのね? でもお姉様の悪評はきっと裁判官様にも――」
「私語は慎みたまえ」
にんまりと笑うエイベルは裁判官の冷たい声によって遮られた。
「許可のない発言は許さん。君はエイベル・ヴェルチェだな、間違いないか?」
「ッ、は、はい……」
エイベルは驚いた顔で頷き、それから高い位置に座る裁判官をじっと見つめた。けれども裁判官は感情のない目でエイベルを見下ろすだけ。
これまでフレデリカは悪女だと言えば、貴族の男たちはエイベルを信じてきたというのに。
(お姉様がまともな格好をしていたのはこのためなのね)
裁判官に媚びる笑顔を向けつつ、エイベルは心のなかで歯噛みした。
ただ、エイベルの想像は間違っている。
裁判官の冷静な態度の理由は、フレデリカが見た目を変えたからではなかった。
「あらかじめ魔力について説明し、裁判官に魔力対策をさせるようにと、レイトから伝えさせたんです。裁判官は魔力反射の護符を持っているはずです」
リーランドが声をひそめて告げた。
それに応えて小さく頷きながら、フレデリカは(やっぱり)と心のなかで呟いた。
リーランドが対策を講じるように言ったのは、裁判官がフレデリカやリーランドに魅了され、必要以上に肩入れしてくるのを避けるための正義感――だけではない。
(エイベルも、強い魔力を持っているのね……)
リーランドのいないあいだ、フレデリカはレイトやノイラ、セレネたちから、魔力の制御を学んだ。あふれでる魔力を完全に抑えることはできなくとも、魔力を制御し魔法に変換することができれば少々はましになるだろうと彼らは言っていた。
今のフレデリカには、うっすらとだがエイベルの魔力も見えるようになっている。
ずっと不思議だった。フレデリカが声をかければ、貴族令息たちがすぐに誘いにのること。同時に、フレデリカが悪女だとエイベルが言えば、今度は皆がそれを信じたこと。
フレデリカに人を惑わすほどの魅了が備わっていると聞いた時から、エイベルもそうではないかと思っていた。
しかしこの裁判では、互いの魅了は裁判官に影響を与えない。
「フレデリカ嬢の訴えは、後見人サラ夫人と義妹エイベル嬢は、ヴェルチェ家となんの血縁関係も持たないにもかかわらず、確たる理由もなく実子であるフレデリカ嬢を退け、ヴェルチェ家を乗っ取ろうとしている……と、聞いている」
「はい。さようでございます」
「これについてエイベル嬢から言うことはあるか?」
「ございます。お母様やあたしは、お姉様の言動が当主にふさわしくないと考え、ヴェルチェ家のためを思えばこそお姉様が子爵位を継ぐべきではないと判断したのです。証人もおりますわ」
「よかろう。では証人を呼べ」
裁判官の合図で、控えていた役人が扉の外へ出た。すぐに戻ってきた彼の背後には、見覚えのある男たちがずらりと並ぶ。
(ロ、ロングス伯爵……!? それに、ほかの人たちも……!)
フレデリカは心のなかでぎょっと声をあげた。
エイベル側の証人だと言って呼ばれたのは、これまでフレデリカが誘いをかけ、エイベルが遊んできた貴族や令息たちだ。
サラの言葉を一度ははねつけたエイベルだったが、思い直し、味方をしてくれるように頼んだのだった。
悪女な義姉に虐げられている健気な令嬢とエイベルを信じる彼らは、見て見ぬふりをすれば貴族の名折れと立ちあがった――というのは建前で、魔力によって魅了された彼らは、あわよくばもう一度のデートを求めてやってきた。
だが、ここでもエイベルの誤算があった。
社交界では、フレデリカとエイベルが同じ場にいれば、注目はフレデリカに集まった。
エイベルはそのことを忘れていたのである。
「証人として申しあげます、エイベル嬢の言うとおり、フレデリカ嬢は悪女で――いや待て、そこにいらっしゃる可憐な美女はフレデリカ嬢……?」
「エイベル嬢はフレデリカ嬢から嫌がらせを受け――たと言っていただけで、実際には見ておりませんね……」
「ええ、我々はエイベル嬢から話を聞いただけです。フレデリカ嬢は気に食わないことがあると彼女をぶつと……その場を見たわけではありませんし、我々はエイベル嬢に贈り物をしました」
「この場にいるこれだけの男がエイベル嬢とデートをしています。人によっては何度も」
フレデリカの姿を見た男たちは、我に返ったというように顔を見合わせた。
「「「我々は、エイベル嬢に遊ばれていたのでは???」」」
「貴殿らは、どちらの証人として出廷しているのだ?」
裁判官は呆れた顔でため息をついた。
あらかじめ魔力や魅了についての説明を受けていなかったら、全員を法廷冒涜の罪で起訴したいところだ。
「まったく……要するに、フレデリカ嬢が誘いをかけていたのは事実だが、その利を受けとっていたのはエイベル嬢だということだな」
「な……っ!!」
思わぬ方向に話が着地し、エイベルは唇を噛んだ。
せっかく集めた味方をフレデリカに奪いとられてしまったようなものだ。
「誘いをかけただけのフレデリカ嬢が当主の座を退けられるほどの悪徳を犯したというのなら、それは君にも当てはまるのではないかね」
裁判官の言葉にエイベルはうつむいた。
(どうして、あたしの言うとおりに話が進まないの!? 今までなら、こんなことは……)
しかし、まだ手はある。
不品行を理由に義姉を陥れることはできなかったが、いくらフレデリカが正統性を主張したところで、大貴族の権力の前には無意味になる。
「次の証人を呼んでください!」
エイベルは叫ぶように言った。
そして、次に部屋に入ってきたのは――。
「ホレスベル王国、アッシュベリ公爵家の、ヘルミーネ様です!」




