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29.主人の恋路を邪魔する者は【レイト視点】

 レイト・ハランドは幼い頃から耳がよく、周囲の気配に敏感だった。

 それが、生まれつきのものなのか、ノイラとセレネというクセのある姉と妹に挟まれ、しょっちゅうちょっかいをかけられていた環境からくるものなのかはわからない。

 

 代々アッシュベリ公爵家に仕えるハランド家は、平民の身分ではあるが歴史は公爵家と同じくらい古い。

 その自負があるからこそ、アッシュベリ家のうちで最も細やかな気配りと堅牢な護衛を必要とするリーランドの使用人に配されたとき、レイトは彼に忠誠を誓った。

 

 まだ幼いながらにリーランドは思慮深く、驚異ともいえる自らの魅力と魔力の双方に自覚的だった。

 

『おべっかは要らない。ぼくの力に惑わされず、正当な意見のできる者。求めるのはそうした者たちだ』

 

 その言葉を受け、心を奪われそうな主人に傾倒しすぎることのないよう、レイトは自分を戒めた。

 リーランドにふさわしい従者でありたい、その一心でレイトは己の能力を磨いた。

 

 ――しかしほどなくして、レイトは挫折を味わうことになる。

 

 リーランドが戦っているのは、レイトの力では及ばない相手だった。

 

『まあ、あれが〝放蕩令息〟?』

『本当にため息が出るほど麗しい方だわ、多少のワガママは許されるでしょうよ』

『いいよな、努力もしないですべてを手に入れた人間は』

『今のうちに取り入っておきましょう、陛下のお気に入りだと言うじゃない』

 

 晩餐会の広間へ、従者であるレイトはついていくことができない。同行したところで、聞こえよがしに陰口をたたく貴族たちを糾弾できるわけでもない。

 

(なにも知らないくせに、好き勝手なことを)

 

 広間の豪華な壁を通してでも、レイトの聡い耳は、リーランドに投げつけられる噂話を次々と拾ってしまう。

 

 噂話にレイトがうんざりした頃、リーランドも同じ気持ちになったようだった。

 

『ホレスベルを出ようと思う。様々な国を見て、見識を深めたい』

 

 妙に分厚い眼鏡を手に、リーランドは言った。

 

『どう、これ。ぼくの開発した〝抑制眼鏡〟。これをこう……』

 

 前髪をぺしゃりと手で目元にかぶせ、さらに押し潰すように眼鏡をかけると、やわらかな金髪は地味な色合いに変化した。

 目元を隠し、もっさりとした髪で覆うその雰囲気がどこか自分に似ている気がして閉口したレイトに、リーランドはいたずらっぽく笑って言ったのだ。

 

『――ぼくが兄弟になってあげるって言っただろ』

 

 旅をするのに君はうってつけの従者だとリーランドは褒めてくれたけれども、結局のところ行く先々で立てられる噂から主人を守るだけの力はレイトにはなかった。

 リーランドに惹かれて人は集まり、擦りより、それを疎ましく思う者たちからはやっかみの視線を向けられ、ただ平穏を願うだけの主人は次の居場所を求めるしかなく――。

 

 

 宿屋〝シュナーゼ〟へ戻る道すがら、レイトの脳裏をよぎったのはそんな昔の思い出だった。

 

 胸を張ってリーランドの従者だとは、とてもじゃないが言えなかった。

 だから、自分の力がフレデリカのために役立つならとても嬉しい。ノイラやセレネが大はしゃぎしているのも似たような理由からだろう。

 

 食料品店などで賑わう表通りを抜け、〝シュナーゼ〟の門から少しわき道に逸れた場所は、住宅街になっている。

 王都で働く人々が出払う日中、路地は急に人の気配をなくす。閑静な宿屋には似合いだが、よからぬ者がうろついていても声をあげる住民もいない。

 

 その路地へ、レイトは入っていった。

 大量の荷物やガラクタの詰まれた狭い道を迷うことなく抜け、ひそひそと交わされる悪だくみの声のもとへ行きつく。

 

「さっき出ていったのは違うのか?」

「たしかに黒髪だったが、目的のお嬢様は自分の美しさを鼻にかけた悪女だって言うじゃねえか」

「ああ。昨日の馬車に乗ってたのは、目の覚めるような美人だった。さっきのは違うだろ」

「今日はなんだか野暮ったい男二人にやたらでかい犬を連れて、違ってたら面倒くせえ」

「やっぱり馬車を襲ったほうが早いんじゃねえか」

 

 声をひそめているつもりでも、レイトの耳にはよく聞こえる。

 彼らの気配はこの数日間、ずっと宿の周囲につきまとっていた。

 

 リーランドとフレデリカのどちらを狙っているのかや、全体の人数もわからなかったので泳がせていたが……今の会話で、狙いはフレデリカだとわかった。

 

 精霊であるバゼルがいれば、フレデリカは安全だ。だからリーランドはレイトへ、気配の正体をさぐりにいくように指示を出したのだった。

 

(声や呼吸から推測できる人数は――ざっと十人か)

 

 戦闘訓練も受けていない町のごろつき十人くらい、レイトにとっては物の数ではない。

 

(フレデリカ様はリーランド様の伴侶になられるお方。そんな方に手を出そうとする奴は……)

 

 厚い前髪の向こうで鋭い光を瞳に宿し、レイトは足音もなくごろつきどもに近づく。

 

 男たちが身構えたときには、レイトはすでに彼らの中心に踊り込んでいた。

 

「なんだ――」

「こいつ、さっきの――」

 

 突如現れたレイトが、先ほど宿から出ていったうちの一人だと気づいたところで、戦闘における意味はない。むしろ無駄な言葉を発しているうちに声をあげた口に肘が埋まり、男は白目を剥いた。

 向かってくる男の顎を蹴りあげ、勢いのまま次の男に踵をめり込ませる。

 

「――一匹たりとも逃がすかよ」

 

 くるりと向けられた背にそんな悪態をつきながら。

 どうやら自分でも無意識のうちに鬱憤をため込んでいたようだ、とレイトは思った。

 

 *

 

 たまった鬱憤をごろつきの男たちに叩きつけたレイトは、人目のないうちに彼らを引きずって宿へ戻り、バスケットを片手にふたたび出発した。

 尋問はノイラとセレネの担当だ。レイトは口がうまいほうではないし、あの姉と妹に挟まれて耐えられる男はいない。

 

 何食わぬ顔で合流した先は、宿からほど近い、王都郊外にある王立公園だ。

 バゼルが参加したことで、今日の行き先はそこへ決まったのだが――。

 

 そこでもまた、事件が起きていたらしかった。

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