22.リーランドVSバゼル
突然現れた黒犬バゼルを、リーランドは渋面を作って眺めた。
しかしバゼルは気にした様子もなく、ツンと鼻をそむけている。
そんな一人と一匹に挟まれて、フレデリカは困っていた。
フレデリカが名前をつけたあと、バゼルはノイラとセレネの手によって洗われ、乾かされ、ブラッシングされて、首輪のかわりに青いリボンを巻かれて、ようやくリーランドへお目見えとなった。
部屋へ入ってきた黒犬に、リーランドは「バゼル」と呼びかけたものの、バゼルはこれを無視。
べつにノイラやセレネにも態度は悪くなかった。フレデリカが「バゼル」と呼べば、「オンッ」と応えを返す。
なのにリーランドにはやけに突っかかる。
「まあ、わかっているんでしょうね……フレデリカさんの周りに、自分以外のオスがいるって」
「オ、オス……ですか?」
たしかにリーランドは男性だが、言い方がどうかと思う。それではまるで、リーランドとバゼルがフレデリカをめぐって争っているような。
たしかにバゼルはフレデリカを追いかけてきたようだけれど、まだ出会って一時間ほどだし、リーランドだってフレデリカをめぐって争う理由はないはず。
そう考えていたら、なぜかリーランドとバゼル双方からなんとも言えない視線を向けられている気がする。
「うん、フレデリカさんにはまだ言えないこともあるんですが……」
リーランドが咳払いをした。
「?」
「いま言えるのは、こいつ……バゼルは、おそらく精霊の一種だってことです」
「精霊……?」
思いがけない言葉に、フレデリカはオウム返しに呟いた。
「ええ」
撫でようとするリーランドの手をかわし、バゼルはフレデリカに体をすりつける。
反射的に撫でてやりながら、フレデリカはやっぱり信じられない気持ちだった。
洗われて意外とふんわりした毛は長く、フレデリカの黒髪のように艶めいている。いつまでもさわっていたくなる毛並みのよさだ。その下には鼓動を感じる体温と筋肉があって、〝精霊〟という神秘的なイメージには遠い。
「あのぬいぐるみ屋の店主。ぼくらが話しかける前からぼくらのことを認識していたでしょう。〝抑制眼鏡〟をかけていたのに」
「そういえば……」
そうだった。
あのときは、抑制眼鏡のことをよく知らなかったから疑問に思わなかったけれど、そのあとのカフェでは店員はメガネを外すまでフレデリカたちを認識できなかったのだ。
「魔法や魔道具の扱いに長けている方なのでしょう。というより、あのぬいぐるみが精霊を呼ぶ魔道具のようなものかな」
だから黒い犬はフレデリカを見つけた。そしてあとを追いかけてきた。
「こいつはあなたを主人と認めた番犬です。出かけるときは連れていくといい」
「わかり、ました……?」
フレデリカには強い魔力があり、訓練すれば魔法が使えて、今度は精霊まで現れたという。
そんなことはいっさい知らないまま暮らしていたのに、衝撃の新事実ばかりだ。
まだ呑み込みきれないフレデリカの前で、リーランドは腕を組んでバゼルを見下ろした。
「ぬいぐるみを店主のところへ持っていき、代金を払ったのはぼくだ。ぼくが介入しなければ、君はフレデリカと出会えなかった可能性もあるんだぞ」
「ウォン……」
「だからぼくに感謝して、ぼくの言うことも聞け」
「フンンッ」
(会話が成り立っているわ……)
諭されたバゼルは一瞬「そうかな……」という顔つきになったものの、言うことを聞けと言われて鼻先をそっぽ向かせた。
これだけ意思疎通ができているのならやはり精霊なのだろう。
「……あらためて、よろしくね、バゼル」
「ウォンッ!」
頭のてっぺんをくすぐるように撫でると、バゼルは元気な鳴き声を返した。
……あいかわらず、リーランドには「フンッ」だったが。
部屋の隅の壁際で、レイトが肩をすくめていた。




