20.紋章院にて
「え、レイトさん、ノイラとセレネのきょうだいなんですか!」
「はい。ノイラは姉、セレネは妹です」
驚きの表情を浮かべるフレデリカに、レイトは表情を変えることなく頷いた。ただ、前髪で目元の見えないレイトは、普段からそれほど表情が変わって見えないのだが。
レイトはもっさりとした前髪を手で押しあげてみせた。出てきたのはたしかに姉妹と同じ緑色の目。目元や鼻すじも似ている。
「知りませんでした。むしろリーランド様と兄弟っぽいというか……リーランド様が寄せていっているよう
な」
「そうですね。あれは俺がモデルです」
「やっぱり」
ネリガン公爵邸でレイトに会ってから一週間ほど、ずっと気になっていた疑問がようやく解消した、とフレデリカは手を打った。
周囲には人がいるが、誰もフレデリカとレイトの会話を気にした様子はない。
フレデリカが抑制眼鏡をかけているからだろう。
ここは王宮に併設された紋章院という施設だ。
紋章は貴族にとって、身分証明でもある。紋章院では、どの家の誰がどの紋章を使っているか、どの紋章を使うことを許されているかの確認や、紋章の照合ができるようになっている。
これは同時にどの家に誰が所属しているかという貴族名鑑の役割も果たしていた。
フレデリカは、自分にヴェルチェ家の当主を継ぐ資格があること、サラやエイベルにはヴェルチェ家と血のつながりのないことを確認しにきたのだった。
レイトは御者兼護衛としてリーランドがつけてくれた。ノイラやセレネは唇を尖らせていたが、リーランドの采配にそれ以上の異議を唱えることはなかった。
「上下で挟まれていつも言い負かされて、俺にも男兄弟がほしかったと愚痴を言ったんですよ。そしたらリーランド様が」
――じゃあぼくが兄弟になってあげるよ。
そう言って、あのスタイルになったらしい。
「でも結局、言い負かされるのは変わりませんね。リーランド様もノイラとセレネには負けますから。命令には従いますけど」
「そうなんですね」
くすくすと笑い、フレデリカは今朝のリーランドを思い浮かべた。
フレデリカが泣いたことなど忘れてしまったかのようにリーランドは接し、紋章院に行くならレイトに送らせましょうと言った。
リーランドなりに気を使ったのか、もしかするとリーランドも、自分の言ったことが少し恥ずかしくなったのかもしれない。
(リーランド様の言葉は、私の心を温かくしてくれた)
長年の思い込みや恐怖を捨て、子爵家を取り戻さなければと思えたのは、彼のおかげだ。
だからこうして紋章院にもきた。
(今はご厄介の身だもの、早く解決しなくちゃ)
そして、少しでも恩返しができるといいのだが――。
そんなフレデリカの内心を見抜いたレイトがなんとも言えない顔になっていたが、フレデリカは気づかない。
そうこうしているうちに頼んでいた書類ができたようだった。
「フレデリカ・ヴェルチェ様……フレデリカ・ヴェルチェ様?」
書記官の女性がフレデリカを呼び、それから怪訝な顔になってもう一度名を呼んだ。
「はい」
フレデリカが眼鏡を外して立ちあがる。
その瞬間、書記官は目を剥いた。
「フレデリカ・ヴェルチェ様……???」
「はい」
ぽかんと口を開けている書記官に、フレデリカはほほえみを返した。
彼女のことは見覚えがある。晩餐会でフレデリカに眉をひそめていた令嬢だ。近頃は職を持つ令嬢も多いというから、日中は紋章院で働いているのだろう。
最初に彼女が怪訝な顔をしたのは、〝魔性の悪女〟がこんなところになんの用だと思ったからだ。そしていま驚愕の表情になっているのは、呼びかけに応えたフレデリカが彼女の知る〝魔性の悪女〟とはまったく異なっていたから。
ノイラとセレネによる本日のコーディネートは、フレデリカの黒髪を一つにまとめて花の髪飾りをつけ、ドレスはブルーのシンプルな、しかし随所に小ぶりなフリルを配し、甘さも出したもの。
コンセプトは〝シゴデキかわい美人全部盛り!〟だそうだ。
「ありがとうございます。確認してもよろしいでしょうか」
「あっ、はい……! どうぞ、ご確認ください」
すっかり見惚れていた令嬢は、慌てて書類を渡した。
フレデリカは記載事項に漏れや誤りのないことを確認してから、もう一度「ありがとうございます」と言った。
「こちらで問題ありません。では、失礼します」
お辞儀をして出入り口へ向かうフレデリカにレイトが従う。
令嬢は放心したままフレデリカを見送った。




