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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第52話 球団の決定

 月が替わり九月。世界大会の開幕まで半月となった。

 連盟から代表選手の発表がなされたのだが、二次予選から補欠選手に変更はあったものの、主軸選手には変更は無し。

 代表に選出されている荒木と栗山の二人は、最終調整のために裾野の合宿所へと向かった。


 関根監督が倒れてしまった見付球団だが、昨年まで台北球団で監督をやっていた野村が臨時で監督を引き受けてくれた。

 その見付球団から、裾野の合宿所に荒木をたずねてとある人物がやって来た。


「色々と代表戦に向けて忙しい時に申し訳なかったね」


 やって来たのは見付球団営業部の右近課長。正面の応接椅子に腰かけるように荒木に促した。


「どうされたんです? わざわざこんなところまで。ここまで来たって事は何か緊急の話なんですよね」


 その時点では荒木には、そこまで緊急の要件に心当たりが無く、もしかして若松の監督の件だろうかくらいに思っていた。


「まあ、緊急の話ではあるんですが、その……」


 歯切れ悪くごにょごにょと言う右近。用件を言い出さずに茶に口を付けた時点で、もしかしたらかなり大きな話かもしれないと荒木は感じた。


「荒木選手はきっと、この世界大会で一躍時の人になるでしょう。それこそ、私なんかがこうして対等に話すのも憚られるような」


 右近が何を言い出したのか、正直、荒木にはよくわからなかった。それが顔に出てしまっており、眉を下げて首を傾げている。


「これまで、荒木選手は本当にうちの球団のために尽力してくれました。たまに入団当時の事を思い出すのですがね、あの時、入団交渉はしたものの、営業部は誰一人として、あなたがうちの門を叩いてくれるなんて思っていなかったんですよ」


 急に何年も前の話をされ、荒木の中にそこはかとない不安な感情が込み上げてきた。右近は視線を落とし、両手で湯飲みを包んで、なんとも話しづらそうにしている。


「女子竜杖球の選手を集めるために、荒木選手と大学をまわったのが昨日の事のようです。本当にあの呑み会は楽しかったですよね」


 顔を上げた右近ははにかみ、少し遠い目をした。


「あの、どうかされたんですか? 急にそんな思い出話なんて」


 荒木の指摘に右近は緊張を高め、大きく息を吸い、細く吐き出した。話し始めようとして、さらにもう一度深呼吸をした。


「先日の経営会議の決定をお知らせします。見付球団は……非常に残念な事に荒木選手を手放す決断をいたしました」


 報告を終えた右近は一仕事終えたような、どこか肩の荷が下りたような少し穏やかな表情に変わった。


「……つまり、戦力外通告という事ですか?」


 決して出来の良くない荒木の頭でやっと整理した結果がそれであった。右近は頭を垂れ、小さく息を吐き出し、再度頭を上げて荒木の顔を見た。


「その言葉はちょっと違いますね。有体に言ってしまうと、荒木選手を留め置く事ができなくなってしまったんです!」


 右近は一際力強く言って、両拳を握りしめ、悔しさを全身にたぎらせた。


「あの、俺、あの球団の雰囲気が気に入ってるんですけど。もし給料が問題なら、そこまで上げていただかなくても。だからそんな突き放すような冷たい事――」


 荒木が喋っている間、右近は顔を横に振り続けた。


「違いますよ、荒木選手。私たちが実業団なら、私も喜んで今の発言を持ち帰って上に伝えました。でもね、私たちは職業球団なんです。荒木選手は職人選手なんです。情じゃない。お金が全てなんですよ!」


 二人の間にしばしの静寂が訪れた。

 右近は荒木の顔が見れず、ずっと俯いたまま。荒木はどうしても状況が受け入れられず、あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろしている。お互い何を言えばいいのか次の言葉を探している、そんな感じであった。


 最初に口を開いたのは荒木の方であった。


「あの、もう移籍先とかの目途は付いているんですか? それとも、それは俺が自分で探さないといけないんでしょうか?」


 その発言で、荒木が球団をクビになったと理解してしまったと感じた右近は、慌てて首を左右に振った。


「勘違いしないでくださいね。荒木選手は今年一杯はうちとの契約があるんです。本来であればここで来年以降の契約更新の話をしないといけないのです。ですが、うちの球団の財力では、それがもう困難だという判断が下されたという話なんですよ」


 右近としては、荒木の理解力に合わせてここまで極力難しい話をしないようにと心掛けていた。それで勘違いをされてしまったので、少しだけ難しい話をした。だが、残念ながら荒木の頭が理解を拒んでしまっているらしい。


 荒木が苦笑いして首を傾げる。右近もそんな荒木に苦笑いするしかなかった。その一方で、そう言えばこんな愛らしい人だったという事を思い出していた。


「ようは、うちでは雇用できませんけど、今以上のお金が払える球団を私たちの方で見つけてきますから、荒木選手はそれを楽しみに、世界大会で暴れてきてくださいって事です」


 それでやっと荒木は安心したのか、二度頷いた。


「で、俺はどの辺りの球団に行く事になりそうなんですか?」


 何となく荒木もその答えはわかっていた。だがあえて聞いた。


「これからこの話を外に漏らしますので、それを聞いてどこが打診してくるかという所です。ですので現状では何とも言えません。けど、相当お金のある球団という事になるのでしょうね」


 あえて名言はしなかったが、恐らくは右近の想像も荒木と同じであっただろう。東国幕府球団か、北国北府球団か。


 荒木は細く息を吐きながら、応接椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「ねえ、右近さん。俺の方から希望って出せるんですか?」


 右近の回答は「出しても構わないが、考慮しかできない」というもの。荒木は一度大きく頷いて、胸の前で手を組んだ。


「俺、見付球団が大好きなんですよ。だから、同じ東国の球団は嫌です」

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