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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第51話 関根が倒れた

 土井夫妻は、美香と裕史を快く受け入れてくれた。土井の夫が「我々は美香ちゃんの親代わりになると決めている」と言ってくれて、それに土井さんが同調。育児鞄からじっとこちらを見ている裕史の頭を撫で「孫もできた」と微笑んだ。


 少し後ろ髪引かれる思いはあるものの、美香と裕史を土井夫妻に託し、荒木は一人見付へと帰った。



 八月が終わろうとしている。

 まだ太陽が容赦なく照りつけ、蝉がけたたましく騒いでいるが、徐々に夕方の落雷が多くなり、秋はもうそこだという雰囲気を醸している。


 世界大会の予選の最終戦はアナング戦であった。残念ながら主力は温存で、荒木の出番は無し。先発で出場した鹿島が大暴れして、早々と試合を決めてしまった。

 六勝一敗一分。

 毎回、二次予選に残れるかどうかと言っていた瑞穂代表は、なんと堂々の成績で二位突破したのだった。


 一方、国内に目を向けると、見付球団は東国の首位をひた走っている。二位の幕府球団とは少し差ができてしまっており、東国は二月を残して見付の連覇で決まりだろうという雰囲気となっている。


 女子の竜水球は瑞穂戦に突入している。二戦して浜松球団が二勝で首位。相変わらず、先鋒の貝塚の得点力と、中盤の武上の支配力が素晴らしく、他の球団とは頭一つ抜けているという印象を受ける。

 最近では見付球団よりも観客が入っているらしい。



 好事魔多し。まさにその言葉が的確だった。

 八月の最終戦、幕府球団を本拠地の三ヶ野台総合運動場に迎えての一戦。その練習中に、監督の関根が突然倒れてしまったのだった。


 最初に異変に気付いたのは、たまたま関根を前方に見て竜を走らせていた荒井であった。

 いつものように関根は「もっと速く!」「判断が遅い!」と熱心に指導していた。だが、普段立っている関根が椅子に腰かけている。それだけでも荒井は変だなと感じていた。その関根が急にパタリと横に倒れてしまったのだった。


「誰か! 救急車を呼んでくれ! 関根監督が倒れた!」


 その荒井の声で、離れた補欠席にいた指導者の丸山が驚いて駆けつけて来た。晩夏の暑さで倒れてしまったのだと丸山は思ったようで、関根の服を仰いで風を送り込む。だがそうでない事にすぐに気が付いた。熱中症にしては体の火照りのようなものが少ない。


 その日のうちに関根が倒れた理由は判明した。脳梗塞であった。残念ながらこれ以上監督を続ける事は困難と、その日の夕刻に関根の妻から球団に連絡が入ったらしい。



 翌日、朝から球団事務所に急遽若松が呼び出された。その話を荒木は昼食を食べに行った若松宅で知った。


 北国から帰って以降、荒木は朝食以外若松家で食事を食べる事になっている。薩摩合宿から帰った翌日の昼、若松、杉浦、荒木、栗山で昼食を食べる事になり、そこで荒木がポロっと漏らしてしまった。


「美香ちゃんが北国にいる間、あれ食べろ、これ食べろって言われないから、気が楽で良いですね」


 その一言に若松、杉浦、栗山が一斉に荒木を叱咤。その一件が広岡先生の耳にも入ってしまった。正座させられ、延々説教を食らい、挙句の果てには昼夜はうちで食えと命じられてしまった。後生だから朝食だけは勘弁してやると、かつての関根のような事を言われて。

 当然のように毎食魚か肉が食卓に上る。少しでも嫌がると広岡は「双葉だって好き嫌い無く食べている」と言うのだった。


 そんなこんなで一緒に昼食を食べていると、いつになく深刻そうな顔をして若松が箸を動かしていた。

 「球団と何かあったの?」とたずねる広岡。どうやら、若松が呼び出された理由を広岡もまだ聞いていないらしい。だが、若松は言わなかった。



 昼食を終えると若松は、「ちょっと二人だけで話がしたい」と言って、荒木を客間に呼び出した。

 湯飲みを手にしお茶を啜ってから、若松が小さく息を吐く。


「実はな、球団から引退を誘われちまったんだよ」


 そう言った若松の顔は怒っているとか憤っているという感じではなく、悩んでいるという感じであった。唇を軽く噛み、目は伏し目がち。


 再度ふうと息を吐き、じっと荒木を見る。何か言う事は無いのかという顔である。


「それって、どういう意図なんでしょう? どう考えたって戦力外って事ではないですよね」


 若松は鼻で笑った。


「戦力外だったら移籍先を探すわ」


 若干気分を害したという顔で若松は言った。「ですよね」と荒木も苦笑い。


「稲沢球団で、鹿島が来るまで不動の先鋒だった星野。あれが今年から監督やってるだろ。監督業初年度だってのに、前任の近藤さん譲りの『熱血指導』で結構良い成績残してるじゃんか」


 中盤の枚数を自在に変更する柔軟な選手起用が大当たりし、現在稲沢球団は二位の幕府球団に僅差の三位に付けている。


「えっ? もしかして、若松さんに星野さんみたいに引退してうちの監督やれって言ってきたんですか?」


 驚きで両眼を見開く荒木に、若松が無言でうなずいた。


「星野が監督になって、観客動員数が徐々に改善してきたんだそうだ。人気だった選手をそのまま監督に昇格させていく事で、その選手の人気をそのまま球団の人気に還元できると営業部の相馬部長が言ってたよ」


 荒木も以前集客会議の時に営業部の右近課長から聞いている。球団だけじゃなく、選手もそれぞれ集客力という数字を持っている。現在は球団の集客力よりも選手個人、特に若松、荒木、栗山の集客力が高く、それを如何に球団の集客力に移行していくかが営業部の悩みどころなんだという話を。


「で、どうするんです? 引退するんですか?」


 単刀直入に聞かれ、若松は少し上体を起こして、天井に視線を移してしまった。

 そんな若松の返答を荒木はじっと待った。


「逆にだ、お前どう思う?」


 まさかそう来るとは思わず、荒木も同じように天井に視線を移した。

 ふんと鼻から息を漏らして若松に視線を戻す。


「後任の監督が誰になるかは知りませんけど、指導者となってその方に監督業を指導してもらって、その後で監督に就任するのが良いんじゃないかって俺は思います」


 「監督になるのは止めないのか」と若松が呟いた。

 それに対し荒木は「適任だと思う」と回答。


「わかった。あとは美登里が何て言うかだな……」

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