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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第43話 命名「裕史」

 アマテ遠征を翌週に控えた日、荒木は若松、広岡に付き添われ、竜王病院にいた。

 いよいよ美香の出産が近づいている。


 実家にも知らせてあり、両親も来てくれている。だが、姉の澪の姿は無い。

 どうやらそれを同じ病院に入院している祖母に父が話したらしい。祖母は腹を立て、今すぐ自分のお見舞いに来るように言えと命じた。


 澪も祖母には弱い。渋々という感じで竜王病院にやってきた。そこで祖母から淡々と説教をされたようで、出産の時刻近くになって、祖母に手を引かれて分娩室へやってきた。


 美香のお産に立ちあうようにと言われ、荒木は二の足を踏んだ。美香が苦しむ姿を見たくないと本音を漏らしてしまった。

 それに広岡が激怒。

 両親の前で、父親としての自覚に欠けるやら、妻を大事に思っていないのかやら、挙句の果てには『甲斐性無し』と罵られてしまった。

 若松も途中で止めようとしたのだが広岡の口は止まらい。しかも、その広岡に母と祖母が同調。さっさと分娩室へ行けとケツを叩かれてしまったのだった。


 分娩室に入ると、汗だくで苦しそうにする美香が髪を振り乱して分娩台に寝かされていた。

 最初は美香から見える場所で遠巻きに見ていようとしていた荒木だったが、看護師さんに「こっちに来て一緒にいきめ」と言われてしまい、美香のすぐ横に陣取る事に。


「はい、ひっひっふぅ。ほら、ぼうっとしてないで、お父さんも真似して!」


 そう看護師さんに叱咤され、思わず美香が笑い出してしまう。すると看護師さんに「お母さんはお産に集中して!」と怒られてしまった。


 看護師さんに合わせて二人で呼吸を合わせる。それに合わせて看護師さんも呼吸を合わせる。

 その状態が思った以上に長く続いてしまった。だんだんと美香も体力的に限界が近くなり、看護師さんたちにも疲労の色が見える。

 荒木が心配そうな顔で美香を見る。


「あ! 開いて来たからもうひと踏ん張りですよ! はい、ひっひっふぅ」


 そこからはすぐであった。

 頭が出てきたと言われ、ぬるりという感じでへその緒に繋がれた赤ちゃんが出てきた。


 看護師さんがお尻をぺんぺんと叩く。すると、赤ちゃんは元気な鳴き声をあげたのだった。


「よく、頑張ったね!」


 そう言って荒木は美香の額に汗でへばりついた前髪をどけた。だが美香は、そんな事はどうでも良いと言わんばかりにぐったりであった。



 その日の晩は、荒木家と若松家で食事処を予約し大宴会であった。初孫の誕生に父は完全に舞い上がってしまっており、酒を呑みまくっている。そんな父をたしなめる母も明らかに興奮気味。澪だけが一人他人事という感じであった。


 翌日、若干酒の残る状況で荒木と広岡の二人で美香の病室へ向かった。すると病室に祖母が来ていた。枕元に赤ちゃんが寝かされ、その小さな小さな手を祖母が撫でている。きっと荒木が生まれた時も祖母はこうしてくれたのだろう。


 美香と祖母が何やら話をしているようで、二人とも何とも朗らかな顔をしている。荒木たちを見ると、美香は嬉しそうな顔で手を振った。


「今ね、お婆様に色々とお話を聞かせてもらっていたのよ」


 そう言ってくすくす笑う美香に、祖母が何やら変な事を暴露したんだという事を察した。


「私もこんなお婆様に可愛がられたかったな。雅史君が羨ましい」


 美香が穏やかな表情で祖母を見る。


「美香さんが曾孫を抱いて私の病室に来てくれたら、毎日でも可愛がりますよ」


 そう言いながらも祖母の視線は曾孫に注がれており、その目的が曾孫に会う事だという事は明らかであった。そんな祖母を見て美香が嬉しそうに微笑む。


「あ、そうだ。昨日さ、実は持ってくるの忘れちゃっててさ。今日はちゃんと持って来たよ」


 そう言って荒木は少し大きめの茶封筒を美香に渡した。それが何かは全員すぐにわかったが、美香は期待に心を弾ませて封筒を開けた。


 『命名 裕史』

 横には『ゆうじ』と読み仮名が書かれている。左下にお寺の朱印が押されている。


「実は全く何も思い浮かばなくてさ。色んな人に聞いたんだよ。それで、最終的にお寺さんに考えてもらえって古武術の先生に言われてね。いくつか案出して貰って、これが良いかなって」


 少しバツの悪そうな顔で言う荒木に美香は目を細め嬉しそうな顔を向けた。

 そんな荒木に広岡が「私、相談されてないけど」と小声てチクリと指摘。広岡の抗議に聞こえないふりをする荒木を、美香はくすりと笑った。



*****



 数日後のアマテ遠征は行く前から荒木の気合いは乗りまくりであった。

 完全に浮かれてしまっている荒木は、会う人会う人に生まれたばかりの息子の写真を見せびらかし、周囲の失笑を買いまくっている。


「荒木君は士気に左右される選手ですからね。あれだけ気合いが入ってたら、出したらきっと大活躍してくれますよ」


 指導者の一人がそう言って大沢監督に笑いかけると、大沢も苦笑いであった。


 さすがに周囲も面倒になってきており、「わかったわかった」「可愛い可愛い」と非常に雑な扱いとなっている。それでも荒木は一向に意に介さず、美香と裕史の写真を取り出しては、顔をデレデレとさせている。


 こうして代表一行は、運命の一戦に挑む事になったのだった。

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