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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第42話 二人の門出

 夜、父と姉を交えて改めて美香が挨拶をした。


 父は美香を見てだらしなく顔をデレデレさせているだけだが、姉の澪は完全に狼狽している。最初に口から出てきた言葉が「嘘……」の時点で、全く現状を受け入れられないといった感じ。だが現にお腹の大きな女性が目の前にいる。何やら助けでも求めるような顔で何度も母を見て、どうにも落ち着かないといった風。


 その後、全員で近所の食事処を予約して食事をとりに行った。

 一通り食事が済んだところで、美香の両親の話になった。


 荒木が職人選手として活躍をし始めてから、荒木家は幾度にも渡って報道からの嫌がらせを受けている。救急車を止められて、危うく祖母が手遅れになりそうになった事もあった。その原因がどうやら目の前の女性にあるらしい。そう受け取ったようで澪の美香を見る視線が非常に冷たいものになっている。


 一方で父は「これまで何かと大変だったね」と美香を労った。

 母は困惑したような顔をしている。澪の感じた事、父の感じた事、双方を感じているのだろう。


 美香は明らかに澪の態度を気にしている。


「私の家が変な事に巻き込まれてしまったせいで、皆さんにまでご迷惑をおかけしてしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 美香は母とその隣に座る澪に向けて頭を下げた。


 「話を聞く限り、それは報道のせいで、美香さんのせいじゃないじゃないか。だから何も気にする事は無いし、そんな謝る事なんて無いよ」


 父はそう言って優しく声をかけた。母も「お父さんの言う通り」「美香さんが謝るような事じゃない」と同調。

 だが、澪は美香に冷たい視線を浴びせたまま無言。


「で、明日からどうするんだ? 美香さんはうちに住めるのか? 部屋はお前の物を少し整理すれば問題ないだろうから、うちの準備はそこまで問題は無いだろうけど。足りない物は新たに買えば良いしな」


 父はどうやら新たな家族が家に増えるらしいと感じ、かなり心が躍っているらしい。だが荒木は父ではなく、じっと姉に視線を送っている。

 澪は美香の話を聞いてから非常に機嫌が悪く、美香が視線に入らないようにしている。母がそれに気付いており何度も窘めているのだが、全く態度を改めようとしない。その態度で荒木の決心は固まった。


「俺は家を出るよ。今までも若松さん夫妻が美香ちゃんの事を親代わりになって面倒見てくれていたんだ。だから、今後もそれに甘えようと思う。結婚式はしない。披露宴もしない。母体に障るといけないからね」


 そう言って荒木は澪から視線を美香に移した。柳眉をハの字にして申し訳なさそうにする美香の肩に荒木は手を置いた。


 母が狼狽し、父をちらちらと見る。父はがっかりしながらも、澪を見て、やむを得ないという顔をしている。


 家に帰った荒木は、当面の荷物を持って、美香と共に若松家へ行ってしまったのだった。



*****



 半月後、荒木と美香は若松家から歩いてすぐの集合住宅に居を構えた。居は構えたものの、その多くの時間は若松家で過ごしている。

 遠征などで留守がちな荒木としては、自分がいない間、美香を一人にするわけにはいかないし、そこを広岡に見てもらえるのは大助かり。広岡としても、とかく家を開けがちな夫がいないところに美香が来て、話し相手になってくれるのは嬉しかった。

 好きな物しか食べようとしない荒木が、広岡の前では渋々食べる姿を何度も目にし、美香も一安心している。



 月は五月に替わり、瑞穂代表はタワンティン戦に勝利。

 見付球団も順調に勝ち星を積み重ねていき、幕府、稲沢と共に首位を争っている。


 ここまで代表招集と、稲沢と直江津の遠征以外に長期間家を空ける事が無く、初めて美香と長時間を一緒に過ごす事になった。長時間を一緒に過ごすと、これまでのような恋人同士という事から、少しづつ家族というものにお互いの心情が変化する。


 もちろんそうなれば喧嘩もする。特に出産予定日が近くなって、体の自由がどんどん効かなくなり、日々しんどさが募って来る美香からしたら、些細な事でも苛々してしまうのはやむを得ないところだろう。


 若松の助言に従い、常に荒木の方が折れるようにはしているのだが、それすら美香からしたら気に障る事があるらしい。そんな荒木を若松は、産まれるまでの辛抱だと慰めている。他の選手たちも同じような経験をしてきており、若松から話を聞き、とにかく今は我慢だと荒木を慰めている。



 六月に入り、遠征先の幕府の宿に広岡から連絡が入った。

 遊びに来ていた美香が急に苦しみだして、今病院にいるという連絡であった。携帯電話を掲げて、大慌てで若松の部屋に飛び込んだ荒木が、「どうしよう、どうしよう」と言って携帯電話を見せる。


「あのなあ、荒木。初産ってのは少し予定より早まったり、遅くなったりするもんなんだよ。そりゃあ、帰ったら産まれてたなんて話も聞くよ。だけどな、うちのは二人産んでるんだよ。それならそうって言ってくるだろ」


 だから落ち着けと若松は荒木の両肩に手を置いた。深呼吸しろと言われて、ゆっくりと息を吸う。


「ところで、お前、そんな事より子供の名前は考えついたのか? 生まれました、まだ名前は決めてませんだと、美香ちゃんだってさすがに怒るぞ。それ以前にうちのが激怒するぞ」


 すでに美香からは「男の子だから名前を考えておいてね」とかなり前から言われている。父も含め、色々な人に助言を貰うのだが、皆口を揃えて言うのは「最後に考えるのはお前だ」という事であった。


「最終的に古武術の道場の先生の助言で、迷ったらお寺の住職に相談って言われて、お寺に連れてかれて、で、いくつか候補をもらいました。だから、広岡先生が激怒する事態は避けられたはずです」


 その一言で若松はほっと安堵した。 

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