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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第41話 不束者ですが

「あの、不束者ですが、よろしくお願いします」


 目を丸くして驚く母に向かって、美香は頭を下げた。

 母の視線は当然のように、美香の下腹部に釘付けになっている。


「ええと……雅史、悪いんだけど、一から状況を説明してもらえないかな?」


 しばらく硬直した母が絞り出した言葉がそれであった。


 高校時代に北国で出会ったという話から、ここまでの紆余曲折、実は二人で一緒に住もうという話までしていたのだが、ちょっとした行き違いがあって破局しそうになったという話までした。


 母は口をぽかんと開けて、荒木の説明に何の反応もせずに聞いている。


「やっと再会できた時には、子供ができてたんだよ。俺はそのまま連れて来ようとしたんだけど、今はまだ安定してないから駄目って事になって、で、この時期になったんだ」


 母は無言で美香を見て、鶏のように首をこくこくと前後させている。


「予定はいつ頃なの?」


 どこから何を聞いたら良いかわからず、とりあえず聞いてみたという感じの母の質問であった。


「八月頃らしいです」


 そう美香は回答したのだが、恐らく母の耳には入っていないだろう。現状が全く受け入れられない母は、ほぼ思考が停止してしまっているらしい。だんだん目が虚ろになってきてしまっている。


「このままさ、婆ちゃんのお見舞いに行こうと思うんだけど、母さんどう思う?」


 婆ちゃんという単語で、母はやっと正気を取り戻したらしい。


「そうね。婆ちゃんは雅史の事を一番に可愛がってるからね。その雅史が嫁を連れて来たってなったら元気が出るかもね」


 「じゃあ行こうか」と言って美香を気遣う息子を見て、母は何かに納得したように小さく頷いた。



 美香を助手席に乗せ、後部座席に母が乗り込み、車は祖母のいる竜王病院へと向かった。


 母は嫁になる女性に何かしら話しかけないとと思ったらしい。「生まれはどちらなの?」やら、「今は何をされているの?」やら、取り留めの無い質問を美香に投げている。

 それに対し美香も、「北国の室蘭郡の伊達っていう所です」やら「苫小牧で朝市を手伝っていました」やらと透き通るような声で返答。

 ただ、あくまで車内の静寂に耐えられずに間を持たせるために聞いているという感じで、話が全然広がらない。


 何ともぎこちない空気のまま、車は病院へと到着。先に二人に降りてもらい、車を停めてから二人と合流、祖母の病室へと向かった。


 病室に入ると、祖母は本当に退屈そうに、ごろんと横になって電視機を視ていた。


「お義母さん、雅史が来てくれましたよ」


 その母の一言で、それまでの祖母の態度が一変。病室の入口に向かって寝床に正座して、嬉しそうな顔で「よく来てくれたね」と声をかけた。声をかけた後で、その後ろに立っている女性に気が付いたようで、覗き込むような仕草をする。


「婆ちゃん。俺、結婚する事になったんだ。こちら、美香ちゃんって言って、俺のお嫁さん」


 そう言って荒木は美香を自分の横に立たせた。

 美香が「不束者ですが」と言ってお辞儀をする。


「あれま。ずいぶんとまた急な話だね。それにそのお腹。婆ちゃん、色々とびっくりしちゃったよ」


 祖母はまず美香に椅子に腰かけるように促した。


「雅史君から頻繁にお婆様の事は伺っています。小さい頃からとても可愛がってくれたって。私は祖父母との思い出って全然ありませんから、本当に羨ましかったです」


 美香がそう言うと、祖母は美香の手に自分の手を重ねた。


「何を言うの。あなたも私からしたら大切な孫ですよ。これからは私の代わりに、雅君の事をしっかりと頼みますね」


 美香は祖母の言葉に感動し、そのしわがれた手を両手で握って「はい」と答えた。

それに祖母は満足気な顔をして顔をくしゃっとさせて微笑んだ。


 すると突然母がパンと手を叩いた。


「そうだ。美香さんのご両親にご挨拶をしないといけないわね。雅史はもう挨拶に行ったの? それとその辺りの日取りとかどうなってるの?」


 母の発言は決しておかしな事では無かった。むしろ美香が身重という事を考えれば、色々な事をテキパキと片付けておかないといけない。子供が生まれて来たのに、両家が揉めているなどという状況にならないようにと考えるのはごく普通の事だっただろう。


 だが、どうにも美香の様子がおかしい。荒木もそんな美香を気遣っている。その時点で何やら『訳あり』だという事は母も察したらしい。


「あ、もしかして、美香さんてご両親が?」


 少し狼狽えた母を気遣い、美香が精一杯の作り笑顔ではにかんで頷いた。

 そんな美香の背を荒木は優しく撫でて気遣う。


「母さん、その件なんだけどね、父さんと姉ちゃんへの挨拶が終わった後で、おいおい話をするよ。実はちょっと込み入った事になってるんだ」


 急に場の雰囲気が暗くなり、それを祖母は気にしたらしい。美香に握られた手をそのまま下腹へと持って行った。


「そうか、そうか、ひいお婆ちゃんになるのか。これは曾孫をこの手に抱くまでは、絶対に死ねなくなってしまったねえ。死んだ爺さんにも、もう少し一人でやっとれって言っておかないとだねえ」

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