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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第39話 満身創痍

 後半戦、時計はすでに半分を消化。点数は三対四。

 後半に入り、流れを一気に引き戻した瑞穂代表は、前半に取られた点を着実に取り返している。


 一方的な試合かと思ったら、急に白熱した展開となり、観客席は総立ちで盛り上がっている。


 先鋒のクレメンチ選手がギリギリと歯を噛みしめて荒木を睨んでいる。流れを持って行かれたという自覚があり、ブレッド選手も瑞穂の選手たちを睨みつけている。


 だが一方の瑞穂の選手たちは決して勢いに乗っているという表情はしていない。ここまで速度、速度と重視しすぎて、竜も選手も限界が近くなってしまっている。特に、ここまでブレッド選手と攻防を繰り広げてきた川相の竜の疲労が著しい。


 ブレッド選手もその事にはすぐに気が付いたらしい。これまで、他の選手に球を渡しながら攻め込んでいたのを、かなり強引に単騎で攻め込んで行く。

 川相も必死に対抗しようとするのだが、残念ながら技術勝負となると一枚も二枚も相手が上で、全く歯が立たない。


 大きく攻め入ってからクレメンチ選手に球を打ち出した。

 そこまで持ち込まれてしまうと、秋山や島田ではクレメンチ選手を止めるのは極めて難しい。島田が弾かれ、秋山を技術でかわし、竜杖を振り抜いた。


 三対五。


 大沢としては、ここで何かしら手を打たなければならなかっただろう。だが、選手たちを見渡して、どうしていくべきか手立てが思いつかなかった。


 六点目を入れられたところで、やっと大沢は島田と彦野を交代した。

 それでも、失点が止まったというだけで防戦一方という状況は変わらない。

 彦野が大きく球を打ち出したところで審判が笛を吹き、試合は終了してしまった。



 ◇◇◇



 激闘から一夜が明けた翌朝。瑞穂代表に深刻な問題が発生してしまっている事が判明した。


 ここまで瑞穂代表の守備線は秋山と島田の二人ががっちりと守っていた。見事な連携だったといっても過言では無い。

 秋山の均衡のとれた能力と島田の速度、それによって引き付けた敵選手を嘲笑うかのように球を奪い取ってきた。


 朝になって島田から右手が腫れているという申告を受けた。痺れて朝食で匙が持てないと言う。病院で検査をしたところ、中指の骨にヒビが入っていう事が判明。

 さらに、落竜した岡田も肋骨の骨折が判明。

 ここに来て主力二人を欠くという事態になったのだった。


 選手を予備選手と入れ替えるかどうか。大沢は他の指導者たちと半日かけて協議を重ねた。最終的に、このまま補欠席での観戦に止め、選手の入れ替えは行わないという方向でまとまった。



 長い長い飛行機での移動を終え、小田原空港に降り立った一行は、裾野には行かず、そこで解散となった。


 荒木は空港に降りてすぐ、幕府にある競技用品店に連絡。実は、先の試合で『石火』をした際に、竜杖にひびが入ってしまったのだった。


 荒木の愛用の竜杖は、以前アルゴンキンで博物館に納品されてしまっている。その際、連盟は提携している競技用品の会社へ竜杖の特注をお願いしてくれている。


 その時に荒木が付けた注文というのが、実にふざけたものだった。

『柄は丈夫で軽く、頭部は重くて硬い』


 竜杖球の竜杖というのは材質は木と定められている。

 持ち手や頭部と柄の接続部の保護材を巻く事は許可されているが、それも牛のなめし革に限ると細かく注文が付けられている。


 後半の『重くて硬い』、この部分は何も問題が無い。 そもそも、木というものは硬ければ重いものであるから。荒木の竜杖はいすの木を加工している。

 問題は柄の方。

 まず丈夫というのは、硬いという事になると思うのだが、そうなると軽くは作れない。そこで総合的に判断して椿つばきを使っていた。


「私もね、竜杖球って観に行った事はあるんですよ。観て研究する事も仕事の一環ですからね。だけど、何をどうしたらこんな事になるのやら……」


 見事に縦に亀裂の入った竜杖を見て、工場長は頭を抱えてしまった。


「ちょっと『石火』を試したら、こんな事に……」


 相手の振って来た竜杖を弾き飛ばしたらひびが入ってしまい、その竜杖で球を打ったら、亀裂になってしまったと荒木は引きつった笑顔で説明した。


「竜杖って片手で扱いますよね? ここで使ってるのって木刀に使う木ですよ? それを片手で扱ってへし折ったとか、ちょっと信じられませんね」


 そんな事を言われても、実際に折れてしまったのだから、現実を受け入れて欲しい。そう言いたかったが、言えば絶対チクチク言い返されるだけと思い、荒木は黙って愛想笑いを浮かべていた。


「こうなると、少し重くなっても丈夫な素材を使うしかなくなりますね。今から試作してみますから、少し試してみてください」


 そう言って工場長は木材の資料をまとめた冊子を開いてペラペラとめくり始めた。


「竜杖の重さが変わると、慣れるのに時間がかかるので、できれば同じくらいの重さでお願いしたいんですけど」


 工場長が冊子から荒木へ視線を移す。


「こちらはそれでも構わないんですよ。この高級な竜杖を、その都度ご注文いただけた方が当方は儲けになるんですから。それでは困るからこうしてお越しいただいたのではないのですか?」


 老眼鏡の上からギロリと見てきた工場長の威圧に、荒木は苦笑いするしかなかった。


 最終的に柄の部分は椿から枇杷びわに素材を変更する事になった。かなり重量が増したが、この程度ならすぐに慣れそうという感じがする。

 値段はさらに上がり、見積書を見た荒木は思わず無言になった。

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