第37話 再度のマラジョ戦
「ああん? 荒木の結婚相手だあ? それがこの会見と何の関係があるんだよ! おら! 納得の行く説明をしろてみろよ!」
二次予選の後半が始まるという事で連盟から言われて開いた会見であったが、記者から早々とそんな質問が出て、大沢監督が激怒。
獅子の咆哮のような大沢の威圧に抗える記者などほとんどいない。記者たちはだんまりとなってしまったのだった。
「だいたいよう、久野って放送員の恋愛云々は、お前らが勝手に報じた事だろうが。久野っていうのが一度でも公でそういう発言でもしたのか? あん? それとも本人に取材でもして、そういう発言を聞いたのか? どうなんだ!」
他の雑誌や新聞がそう報じているからと、便乗して記事を埋めた新聞ばかり。この大沢の指摘に反論できる者は誰一人いなかった。
「お前らなあ、そうやって妄想ばっかり垂れ流すと、書いた記事の信頼ってもんが失われるって風には考えないのか? そんな風に読者に思われたら、売上に関わるとか考えないのか? 自分で自分の首を絞めてるとは思わないのか?」
会場からはしわぶき一つ聞こえない。相変わらず大沢は腕を組み、足を組み、苛々感を全身から溢れさせている。
「記者なら足で記事書けよ! 夢日記書いて金取ってるんじぇねえよ! それと! てめえらの妄想が外れたからって、その原因をこっちに求めてくんじゃねえ!」
見事な指摘に、記者たちはぐうの音も出なかった。
結局、大沢の激怒した態度に、本来しようとしていた質問すらも、まともにできなくなってしまい、会見は早々と終わってしまったのだった。
その様子を別室で見ていた代表の選手たちは無表情であった。
後半戦の初戦はマラジョ遠征。
マラジョは瑞穂からだと地球の真反対にあたる。恐らくは世界で最も遠い国である。その道のりは非常に長い。まず何時間もかけてペヨーテへ向かう。そこで飛行機を乗り換えて、マラジョへと向かう。テエウェルチェの時もそうであったが、タボアン空港に到着し、飛行機から降りた時点で全員ぐったりであった。
ただ、テエウェルチェの時に、風呂にゆったり浸かって、酒を飲んで寝れば体調は元に戻るという事を学んでいる。皆、大宿に到着して荷物を置いた段階で、我先にと大浴場へ向かった。
マラジョという国は非常に治安が悪い。国民の道徳心が少し希薄だという事が以前から指摘されている。騙される奴が悪い、盗まれる奴が悪い、怪我させられる奴が悪い、警察に捕まりさえしなければ問題無い、そんな暴力的な国民性らしい。
瑞穂からの観光客は、いわゆる観光地という設定の場所以外にはあまり立ち入らない。荒木たち代表選手も、みだりに街へ出歩かないようにと釘を刺されてしまっている。特に夜は危険だから絶対に出歩かないようにと。
そのせいか、首都のトゥピニキンも大宿のある商業区と、国会のある国政区だけが変に栄えていて、それ以外は古びた家がごちゃごちゃと立ち並んでいるという町並みとなっている。
警察組織も、商業区と隣の国政区だけ重点的に見回りをして目を光らせており、それ以外はかなりおざなりという状況。
そんな商業区の一画に、瑞穂語が散りばめられた『瑞穂町』と呼ばれる地区がある。
非常に治安の悪いマラジョにあって、移住した瑞穂人たちは古くからその一画で肩を寄せ合って生きてきた。今となっては、その一画だけが治安が良くて、他国の観光客が安心して観光ができる観光地となっている。
そんな一画があるせいか、競技場にはかなり瑞穂の旗を持った観客が多く入っている。
晩秋となるこの時期のマラジョは瑞穂の梅雨のように雨が多い。さらには年中通して温暖。この日は前日の降雨によって蒸し暑く、観客は非常に薄着で、思わず鼻の下が伸びてしまうような陽気であった。
控室で大沢は、どこか緊張感に欠ける選手たちを一喝した。
「お前ら闘争心が感じられないぞ! 前回引き分けたからって、相手が世界最強だって事には違いは無いんだからな! 本戦出場のためには、もう一度ここで引き分け以上をもぎ取る必要があるんだよ。わかったか!」
大沢の檄に選手たちが背筋をぴっと伸ばす。十分喝が入ったと感じた大沢は、懐から紙を取り出して先発選手の発表を行った。
今回の先発は、守衛が伊東、後衛が秋山、島田、中盤が岡田、高橋、原、先鋒が西崎。
敵の先鋒の打ち出して試合が開始となった。
初戦で引き分け、少し躓いた感のあったマラジョだったが、そこから三連勝で完全に本来の調子を取り戻してしまっている。
一方の瑞穂も同じく三連勝で挑んでいるのだが、マラジョとは反対にその勢いでここまで来れたという印象。
その差がくっきりと出てしまっている。とにかく中盤の三人が全く歯が立たない。
マラジョは今の瑞穂とは真逆で、速度はそこまででは無いのだが、とにかく技術が異常に高い。
かつて瑞穂は、マラジョの選手と契約して、その技術を一端でも吸収しようと躍起になっていた時期がある。だが、ある程度底上げはできたが、そこから先で頭打ちになってしまった。その結果が国際大会の結果にも出ていて、一勝できれば御の字という状況から、それなりに勝ちが拾えるという状況にまで成長はした。だがそこで成績も頭打ちになっている。
前回の国際球技大会の金田、そして世界大会の仰木、大沢という三人の監督によって、瑞穂は新たな可能性を見出している。とはいえ、やっとその片鱗が見えたという程度。世界最強の一角相手だとまるで大人と子供であった。
一点を取られ、反攻に転じてもあっという間に攻撃を封じられ、二点目を取られ、さらに三点目を奪われた。
おまけに前半終了近くで岡田が落竜、急遽川相が出場するという惨状。さらに変わった川相も上手く機能せず、四点目をもぎ取られた。
前半終わって〇対四。
はっきり言ってかなり絶望的な点差となっていた。
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