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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第36話 めでたいだけでは済まない

 薩摩合宿を終え、選手たち全員で盛大な打ち上げを行った、その翌朝の事であった。

 荒木の民宿に一緒に宿泊しているのは杉浦、広沢、小川、栗山、池山。若松たちとは別の民宿だった。その荒木たちの宿に、朝も早くから若松が飛び込んできて、荒木はどこだと大騒ぎ。その声が聞こえた小川が、「今度は何をやらかしたんだ?」と荒木にたずねた。

 「あの部屋です」という栗山の声が廊下から聞こえる。けたたましい音と共にいきなり全開に開け放たれる荒木の部屋の扉。


「お前、美香ちゃんが見つかったんなら何でそう言わなかったんだよ! さっき家から電話があって、朝っぱらから美登里に怒られちまったじゃねえか!」


 「あっ」と声を発し、きょろきょろと目を泳がせる荒木を、若松と小川がじっとりした目で見続ける。


「すみません、色々あって忘れてました」


 「はあ」とため息をつく若松と小川。


「それと! 子供ができたんならできたってあいつには言っておかないと! どうなるかくらい、お前だって想像付くだろうが! 合宿に来てまで朝っぱらから嫁に怒られる俺の身にもなってみろよ!」


 すると、小川が「えええ!」ととんでもない大声を発してしまった。その大声を聞きつけて帰り支度をしていた杉浦と広沢が駆けつけて来る。さらに遅れて栗山と池山もやって来る。球団の職員もやって来て、さらには民宿の方までやってきてしまった。


 小川から荒木の彼女が妊娠した事を告げられ、杉浦たちも「えええ!」と大声をあげた。民宿の方など、「急いでお赤飯を炊かなきゃ」と言い出す始末。池山が飯田に知らせてやろうと言って部屋を飛び出して行ってしまった。

 結果、次から次へと選手がやって来て、大騒動となってしまったのだった。



「あの、で、家からは何て言ってきたんですか?」


 帰る前にもう一回宴会だと騒いでいる周囲を他所に荒木がたずねた。


「よくわからん。わあわあと頭ごなしに怒られて、とにかくお前を引っ張って来いって」


 雰囲気的に絶対に叱られるやつだと感じた荒木は、無言で顔をしかめた。


「逃げるなよ。逃げたら大変な事になるんだからな。……俺の家庭が」


 二人でため息をついたところで、何故か関根監督まで来てしまった。



 民宿の居間は選手と関係者が全員集まって来てしまっている。

 なぜか机の上には簡単なつまみと、朝もまだ早いというに芋焼酎の瓶が並べられ、水割りにするための瓶まで置かれている。


 一番奥の席に関根が座り、その前に荒木が正座させられている。その状態で荒木はここまでの経緯を話す事になったのだった。


「で、その娘の事はどうするんだ?」


 関根にしては奇妙な聞き方であった。いつもの関根であれば、「籍はいつ入れるんだ?」のような聞き方をするはずなのに。


「合宿が終わったら結婚しようって……」


 周囲がどっと沸き、荒木を囃し立てる。それを関根がじろりと睨んでたしなめた。


「じゃあ、あの久野という放送員の事はどうするんだ? 世間ではもうお前の相手はあの女性って事にされているんだぞ」


 その関根の発言で、その場の全員が事態の深刻さに気が付いた。それまでお祝い気分だったのが、一気にシンと静まり返る。


「監督には何度も言ったと思うんですが、あいつとは――」


「だから! 俺は世間の認知の話をしてるんだよ。二股かけて浮気相手を孕ませたって言われるに決まってるだろうが。そうなればお前は『女の敵』みたいに言われる事になるんだよ」


 すると若松が横から口を挟んで来た。


「でも、ここで妊婦を捨てたら、それはそれで女の敵になるんじゃないですか?」


 そんな若松に関根はわかって無いと呟いた。


「世間にはなあ、その娘は認知されていないんだよ。だから荒木は、久野という放送員と付き合いながら、他の女にも手を付け、おまけに孕ませて、それで放送員を捨てなきゃいけなくなった屑男だって事になっちまうんだ」


 確かに『女の敵』だと杉浦が頷く。若松にも指摘の意味がわかり、それ以上の言葉は無かった。


「でもですよ、監督。そんなの極々個人的な事じゃないですか。それこそ荒木が日競なりに言って、元々久野ちゃんとはそういう関係じゃないって書いてもらえば済むんじゃないですか?」


 そう小川が指摘したのだが、関根はため息をつき、若松の顔を見てから荒木の顔を見て、もう一度ため息を付いた。


「報道がそんな大好きな餌をぶら下げられて、はいそうですかと納得すると思うか? それで大騒ぎになってみろ。それで、また代表を降りろみたいな論調になってみろ。あの大沢が黙ってると思うか?」


 大沢監督の名が出ると、若松、荒木、栗山の三人の顔が一気に強張った。


「そう言えばあの人、皆で『カチコミ』に行くとか言ってな……」


 ぼそっと若松が言うと、荒木と栗山の顔が青ざめた。


「まずいな。誰の筋書きか知らんけど、将棋で言ったら詰んでる状況だな」


 関根は頭を抱えてしまった。


 そこで、赤飯が炊きあがったと言って民宿の方が重箱を持って来てくれた。まずはお祝いだから召し上がってくださいと言って、赤飯を各人に配って行く。ごま塩の小瓶があっちにこっちにと渡されて行く。


 荒木と関根の元にも赤飯が配られた。


「そうだな。これはめでたい事なんだものな。祝わないといけないよな。大沢には俺からひと言言っておくよ。自重してくれってな。あれは金田と違って分別のある奴だから、話せばわかってくれるだろう」


 そう言って関根は赤飯を頬張った。

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