第35話 アナング遠征
三月に入り、薩摩合宿では球団同士の練習試合が始まる。その一方で荒木たち代表選手は一旦裾野市へ集められている。
いよいよ次戦で世界大会の二次予選の前半戦が終わる。二次予選の前半最後の対戦相手はアナング連邦共和国。鬼面大陸の国である。
鬼面大陸は南半球にあるため、現在は晩夏。まだ降雪の話題が時折出る瑞穂と異なり、向こうでは猛暑による熱中症が話題となっている。
アナングは太平洋・瓢箪大陸地区の上位六か国の一国になってはいる。だが、その実力はと言えば、恐らくはアルゴンキンと大差が無い。ここまで三戦して一勝二敗で五か国中四位なのだから、今回の瑞穂の勢いからしたら、格下と言えるかもしれない。
首都エオラの郊外、ビジガル空港に降り立った代表一行は、厩舎に竜を繋ぎ、一旦大宿に荷物を置いて、灼熱のアナングの街に観光へ出かけた。
「西崎さんのおかげで、彼女に再会する事ができましたよ。本当にありがとうございました」
一緒に街を散策している西崎に荒木は礼を述べた。
「そっか。やっぱりあの娘、荒木の彼女だったんだ。体調悪そうに見えたけど、大丈夫だったの?」
心配そうな顔でたずねる西崎に、荒木は少し照れた顔をした。
「あ、それは大丈夫でした。というか、病気じゃ無かったんで」
西崎の他に川相も一緒だったのだが、川相は独身だったせいか、その意味がわからなかったらしい。だが西崎はすぐに意味がわかったようで、無言で荒木の顔を見ている。心配した自分が馬鹿だったという顔。その視線に耐えられず、荒木は西崎から顔を背けた。
「で? 予定はいつなの?」
その西崎の一言でやっと川相も妊娠していたんだという事に気が付いた。
「夏頃じゃないかって言ってましたね。式は産まれてからかなって」
そうかそうかと西崎は笑い出した。
「じゃあ、あれだな。産まれてくる子のためにも、二次予選を突破しておきたいところだな」
目の前でそれが実感できる美香はそうでは無いのだろうが、荒木にはどうにもその感覚が薄かった。どこか自分ではない別の誰かの話のような。だが、他の人から『産まれてくる子』と言われて、荒木は改めて自分が人の親になるんだという事を実感した。
「父ちゃんは昔、瑞穂代表でラインに行ったんだぞ! って言えたら格好良いですよね」
荒木が得意気な顔を向けると、西崎と川相が大笑いした。
気合いだけは過去一番乗っていた荒木だったのだが、残念な事にアナング戦は出番は無かった。
先発の西崎が早々と点を決め、かなり有利に試合を運ぶ事ができ、さらに追加点まで決めて前半が終了。後半から入った鹿島も追加点を決め、一方でアナング側は篭の前までは攻め込むものの、秋山、彦野の守備を突破できずに無得点。
こうして前半戦を終え、瑞穂はマラジョと共に三勝一分で同率首位。三位のアマテが二勝二敗なので、瑞穂とマラジョがかなり抜けているという印象を受ける。このまま後半戦も順調に行けば、初の本戦出場も夢では無い。帰りの飛行機で選手たちはそう言い合っていた。
「俺は未だに、遠征のたびに瑞穂に帰ったらまたお前がふっといなくなってしまうんじゃないかって不安になるよ」
隣の席に座った原がそうため息交じりに言った。反対の席に座る新井がゲラゲラ笑い出したのだが、原は笑い事じゃないと真顔で言う。
「あの時だって、このまま行けば初の本戦出場だって言ってたんですよ。だけどふっと荒木がいなくなって。そこからはもう何もかもが噛み合わない感じになって……」
原は、「はあ」とため息までついた。さすがの新井も、原の本気で懸念する姿に心配になって荒木の顔を見た。
「それを主導してた記者が昨年末に逮捕されてますから大丈夫じゃないでしょうか」
どんな奴なんだと新井が聞くので、堀内明紀という男の事を話した。すると新井はどこかで聞いた気がすると言って天井に視線を移した。
ふと何かを思い出したようで、先ほどまで読んでいた新聞を開いてパラパラとめくっていく。
「それってもしかしてこいつの事か?」
新井が見せた新聞の三面、そこにあの堀内の写真が掲載されていた。しかも『堀内容疑者』として。
「あっ! こいつですよ! そうか、あの時業務妨害で拘束されてましたもんね。そうですか容疑者ですか」
そう呟いた荒木に新井は、記事を良く読めと指示。新井がパンと指を差した表題、そこには『幼女誘拐、売春容疑で雑誌記者が逮捕』の文字が躍っている。その文字を見てすぐに、以前美香を殴りつけた写真機の中の媒体の事を思い出した。
記事を読み進んで行くと、驚きの内容が記載されていた。
”堀内容疑者は「自分は元教師だから君たちのような子の気持ちがわかる」と言って家出少女に近づき、身柄を確保すると言って睡眠薬入りの食事を与え、眠っている隙に麻薬を投与。その後、顧客を呼び、朦朧としている少女に性行為をさせた。顧客の多くは会社役員と教師や校長。現在、家出少女の多くは行方不明となっている”
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