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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第30話 苫小牧の朝市

 『活躍して美香に会いに行け』

 その大沢の発破がかなり荒木の闘志に火を付けたらしく、後半からの出場だというに、さらに格上相手だというに、四得点をあげてアマテに勝利。



 その翌日、荒木は見付に帰らず、竜の輸送を栗山にお願いし、その足で北国に飛んだ。室蘭空港に降り立った荒木は素泊まりできる宿を探し、翌朝、西崎の言っていた苫小牧漁港の朝市へと足を運んだ。


 二月の北国は非常に雪深い。風雪で海が時化、漁が中止となる事が多い。朝市も開催されない事が多いし、開催されても干物しか扱わないという店も多い。


 この日は前夜から雪が止んでおり、道の奥に道路から避けた雪がうず高く積もる中、朝市が開かれていた。どの店も一斗缶に薪をくべて暖を取っている。そのせいで、市に足を入れただけで強烈に焚火独特の匂いを感じた。


 その中に非常に食欲をそそる香りが混じっている。その正体はすぐに気が付いた。売り物の魚介で軽食を作っている店があった。さらには拉麺を作っている店も。見るからに辛そうな料理を提供している店もある。気温の関係で客足はまばらだが、その少ないお客をもてなそうと、どの店も張り切っている。


「お兄さん、帆立はどうだい? 安くしとくよ」


「お兄さん、お兄さん、魚卵はどうだい? プチプチして美味しいよ!」


 歩く先々でそんな魅力的な勧誘を受ける。


「お兄さん、ちょっと、このホッケの味を見てよ。油が乗ってるよ!」


「そこのお兄さん、寒くないかい? 味噌汁どうだい?」


 湯気の立ち上る寸胴鍋を見ると、改めて外気の寒さを実感してしまう。確かに早朝で腹は空いている。だが、自分の目的はそんなところには無い。魅惑的な誘惑を跳ねのけて、汐見大通りからかもめ公園へ続く道を奥へ奥へと歩を進める。


”かもめ公園ってところに立食の屋台が立ち並んでるんさ。その一つが焼き唐黍の店なんだよ。これが全然流行って無くてさ。まあ、北国じゃあ唐黍はありふれてるからな”


 西崎の言っていたかもめ公園が見えて来た。

 確かに西崎の言うように、そこまで広いわけじゃない公園に食べ物の屋台がびっしりと並んでいる。中央には少し大きめの焚火、それを取り囲むように机と椅子が用意されている。


 羊肉の焼ける良い香りが漂ってくる。この香りは焼けた鮭だろうか。味噌汁のような香りもする。焼けたイカの香りもする。見ると『函館名物いかめし』と書かれている。

 朝早くに来ており、まずは朝食という人が多いのかもしれない。歩いて来た通りよりは人が多い気がする。


 かもめ公園の入口に立って、一通り店を眺め見る。どの店にもお客さんが立っていて、料理が提供されるのを待っている。

 そんな中にその店はあった。『名物 焼き唐黍』と書かれた店。西崎は全く客足が無かったと言っていたが、それなりにお客さんが並んでいる。

 足を運んでみてわかった。最近になって、焼き唐黍以外の物を売り始めたのだ。お客さんの注文は全員『唐黍おにぎり』。確かに見渡す限りおかずばかりでご飯物を売っている店が無い。


 荒木もそのお客さんの列に並んだ。


「お客さんは何にします?」


 そう声をかけた店員の顔に荒木は驚きを隠せなかった。

 かつて高校時代にお世話になった、広岡の先輩の土井さんだったのだ。

 土井さんも荒木の顔を見て驚きを隠せないでいる。


「焼き唐黍をください」


 そう注文した荒木を見て、何かに納得したような顔をした土井さんは、後ろで腰から下を毛布で覆っている女性に、唐黍を焼くように指示した。


「今から焼くから少し待っててね。焼ける匂いも美味しさのうちだからね」


 定番の口上と思しき事を、ごく普通に接客する感じで土井さんが荒木に言う。

 奥の女性は背を向けており気付いていない感じ。

 そんな女性を見て土井が鼻を鳴らす。


「お客さん、観光客でしょ。どちらから来たの?」


 それが後ろの女性に言ったものというのは荒木もすぐに気が付いた。

 荒木も土井さんを見て鼻を鳴らす。


「東国の三遠郡の見付ってとこからです」


 その声、そして内容。

 奥の女性が驚いて振り返った。


「えっ? ど、どうして? どうして、ここが?」


 わなわなと震える美香に、荒木が優しい笑みを向ける。

 その笑みが美香の瞳に涙を湛えさせる。


「どうしてはこっちの台詞だよ。急にいなくなっちまって」


 恨み言でも言うかの口調で荒木は言った。そのせいで美香が少しバツの悪そうな顔をして荒木に背を向ける。

 美香は背を向けたままじっとしていた。そんな美香に土井が「焦げるよ」と指摘。慌てて唐黍の焼き目を変えた。


 そこから美香は無言で唐黍を焼き続けた。途中で牛酪の溶けた醤油を唐黍に塗りつけると、何とも言えない良い香りが辺りに漂う。その匂いに誘われたのだろう。何人かのお客さんがやって来て焼き唐黍を注文していった。


 荒木の分の唐黍が焼けたと言って美香が土井さんを呼ぶ。だが、土井さんは別のお客さんの対応をしており、それどころではない。

 仕方なく美香はかけていた毛布を除けて荒木に唐黍を渡しに来た。


「え!? 美香ちゃん……それ……」

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