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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第29話 美香を見た気がする

 瑞穂戦優勝から一月、年末から薩摩合宿に行くまで、見付球団の選手たちは大忙しであった。

 ひっきりなしに新聞の取材を受け、放送局にも呼ばれ、そんな中、恒例の仕事始めの『出陣式』が行われ、さらに地元で優勝の報告会が行われ、地元商店街で感謝会が開かれ、鮮魚市場と生鮮市場で特別市に参加。一月の末にはへとへとになっていた。


 そんな最中、代表戦のために荒木と栗山は裾野の合宿所へ向かっている。


「結婚式、武上先生、綺麗だったな。正直、高校の顧問の時のがさつな印象があったから、ちょっとびっくりしたよ」


 裾野に向かう列車の中で荒木はそう話題を振った。

 何とも言えないデレデレという間の抜けた顔を栗山が荒木に向ける。


「がさつなのは昔から変わってないですよ。がさつっていうか、豪快なんですよね。サラダって言って胡瓜丸ごと出してくるし、毎晩欠かさず晩酌するんですけど、いつも麦酒は大缶だしね」


 らしいと言って荒木は大笑いした。


「昔さ、部活の送別会みたいなのやったんだよ。皆で集まって弁当食べようってだけの会なんだけどさ。その時、武上先生、コッペパン丸々一個に果実煮込み塗って食べてたもんな」


 目に浮かぶと言って栗山も大笑い。


「それでも、情は深いし、意外と気遣いできる人なんですよ。第一一緒にいて飽きない」


 栗山は笑いながら言ったのだが、荒木の笑顔は愛想笑いのような感じであった。その原因を察し、栗山も表情を引き締める。


「まだ、彼女さん、音信不通なんですか?」


 恐る恐るという感じで栗山はたずねた。

 荒木は小さく息を吐き、小さく頷く。


「消えちまった原因はわかったんだ。だから一回会えばわかってもらえると思うんだけど」


 その一回がままならないと、荒木はため息交じりで言うのだった。



 合宿所に到着した荒木を彦野、川相、鹿島の同期三人が出迎えた。

 三人の話題はまだ瑞穂戦の最終戦の件。あの怒涛の六得点は凄かったと大盛り上がり。そこに松永が入り、最後の最後で優勝を掠め取られたと悔しそうに言ってきた。


「もうさ、太宰府はお通夜状態だったよ。観客席もしんとしちまって。選手も何人か泣き出しちまってな」


 そんな松永の肩に秋山が手を置いた。


「ほんとや。渡辺も点取りまくったけん、それでも得点王は行けるやろって思ったら、なんだよ六点って」


 秋山がげらげらと笑う。

 渡辺が思わず三回くらい試合結果を見ていたと松永も大笑い。


「なんせ『ヤガー』だもんな。テエウェルチェの人たちの最高の賛辞らしいからね」


 そう言って彦野が笑うと、川相も大笑いした。



 今回の対戦相手はアマテ。瓢箪大陸中部の国で、ペヨーテとククルカンの間の国。

 以前、国際競技大会の予選でも当たっている。


 ここまで瑞穂は二戦して一勝一分で二位。首位は二勝一分のマラジョ。三位が一勝一敗のアマテで、四位が一勝二敗のアナング。最下位のタワンティンは二戦二敗。


 ここで勝てれば、本戦出場がぐっと近づいて来る。


 そんな雰囲気の中、荒木は大沢監督の呼び出しを受けた。部屋に向かうと、そこにいたのはいつもの原では無く西崎。

 大沢は荒木を椅子に座らせ、自分は寝床に腰かけ、西崎を横に立たせた。


「荒木、例の彼女は見つかったのか?」


 無言で俯き、首を横に振った荒木を見て、大沢は「そうか」と短く言った。


「実はな、西崎がお前の彼女を見たかもしれないって言ってるんだよ」


 荒木はばっと勢いよく顔を上げ、西崎の顔を見た。


「いや、俺も前にお前に写真を見せてもらっただけで実際に見た事は無いからさ、もしかしたらってだけだよ。ちょっと先日、苫小牧に用事があってな。苫小牧って漁港で朝市やってるんだけど、そこで見た娘がよく似てたんさ」


 もう一度携帯電話で写真を見せると、改めて西崎は似ている気がすると言って大沢を見た。


「朝市の手伝いをやってる感じだったんさ。なんか体調悪そうにしててな。だから酷く印象に残ってて。その時は誰かに似ているって思っただけだったんだよ。したっけ、ここに来て思い出したんさ」


 荒木は西崎の声が聞こえているのかいないのか、携帯電話の美香の写真を凝視している。そんな荒木の腕を大沢がパンと叩く。


「希望が見えたな。アマテ戦、後半出すと思うから、そこでしっかり活躍して、苫小牧に行ってこい!」


 荒木は力強く頷いた。



 部屋に戻った荒木はすぐに寝床にうつ伏せで倒れ込み、枕に頭を押し付けた。大声をあげたい気持ちをぐっと堪え、足をばたばたとさせる。


 苫小牧という地名に荒木は特別な思いを抱いている。


 美香と久々に再会した街、そして初めての夜を過ごした街。

 二人の思い出の街。

 感動の再会に相応しい街。

 もしそこにいるのだとしたら、きっと美香も俺が来るのを待っているのだろう。


 西崎は『よく似た娘』と言っていた。だが、荒木はもうそれが美香だと信じきっている。


 そこまで興奮してただただ喜んでいた荒木だったが、そこでふっと西崎が言った言葉を思い出した。


”なんか体調悪そうにしててな”


 体調悪そう?

 もしかして、またあばら家のようなところに住み、食事費も節約した生活をしているのだろうか?

 早く会いに行きたい。行って美香の状況を確認したい。


「きっと次の試合に活躍したら、美香ちゃんに会える」

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― 新着の感想 ―
美香だとして…体調悪そう、なのが気がかりですね。 病気もしくは妊娠か…進展が待ちどおしい! それはそうと、K・ミューラーのG1初制覇泣きました。お財布も軽くなって2度泣きました。
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