第26話 試合開始
瑞穂戦四球団中最下位の南府球団だったが、荒木からしたら代表で見知った顔がそれなりにいる。中盤には国際競技大会で一緒だった小早川がいるし、今代表で一緒の高橋もいる。補欠席には代表に呼ばれていた北別府が座っている。さらにはかつて瑞穂に在籍していたヘラルトがいる。
観客席は白群色の応援衣装を身にまとった人で一杯。その一角に金赤色の南府球団の応援団がいる。
観客の大歓声の中、試合開始の笛が吹かれた。
同じ時刻に北府球団と太宰府球団の試合も開始となった。
尾花の打ち出しで試合が開始される。それを受けた栗山がゆっくりと攻め上がる。
仰木が代表監督に就任してから、どの球団もとにかく『速度』というものを非常に重視している。技術はもちろん、そこに速度が無ければ一段落ちる評価を下されてしまっている。
先鋒も中盤も、とにかく竜を速く走らせる事に躍起になっている。最近では皇都や幕府にある呂級の競竜場へ行って、技術を教わっている選手も多い。そうは言っても、この辺りは天賦のものもある。荒木のように昔からその形でやっている人に比べたら、どうしても真似に終始してしまう。
ただ、観客は口々に言い合っている。『最近、竜杖球が面白い』『迫力がある』『技術が凄い』と。
突然栗山が竜の速度を上げて攻め込むと観客席がどっと沸いた。そこに小早川選手が守備に来て、さらに観客席が湧く。
栗山からホルネルへ球が渡る。さらにホルネルから尾花へ。
尾花にヘラルト選手が守備に付く。勝負はヘラルト選手に軍配が上がった。零れた球を後衛の一人が拾い、中盤の高橋選手へ渡される。
観客は総立ちとなっている。
思った以上に守備が固い。 見付の補欠席ではそう言い合っていた。関根監督も思わずうなり声をあげる。
「おいおい、頼むぜ尾花よう! 今のは絶好機だったろうが! 今日は負けられないんだよ。お前だって事情知ってるだろうが!」
杉浦が身を乗り出して大声で野次を飛ばした。
その一言に荒木と池山が首を傾げた。
「なんです? その『事情』って」
そう荒木が声をかけると、杉浦の動きがぴたりと止まった。
「まさか、お金賭けてるんじゃないでしょうね。頼みますよ、ちょっと」
池山の指摘に杉浦が振り返り、「そんなんじゃねえ!」と激怒。
「今日はなあ、とんでもねえ人たちがあそこにいるんだよ!」
そう言って後ろの観客席を指差した。
「誰?」と荒木と池山が首を傾げる。秦も「え?」と声を発して杉浦を見た。
「大矢さん、大杉さん、松岡さん、渡辺さん、青木さん、その五人が来てるんだよ! ここで優勝逃したなんて事になったみろ、俺たち後で何を言われるか……絶対練習場に文句言いに来るぞ! というか呑み屋に反省会に連れてかれるぞ!」
池山はその人たちにほとんど面識がなく、「はあ、そうですか」という反応だった。秦もそこまで面識はない。
だが荒木はそうではない。顔が焦りで強張る。
「それは……だいぶまずいっすね」
先ほどの杉浦の檄が聞こえたのか、そんな事を言い合っている間に、尾花が先制点を決めた。
異常な盛り上がり方をする杉浦と荒木。それを見て、池山と秦も状況を把握したらしい。そこから補欠席の応援は異常な熱を帯びる事となった。
確かに守備は固い。だが、見付球団も守備の固さには定評がある。老獪な若松の指揮によって、南府球団の攻撃は最後の最後、篭に打ち込む前に防がれてしまっている。
両軍は中盤の支配力という点では互角なのだが、南府球団はかなり後衛以下が弱い。その為、中盤を突破できればかなりの好機が生まれるのだが、その直前で、かつて見付球団に在籍していたヘラルト選手によって、悉く得点の機会が摘み取られてしまっている。
こうして、わずか一得点で前半戦を終えてしまった。
万事休す。
情報は入って来ていないが、どう考えても北府球団はもっと点を取っているはず。後半に得点を取りまくらないと逆転優勝の道はない。
いつも好々爺のような優しい顔つきの関根が、鋭い目付きで荒木を見る。
「荒木、待たせたな。出番だ。今年最後だ、思う存分暴れて来い。ホルネルも池山に代える。二人して大いに暴れて来い!」
荒木と池山が竜杖を持ってがたんと立ち上がる。それに合わせ、全員が立ち上がった。
若松が「絶対優勝するぞ!」という檄を飛ばす。それに全員で「おお!」と叫んで応えた。
今年最後なら、こいつしかいない。荒木は愛竜『ヤナギミツカゲ』に跨った。漆黒に艶めく青毛の竜体から、やってやるぞという意気込みが息遣いと共に伝わってくる。首筋を撫でると、大型鳥類のような嘶きを発した。
場内に選手交代の放送が流された。
先に池山が案内される。それに場内が沸く。その後で荒木が案内されると、観客席は総立ちとなって大歓声をあげた。
その歓声が衝撃波となって荒木たち選手に容赦なく襲い掛かる。竜がそれに怯んで暴れ始める。それを各選手が口笛を吹いて落ち着かせる。
そこに高橋選手が近寄って来た。
「さっきの凄かったな。お前が出るってだけで、あそこまで観客が湧くんだな。まるで代表戦みたいな盛り上がりだよ。だけど、俺たちはそう易々と目の前で優勝なんてさせねえからな!」
そう言って不敵な笑みを浮かべて高橋選手は守備位置に向かって行った。
「優勝して見せますよ」
その高橋選手の背に向けて、荒木も不敵な笑みを浮かべた。
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