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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第24話 史菜が来た

 瑞穂戦の最終戦を控えた日の事、荒木は球団事務所に呼び出される事になった。


 来て早々に一張羅に着替えさせられたのだが、その時点では、まだ記者会見かなと思っていた。だが、それにしては駐車場が空いてる。


 荒木が通されたのは、いつも記者会見を行う大広間では無く、個別会見を行う部屋。小学校の教室より、少し狭いくらいのこじんまりとした部屋。

 その時点で荒木は何やら嫌な予感を覚えていた。


 職員に案内されるがままに扉を開けると、そこにいたのは久野史菜であった。誰かに同席してもらおうと職員を探したのだが、先ほど案内してくれた職員の姿が無い。


 はめられた。すぐに荒木はそう感じた。恐らく先ほどの職員は、彼らに何かしら収賄を受けたのだろう。


「さあ、どうぞ中へ」


 取材陣の主任がそう言って部屋の奥へ進むように促す。


 恐る恐る奥へと進むと、そこには高そうな象牙色の一張羅に身を包んだ史菜が大きな椅子に腰かけていた。その隣にも同じく大きな椅子。そしてその二つの椅子を囲む照明、その上には白い傘、正面に複数の映写機。


「荒木君、待ってたよ。ささ、ここに座って」


 貼り付いた笑顔の史菜が、そう言って空いた椅子をパンパンと叩く。

 言われるがままに腰かける荒木。その表情は露骨な仏頂面。


「代表で何度も取材を申し込んだんだけどね、あの偏屈な監督さんがうんって言ってくれなくって。見付球団もなかなかうんって言ってくれなかったんだけど、優勝争いに向けての特番って言ったら、やっと受けてくれたんだよ」


 「なんだか雲の上の人になってしまった」と言って史菜がくすくすと笑う。


「優勝争いの最中じゃなく、優勝してからが良かった。もしこれで優勝を逃したら、俺がここで喋った事を、さも優勝するかのように喋ってる風に編集して、それを流して笑い者にするつもりなんだろ」


 辛辣な荒木の一言に史菜の貼り付いた笑顔が引きつる。「何でそんな事を言うの?」と聞くのが精一杯という感じであった。


「高校時代に見たんだよ。稲沢球団にいる鹿島の陸奥農大付属を特集して、俺たち福田水産を悪者に仕立て上げて、負けて泣いてる鹿島を画面いっぱいに流して晒し者にした番組を」


 無表情で言う荒木に、史菜は眉間に皺を寄せ、泣きそうな顔をした。


「で、でも、それってうちの放送じゃないよね? 確かに、放送業界ってくくりで言えば、そういう編集っていうのはよく行われてはいるんだけど、私たちはそういう事は……」


 助けを求めるように史菜が主任の顔を見る。


「『熱闘! 高校球技!』史菜のとこの夏の特番だよな。あの番組の話だぞ」


 番組名まで言われてしまうと、さすがに史菜にも反論の術は残っていなかった。さらに言えば、実はその番組の編集責任者が、今日来ている主任だったりする。史菜もそれを知っているだけに、最早どう繕えば良いのかわからない。


「ど、どうして? 何でいきなり最初からそんな嫌な事言うの? 私、荒木君に何かした?」


 普通の人なら、きっと史菜にこんな事を言われれば、態度を改めるのだろう。ごめんと謝って、あとは史菜の支配の中で撮影が進んで行くのだろう。

 だが、荒木は昔から史菜のこういう態度を何度も目にしている。自分の立場が不利になると必ず言う『私が何かした?』という一言。今の荒木には、もうそんな言葉は通じない。


 「はあ」と露骨にため息を付いて、やってられないという態度を取る荒木。このままでは取材に入れないと感じた史菜は、主任に部屋から出るようにお願いし、二人だけで話をさせて欲しいと申し出た。

 主任は史菜に謝罪し、他の作業員と共に部屋を出て行った。


「いったいどうしたの? 荒木君、なんか変よ? 私、荒木君にそんな冷たい態度取られるような事をした覚え無いんだけど」


 そう史菜が問いただすと、荒木は周囲をきょろきょろと見回し、「機材の電源を全て切れ」と低い声で命じた。

 命ぜられるがままに、史菜は映写機の電源を一つ一つ切っていく。最後に照明の電気を落とし、これで良いかと確認を取った。


 映写機の電源を念入りに確認してから、安心して椅子に腰かける。

 だが何かを話そうとし、史菜の服に小型集音機が付いているのに気付く。それも外すように言うと、案の定電源が入ったまま。

 動揺する史菜に、荒木は露骨に不審の目を向けた。


「朝霧高原に遊びに行ったあの日、史菜の部屋から出た俺は、とある人物の待ち伏せを受けたんだ。堀内明紀って記者だ。竜杖球の名物記者だった男だから、もちろんお前も知ってるよな?」


 史菜は知らないと言おうとしたらしい。だが、堀内の名前を出された時点で顔に出てしまっているだろうと感じ、「その人がどうかしたの?」と逆にたずねた。


「そいつがその時、俺に言ったんだよ。『お前ごとき、いつでも社会から抹殺する事ができる』ってな。俺は出来の悪い頭で、その時の出来事を何度も考えた。それで気付いたんだよ」


 荒木が椅子から立ち上がり、ピッと史菜を指差す。


「お前と堀内が繋がってるって事にな」


 史菜の顔が強張る。明らかに動揺した顔になり、暖房の効きの悪い寒い部屋の中にあって額から汗まで垂れている。


「お前、あいつから俺の事を色々聞いたんだろ。特に俺の交友関係の話を。それで取材を名目に貝塚に会いに行ったんだろ。貝塚から聞いたよ。まだ無名だったのに『学校の後輩が活躍してるって知った』ってお前が取材に来たってな」


 史菜は椅子に腰かけたまま、無言で石像のように固まってしまっている。 


「正直に言ってくれ。お前、俺の()()に会っただろ」


 史菜は荒木の方を見ず、ずっと正面の映写機を凝視している。よく見ると目がきょろきょろと泳いでいる。


「だんまりか。昔のお前なら素直に謝ってきたのにな。やっぱり、もう昔のお前じゃないんだな。そりゃそうか。あの頃と違って、色々と見聞きしちまってるんだもんな」


 すると、項垂れながら史菜が何かを言った。聞き取れなかったので暫く黙っていると、史菜は急にポロポロと涙を流し、突然顔を上げ、荒木をキッと睨んだ。


「会ったよ。つい最近ね。『私の荒木君を盗んで、どんな気分なの』って言ってやったの。中学時代からずっと付き合ってたって話をして、一夜を過ごした事も話した。そうしたらあの娘、ごめんなさいって謝って泣いて去って行った」


 やはり。そんな事じゃないかと思っていた。

 「具体的にいつの話だ?」と荒木は史菜の肩を掴んで問いただした。


「九月の中くらいの話……」


 それで合点がいった。美香は史菜に泥棒猫扱いされて身を引こうとしている。美香だって史菜が人気放送員だという事くらいは知っている。だから史菜と自分を比べて、史菜の方が相応しいとか考えたんだ。


「さっきも言ったけど、取材は試合が終わった後にしてくれ。お前たちは信用ならないからな。それに、どっちにしても、その泣いた面じゃ会談なんてできないだろ」


 そう言い残して荒木は部屋を出て行った。

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