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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第22話 祖母が倒れた

 タワンティン連邦へ遠征に向かう前日、荒木の携帯電話に母から急な連絡が入った。


「あ、雅史? あのね、落ち着いて聞いてね。婆ちゃんが倒れちゃったの。もしかしたら今回はちょっと危ないかもしれないのよ。少しだけ顔を見に来れないかな?」


 お婆ちゃん子の荒木にとっては、それはこの世の終わりを告げるような連絡であった。

 目の前が真っ白になっていくのを感じる。

 頭の中が婆ちゃんの笑顔で埋めつくされていく。

 思わずじわりと涙が湧き出てきてしまった。


「ちょっと相談してみる。病院はいつものとこ? また後で電話するよ」


 そう言って一旦電話を切った。


 その足で真っ直ぐ大沢監督の部屋へと向かう。

 大沢も荒木の表情で、何かあったという事はすぐに気が付いたらしい。椅子に座るように促し、まずは深呼吸して気分を落ち着かせろと言ってから話を聞いた。


 大沢としては、実に悩ましいところであった。一緒に呑みに行ったり、これまでの雑談で荒木がかなりのお婆ちゃん子である事は大沢も察している。ただ、両親や兄弟というのならわかる。祖父母というと少し緊急性が弱い気がしてしまっている。

 腕を組み、うむと唸り声をあげながら考え込んでしまった。


 その思案の中で何か閃くものがあったようで、静かに笑った。


「おい、荒木。お前の竜の状況はどうだ?」


 急な質問で荒木は困惑して首を傾げる。


「元気溌剌です」


 大沢が鼻を鳴らす。


「そうかそうか。竜が二頭も調子を崩しちまってるのか。まあ、瑞穂戦にも出てるんだもんな。そういう事もあるわな」


 大沢が何を言っているのかわからず、荒木は首を傾げた。


「あの、竜は元気――」


 荒木の残念な頭では遠回しな言い方は通用しないと感じた大沢は、直接的な言い方に変えた。


「お前の竜はな、急な体調不良を起こしちまったんだよ。それも二頭もな。だから、今回の遠征はお休みなんだ。さっさと竜運車を手配しろ。それと、まかり間違っても今週の瑞穂戦には出るんじゃねえぞ。良いな!」


 「念のため原にだけ事情を話しておけ」と言って、大沢は連盟の職員の部屋へと向かった。



「なるほどなあ。大沢さんも考えたもんだなあ。代表で家族の死に目に会えなかったてのはよくある話なんだよ。だけど、荒木がお婆ちゃん子だってのは大沢さんも良く知ってるからな」


 無理やり連れて行って使い物にならないよりは、いっそのこと置いて行くというのは良い判断と原も納得であった。


「だけどこの内情は秘密だ。あくまで竜の体調不良。それを貫けよ。じゃないと大沢さんに多大な迷惑がかかる事になるんだからな。それと、見付球団にもちゃんと事情説明しとけよ」


 「早く婆ちゃんのところに行ってやれ」と言って原は荒木を部屋から追い出した。



 こうして、荒木は急いで見付に戻る事になった。


 まずは球団事務所へ行き、関根監督に事情を説明。


「大沢の野郎、存外甘いんだなあ。それとも、それだけお前を買ってるって事なのかな。事情はわかった。今週お前はお休みだ。ゆっくり婆ちゃん孝行してこいや」


 話を聞いた関根はそう言って大笑いした。

 関根も荒木の年代からしたら祖父母という年代である。そんな者が祖母が入院したと言って泣きそうな顔をしているのを見ると、なんとも気持ちがほっこりとしてしまうのだろう。


「まだ婆ちゃんの顔見てないんだろ? このまま真っ直ぐ病院へ向かってやれ」


 そう言って関根は財布を取り出し、これで花を買って病室に活けてやれと言ってお金を渡してくれた。くれぐれも安全運転でとも付け加えた。



 病院に向かった荒木は母親に連絡し、真っ直ぐ祖母の病室へと向かった。

 祖母は意識が無く、いくつかの計器を付けられている状況であった。計器がピコピコと音を立てている事で、なんとか祖母が生きている事がうかがい知れる。


 椅子に腰かけて祖母の手を握ると、母が祖母に「雅史が来てくれましたよ」と声をかけた。だが祖母の反応は無い。


「やっぱり持病の心臓?」


 祖母は昨年の春にも一度倒れている。荒木が報道に誤報を流されて揉めていた時の話である。その時の検査では心臓が弱っているという話であった。


「あんたが気にして、お仕事に支障が出るといけないから黙っててって婆ちゃんが言うから黙ってたんだけどね、婆ちゃんね、末期癌なんだって。年齢が年齢だから、進行が遅いから、すぐにどうこうってわけじゃないんだけどね」


 恐らくは祖母と一緒にいれる時間はもうあまり長くはない。そう考えてしまい思わず涙が頬を伝う。


「婆ちゃん……」


 か細い声が口から洩れる。

 すると祖母が荒木の手をぎゅっと握り返してきた。


「雅君が来てるのかい?」


 目を覚ました祖母の第一声がそれであった。

 荒木が椅子から立ち上がって祖母の顔を覗き込む。

 祖母はいつものような優しい笑顔を作って荒木に微笑みかけた。


「雅君、どうしたんだい? 竜杖球でどこか外国に行ったんじゃないのかい?」


 祖母が眉をひそめ、少し心配そうな顔をする。


「事情を話したらね、婆ちゃんのとこに行ってやれって。一戦くらい俺がいなくても大丈夫だからって。見えるかな? お花も貰っちゃったんだよ。」


 そうかいそうかいと言って安堵の表情をする祖母。


「婆ちゃんはこの通りまだまだ元気だから、雅君は気にせず竜杖球を頑張るんだよ」


 そう言って頭を撫でる祖母に、荒木は精一杯の笑顔を向けた。

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