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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第18話 太宰府球団戦

「どのような事があっても、それを表に出さずに結果を出す。それが職人なんだと私は思いますよ。少なくとも私が敬愛して止まない岡部先生は常にそういう姿勢です」


 大宿から帰る際に若女将のあやめがそう荒木に声をかけた。その美しい顔、そしてその透き通る声、凛とした佇まい。自然と心を奪われそうになる。

 思わず緩みそうになる顔をきゅっと引き締めて礼を述べると、あやめはニコリと微笑んだ。



 週末、太宰府球団戦が三ヶ野台総合運動場で行われた。


 太宰府球団は二軍時代同じ獅子団だった関係で見知った顔が非常に多い。

 先鋒は宇宙開発と笑われていた渡辺だし、中盤も二軍で一緒だった石毛、安部、笘篠、後衛には代表で一緒の秋山、守衛も代表で一緒の伊東。知らないのは後衛のファン・ブルクレオという外国人だけ。


 対する瑞穂側は初戦の北府戦から中盤の小川が栗山に代わっただけ。荒木は補欠席。


 試合が開始になると、すぐに隣に座った秦が愚痴った。


「お前と栗山が代表でいないせいで、こっちはその分こき使われて大変だぜ。百歩譲って荒木はわかるよ。なんで予備の栗山まで同じように拘束されてるんだよなあ」


 実はその事は代表内でも問題になっている事だったりする。西府の岡田などは、八木さんが解放になってれば逆転優勝できたはずと声を荒げていた。


「大沢監督は『知るか! 連盟に言え!』って。大沢監督も何度も連盟には言ってるらしいんですよね。というか仰木監督も金田監督も言ってたらしいです」


 そんな話をしていると、関根監督からちゃんと試合を見ろと叱責されてしまった。確かに監督の隣の席で無駄話をしていれば怒られて当然だっただろう。

 秦と荒木が背筋を正して視線を競技場に移す。そんな二人に関根は、視線を競技場に固定したまま話しかけた。


「協会の方が連盟より強いから仕方無いんだよ。長く両者の長を兼任してた渡辺会長の弊害ってやつだな。仮に代表戦の時には公式戦を休ませるってなったら、公式戦の日程を緩めないといけない。そうなったら球団は収入がガタ減りだからな」


 実はこの問題は昔からある問題で、関根もその提案書に著名した事があるのだそうだ。


「でもですよ。代表戦って別に週末開催ってわけじゃないですよね。だったら週末の試合には帰してもらえれば」


 そう言った秦を関根はわかってないと言いたげな目で見た。


「例えそうなっても公式戦には使えんだろ。いや、お前らはすぐに回復するだろうさ。酒でも呑んで一晩寝れば翌朝は元気溌剌なんだろ? 羨ましい。でもな、竜はそういうわけにはいかないからな」


 みんな色々と考えてこういう事になっているんだと関根は説明した。関根の話は端的でわかりやすく、秦と荒木が納得の表情で頷いた。



 目の前の試合は両者の実力が拮抗しており全く動きが無い。関根も思わずため息が漏れる。


「やはり瑞穂戦は一筋縄ではいかんな。尾花はもう昔の勢いみたいなものが無いし、伊東はこの一年でかなり伸びたとは言えまだまだだものなあ。せめて池山がもう少し竜杖の制御ができたらなあ」


 すると秦が荒木に顔を近づけて小声で「まただ」と言い出した。


「最近、関根さんこうやってよくぶつぶつ言うんだよ。もう歳なのかな」


 そんな秦の耳を関根が引っ張る。


「悪いがまだ俺は耳は達者なんだよ。お前らは、すぐにそうやって人を耄碌もうろく扱いしおってからに」


 そんな関根と秦のやりとりに、周囲は声を殺して笑った。


 結局、前半戦はどちらも点が入らず、中休憩を迎えた。



「荒木、待たせたな。後半入ってくれ。それとホルネルに代わって池山が入れ。引き分けでは駄目だ。瑞穂一になるためには勝たねばならん。とにかく点を取れ!」


 選手たちは関根の檄に一斉に立ち上がって気合を入れた。


 愛竜『ヤナギミズノト』に跨った荒木は、気合の乗った愛竜の首筋をパンパンと叩いた。


 荒木には一軍に上がってから三頭の竜が支給されている。『ヤナギアシタレ』『ヤナギミズノト』『ヤナギミツカゲ』。全て雪柳会の吉良調教師が呂級時代に管理していた竜である。

 『アシタレ』は速度はそれなりで体力があり、疲労の回復が早い。

 『ミズノト』は速度はかなり速く、体力もそれなりにあるのだが、疲労の回復が少し遅い。

 『ミツカゲ』は爆発的な速さを持っているが体力がなく、疲労の回復がかなり遅い。

 この三頭を荒木はその時々の状況に応じて使い分けている。

 国内の職業球技戦では普段であれば『アシタレ』に乗る事が多い。代表の時は専ら『ミツカゲ』に乗っている。今回『ミズノト』を選んだという事は、それだけ気合いが入っているという事だろう。



 荒木の名前が場内に流れると観客席から大歓声が沸き起こった。その歓声の凄さに太宰府の選手たちも一瞬驚きの顔をする。


 荒木が現れると、太宰府球団の選手たちが荒木に手を振った。荒木もあまりに知っている顔ばかりで思わず頬が緩む。

 


 後半開始し、渡辺選手に代わって入った工藤選手の打ち出しで試合が開始。


 さっそく飯田が球を奪いに走る。さらに栗山がすぐに石毛選手の守備にまわる。球を受けた笘篠選手は、石毛選手ではなく安部選手に球を渡そうとする。池山が守備をし、球が零れた所に飯田が竜を走らせた。


 とにかく飯田の竜の脚が速い。球を拾った飯田は、まるで無人の野を突き進んで行くかのよう。

 ある程度攻め込んだところで荒木の先に球を打ち出した。


 荒木、秋山選手、ファン・ブルクレオ選手の三人が球を追う。

 だがやはり荒木の竜の速さは段違いで、まずファン・ブルクレオ選手が引き離される。さらに荒木が球を前に打ち出した辺りで秋山選手の竜も限界を迎えた。


 だがまだ太宰府球団には守護神の伊東選手がいる。荒木は体を捻って竜杖を振り抜いた。

 荒木は打つまでどっちに球が来るかわからないという事は伊東も熟知している。

 反応はした。竜杖も伸ばした。だが残念ながら球の方が少しだけ早かった。

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