第12話 美香が音信不通
毎年、国際竜杖球連盟が世界強豪順位なるものを発表している。
残念ながら毎回瑞穂の順位はパッとしない。良い時で六十位台、悪いと三桁という感じ。
対して今回対戦するマラジョ連邦は常に五位以内に入っている。何度も一位に輝いているし、なんなら数回連続一位だった事すらある。現在はゴール帝国が一位で、マラジョ連邦が二位。
その世界一に最も近い国と瑞穂は一戦を交えようとしている。
さすがに前日から皆、緊張で口数が少なかった。何だか空気が重いと皆で言い合っている。監督の大沢もいつにも増してピリピリしているし、原もいつにも増して真剣な顔をしている。
そんな張りつめた緊張が怪我人を生んだ。練習で山内が落竜したのだった。
落ちた時に肘の靭帯を損傷。長期離脱という事になり、鹿島と交代する事になった。
そんな中、荒木もどこか顔が冴えない。どうかしたのかと何人もの人から声をかけられているのだが、何でもないの一点張り。
もしかしたら、また何か問題があったのかもしれない、もしかしたら体調不良かもと原が大沢に相談。二人は荒木を呼び出す事にした。
それでも荒木はいつもと何も変わらない、体調は良好だと言い張った。
「あのなあ、荒木。お前が口で言ってるような良好な状況なら、俺たちはわざわざお前を呼んだりなんてしないんだよ。ここは三人だけだ。当然、俺も原も外部に漏らしたりなんてしねえ。むしろ、これで漏れたら俺か原だってバレバレだろ。だから何があったか言ってくれ」
大沢にしては口調はかなり優しかった。絶対に他言はしないと原も誓う。それでも荒木は言い渋った。
この時点で、大沢も原もどうやら女性絡みっぽいなと感じていた。
「実は……俺、付き合ってる娘がいるんです。その娘と全然連絡がつかないんですよ。その娘の事は若松さんも知ってるんですけど、若松さんに言って連絡取ってもらたんですけど駄目だったって」
荒木の告白に大沢も原もかなり驚いた。そもそも荒木にそんな決まった女性がいるという話を二人は初めて耳にした。そういう女性がいないから、久野放送員のような事が話題になるのだと思っていたのだ。
ここで原が何かを思い出したようで、眉をひそめた。
「その娘ってもしかして、以前国際競技大会の時にちょっとだけ話題に上がった娘? お前が反社から金で買ったとか記事に書かれてた」
『金で買った』という部分で荒木は不服そうな顔をしたが、無言で頷いた。
どうやら何か込み入った事情があるらしいと感じた大沢は、部屋に備え付けられた冷蔵庫から麦酒の缶を三つ取り出し、荒木と原に渡した。
「その女の事、全部話せ。一からだ。お前がそんな事に煩わされて力が発揮できないなんて事になったら、俺の計画に狂いが出るんだよ」
睨むような目をした大沢に屈し、荒木は寝床に腰かけてコクリと頷いた。
三人缶麦酒を喉に流した後、荒木の長い話は始まった。高校時代の話、二軍時代に再会した話、そして一軍に昇格した後の話。さらには美香の身の上の話まで。
大沢も原も驚きの連続だった。ただ二人ともどうやらその女性がとんでもない大きな事件に巻き込まれているという事だけは察した。
「まず聞かせてくれ。お前その娘をどうしたいって思ってるんだ?」
大沢の聞き方は直球だった。そのせいで荒木の顔がみるみる赤くなっていく。
「一緒に住もうと思って、部屋を探してたんです。できれば、籍も入れたいって俺は思ってます」
あまりに青臭い事を言う荒木に、妻帯者の原は思わず赤面してしまった。だが大沢の顔は真剣そのもの。
「つまり、その娘がお前の本命って事で良いんだな? ここで久野を捨てれば報道はお前を容赦しないだろう。それでも、その娘を守って戦っていく覚悟がお前にはあるんだな?」
大沢がじっと荒木の目を見続ける。
荒木は一旦視線を下に落としたものの、すぐに大沢の目を見た。
「あります!」
そう言い切った荒木の肩を大沢はがっちりと掴んだ。
「わかった。こう見えて俺には北国に大きな伝手がある。その伝手を使って色々調べてやるよ。だから一旦その女の事は忘れてマラジョ戦に集中してくれ。何、悪いようにはしねえさ」
その大沢の言い方が、どうにも不穏で、荒木の表情は逆に不安に満ちたものになってしまっている。だが、原に肩をぽんと叩かれ、一度大きく息を吐いてから大きく頷いた。
「それと前も言ったが、もう一切久野とは連絡を取るな。向こうから取って来ても無視しろ。報道に属しちまった女ってのは、例え見た目が旨そうでも中の餡は毒入りなんだよ。そうやって選手生命を終えちまった奴を俺は何人も目にしてるんだ」
荒木が頷いたのを見てから、大沢は椅子から立ち上がり、携帯電話を取り出した。どこに連絡をしているのかはわからないが、口調はいつもの荒い口調。
大沢が相手に伝えたのは、安達荘という名前とその経営者夫妻の名。夫の名は准一、妻の名は愛生。するとすぐに何やら情報を得たらしく、筆記用具を取り出して何やら書き始めた。
「悪いんだが何かわかり次第連絡くれねえか。瑞穂代表の浮沈に関わる問題なんだよ。今度会ったら御礼に奢るからよ。すまねえな」
そう言って大沢は電話を切った。
缶に残っていた麦酒を飲み干してから大沢は椅子に腰かけた。
「実は今連絡したのは北府の馴染みの文屋なんだ。さっきお前が行方不明って言ってた安達准一って人だがな、すでに遺体で発見されているそうだ。恐らくは苫小牧の反社の奴らの仕業じゃないかって言ってた」
大沢の話によると、根室湾に身元不明の遺体が打ち上げられたらしい。手足を縛られ、口にさるぐつわをされていたようで、死因は溺死。それを釧路郡警は自殺で処理しようとしていた。
すぐに怪しいと感じた大沢の馴染みの記者が探りを入れたところ、『六花会』という反社の仕業という情報が入ったらしい。
「そいつの話では、その件でえっと……伊庭祐也って奴が逮捕されたんだそうだ。それと警察は他にも何人かの関係者に対し逮捕状を請求してるらしい。もしかしたら、今年中に大々的に報じられるかもって言ってたぞ」
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