第11話 北府と函館
昨年もそうであったが、代表合宿の九月は地域戦の最終戦付近。
東国は先月の末で見付球団の優勝が決まってしまっている。
東国所属の選手たちは、もう残りは全て消化試合となっており、関心は来月からの瑞穂戦に移ってしまっている。
だが東国以外はそうではない。それでも西国は太宰府球団がかなりまで優勢、南国も南府球団の優勝が秒読みとなっている。
激しいのは北国の北府球団と函館球団。
残り三試合で函館球団が首位になっているものの、勝ち点差はわずかに二。しかも最終戦が直接対決となっている。そのせいで、両球団の中継に一番選手たちが集まっている。南国の四人まで自球団の試合そっちのけで北国の試合を観に来ている。
こういう時、何となくどちらかの球団を贔屓して応援してしまうのが職人選手というものだろう。
鹿島と彦野が二軍時代に同じ龍虎団にいたという事で函館球団を応援しており、川相と荒木も最初は何となく函館球団を応援していた。だが高木に誘われて北府球団を応援しに行ってからは荒木は北府球団を応援している。
函館球団の島田と西崎はどちらも落ち着きがあり、観戦していても極めて冷静。そのせいで、原や岡田、伊東といったかなり落ち着きのある選手が応援に駆けつけている。
一方の北府は、石嶺はかなり冷静に試合を観ているのだが、とにかく松永が賑やか。そこに新井と高木が加わって、実に騒がしい。荒木と小早川はこっちの方が楽しいと言って盛り上がっている。
二週目、北府球団、函館球団、共に勝利して順位も勝ち点も変わらず。この週で西国の太宰府球団と南国の南府球団の優勝が決まった。
三週目、北府球団が引き分け、函館球団が勝った事で勝ち点で両球団は並ぶ事になった。
そして優勝争いは最終戦までもつれ、北府球団と函館球団の直接対決となった。
大会議室には選手が全員集まっている。大沢監督まで興味津々で観に来ている。さらに、連盟の職員も来ているし、よく見ると大宿の従業員まで来ている。
席は真っ二つに割れており、中央に通路ができてしまっている。
島田と西崎が飲み物を配ると、石嶺と松永も飲み物を配るという状況。炭酸水じゃなく麦酒が飲みたいという声が聞こえてくる。
「俺は前から言ってるんだよ。開幕を三月に早めるか、試合を一巡少なくしろって。そうすればよう、代表合宿だって言っても、こういう場面では選手を球団に返す事ができるんだよ。だけど連盟の奴ら頭が固くてな」
大沢がギロリと連盟の職員を睨む。
連盟の職員は何人かいるのだが、皆大沢から顔を背けた。
「でも、大沢さんは両球団から公平に二人づつ抜いてくれてるんで、お互い不満はそこまで言ってませんよね。そりゃあ、俺たちからしたら自分で優勝をもぎ取りたいですけど」
そう島田が言うと、「勝った気になってるんじゃねえ」と松永が抗議。応援席もそうだそうだの大合唱。それに函館球団側の応援席もやいのやいのと言い合っている。
そんな両者を大沢は珍しくげらげら笑って見ている。
そんな大盛り上がりの中、試合は開始された。
北府の円山総合運動場は詰めかけた観戦者で超満員となっている。その観戦者たちが一斉に大歓声をあげた。
「すげえ! あんなに観客入ってるのかよ! くそっ、何で最終戦がうちの駒場公園じゃないんだよ!」
西崎が悔しそうに言うと、松永がちらりと西崎を見て煽るように拳を振った。それが目に入り、西崎がさらに悔しそうな顔をする。
「毎回あれだけ入ればなあ。俺たちの給料ももう少し弾んでもらえるんだけどな。球団のやつら二言目には『観客動員数の減少で』だもん。嫌になるよ」
石嶺としては自球団の現状に苦言を呈したつもりであった。ところが、選手たちが全員賛同してしまい、どこも事情は同じなのかとそれ以上は言えなくなってしまった。
肝心の試合の方だが、前半戦はお互い探り探りの感じ。主軸の二人がいない事で、相手の戦力にどの程度の凹みが出ているのか、それをお互い見極めているようであった。
守衛と中盤の抜けた北府球団と、後衛と先鋒の抜けた函館球団では、明らかに後者の方が戦力低下が大きかった。
北府球団には国際競技大会の時に荒木に代わって代表に入った星野がいる。星野は先鋒だが中盤もできる。その星野が松永の穴を埋め、球を先鋒の山田に集めている。
先制点は北府の山田だった。
だが函館球団は中盤の広瀬、田中、白井の三人が健在。中盤の支配力は北府球団よりも高く、徐々に先鋒の津野に球が集まり出す。
前半も終わり頃に津野が点を決めて、試合はふり出しに戻ってしまった。
後半両軍共に選手を二人交代。そこからまた膠着状態になってしまった。
「これって、もし同点だったらどうなるんです?」
その荒木の質問に、松永がかなり焦った声を出した。
「得失点差でうちの負けだよ! だから絶対に勝たなきゃまずいんだよ!」
そのすぐ後の事であった。津野から交代した河野が点を決めてしまった。
「てめえ、荒木! おめえが変な事言うから!」
そう言って荒ぶった松永を石嶺が「うるせえ!」と一喝。
「松永、負けた気になってんじゃねえよ。まだ時間はたっぷりあるだろうが!」
その石嶺の思いが届いたのか、その後すぐに山田から交代した山沖が点を決め同点に追いつた。
その後、無常に時間だけが過ぎて行った。
審判がちらちらと時計を確認している。
一か八か、北府球団の中盤選手ウェルズが大きく放った。それが走り込んでいた星野に渡る。
今回星野は中盤をしているが、元は先鋒の選手である。しかも荒木とは真逆の選手で、竜は全く速く走らせられないが、恐らく竜術の巧みさでは瑞穂一だろう。するすると後衛の守備を交わし、篭の前に球を持ち込んで行く。
星野の放った球は、上手く守衛の前で跳ね、篭に飛び込んで行った。
試合再開してすぐに審判が長い笛を吹き、瑞穂戦最後の一枠は北府球団と決まったのだった。
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