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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第6話 広岡は酔っ払い

「あの、先生。俺、そろそろ帰らないとマズイ気がするんですけど……」


 顔を引きつらせ、焦燥した顔をする荒木を見て、広岡先生も少し冷静になり、この状況は後々あらぬ誤解を受ける事になるかもと感じてくれはしたらしい。

 だが、はっとしたのはほんの一瞬。また元の表情に戻ってしまった。


「じゃあ、朝まで呑むか」


 まさか二児の母から、それも元と言えど教師の口から、そんな発言が飛び出してくるなんて思いもよらなかった。


「じ、冗談でしょ? サシで朝までなんて、いったい何を話せっていうんですか」


 弱いながらもそう抗議したのだが、広岡は時計を見てにっと笑う。


「まだ呼んだら誰か来れそうな時間だよね。ねえ、誰呼ぼうか。二人だけじゃ嫌なんでしょ? もう一人呼んであげるよ」


 顧問だった時から薄々感じてはいた。

 若松という球団の先輩の奥さんとして会う事になってからは、徐々にその感じ方は強くなっていた。

 そして、今はっきりとわかった。


 この人は厄介な人だ。


 明らかに酔っている広岡が携帯電話を指でなぞっている。最初に数人出てきた名前は、福田水産高校時代の女性教師の名前。そんなもの呼ばれてたまるかと思った荒木は、こんな時間に迷惑になるからとたしなめた。


 そうねえと言いながら挙げた名前は、全然知らない名前。誰かとたずねると、大学時代の友人の女性だという。よく一緒に呑みに行く仲だと。

 なお悪いと強く指摘して、なんとか諦めてもらった。


「もう、わがままだなあ。あ、わかった。そんな風に嫌がってるけど、本当は私と二人だけが良いんでしょ」


 それまで引きつった笑顔だった荒木の顔がすんと真顔になる。

 ゆっくりと首を傾げたのを見て、広岡も真顔になり、冗談だと取り繕った。


 その後、誰かを言わずに広岡は電話をかけてしまった。


「あ、私、美登里。ねえ、今からうちに呑みに来ない? あ、来れる! やったあ。悪いんだけど私もうお酒入っててさぁ。え、車の免許取ったの? 良いじゃん、良いじゃん! じゃあ待ってるねぇ」


 電話を切り、にっと笑う広岡。

 いったい誰を呼んだのやら。



 そこから広岡は荒木の代表戦の話を聞きたがった。

 代表戦の話というより、純粋に外国の話を聞きたがった。

 ここまで荒木は色々な国に行っているし、その国々の人たちと対戦をしてきている。

 そんな中で、実は荒木には最近一つ感じている事がある。


「外国人と試合してて思うんですけど、外国の選手って総じて道徳が無いんですよね。道徳がちゃんとしているなって思うのってダトゥくらいで。なんでなんでしょうね」


 いきなりの深い質問に、広岡は少し酔いが醒めてしまったらしい。どう言おうか真顔で考え込んでしまった。


 まず広岡は、私はそこまで外国人と接した事が無いし、海外にも行った事が無いと前置きをした。


「思うにね、道徳って各国で基軸みたいなものが違うと思うのよ。だってそうでしょ。私と君だって違うんだから。恐らくだけど、うちとダトゥは付き合いが長いし深いから、その基軸が似てるのよ」


 かつて瑞穂は世界各国に視察団を送っていた時期があり、その中でこれは取り入れるべき、これは取り入れるべきではないという選択を行った事がある。世界各国から良いところを集めた瑞穂は、世界中に波及した燃料革命の恩恵によって一大工業国へと発展を遂げた。これは教科書にも載っている話なので、荒木もある程度は知っている。


 ここからは荒木は初めて聞く話だったのだが、かつてダトゥも同じように、国を近代化すると言って各国に視察団を送り込んだ時期があるらしい。

 だが、当時のダトゥは基礎となる技術や教育が瑞穂よりも稚拙であった。そのため、どれが良い技術なのかという判断ができなかったらしい。

 最終的に、瑞穂が成功しているのだから、そこから学んでおけばよいではないかと時の王が発言したのだそうだ。


「その時にね、瑞穂の担当者がダトゥの使節団に言ったそうなのよ。『国を富ませるのは産業、産業を興すのは人材、人材を育てるのは教育』だって。これはね、教育学部に行くと最初に習う事なのよ」


 急に教師のような事を言い出した広岡を、荒木はぽかんと口を開けて見ている。そんな荒木に、どうかしたのかと広岡はたずねた。


「いやあ、急に先生みたいな事言い出すもんだから。ちょっと面食らっちゃって」


 能天気に笑い出した荒木に、広岡がわなわなと肩を震わせる。


「ひっぱたくわよ? 君は私を何だと思ってるのよ! 私は元だけど教師なの!」


 広岡が荒木の服を掴み、その頬をつねった。


「す、すみませんでした」


 へらへらと謝罪する荒木に、広岡はさらに苛々を募らせ、少し近寄り両手で頬をつねった。


「もう、怒った! 今日という今日は許さないんだから! 絶対朝まで呑ませてやる! 吐いたって許してやらないんだから!」


 広岡はどんどん荒木に近寄り、髪をくしゃくしゃにしたり、脇腹をくすぐったりしてくる。

 それに対し荒木は止めましょうよと、なおもへらへらした顔で抗議。


 ピンポン


 そんな状況で家の呼び鈴が鳴った。

 この時点で広岡は少し衣類が乱れていたのだが、気にせずに玄関に向かって行った。


「ちょっと先生、ちゃんと服くらい整えてから行ってくださいよ」


 そう荒木は指摘したのだが、広岡は構わず玄関を開けた。


「待ってたよ。美香ちゃん。ささ、上がって、上がって」

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