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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第4話 家にいらっしゃい

 バレました。

 それもあっさりと。

 いとも簡単に。


 栞と出かけた、そのわずか二日後、久々に一緒に呑もうと広岡先生が言っていると言われ、若松宅に呼び出された。


 栞と会う事は若松、杉浦、自分しか知らないはず。当然、美香にも内緒だし、絶対に広岡にバレるような事があってはいけない。そう言い合って栞と会ったのだった。

 だから荒木は偶然だと思っていた。むしろその勘の鋭さにめげて、不自然な態度を出してはいけないと心に戒めていた。


 ただ、少し変だとは思ったのだ。

 呼び鈴を押すと、いつも出てくるはずの若松が出て来ず、双葉も出て来ず、代わりに広岡先生だけが出てきた。

 ビクリとして靴を見るも、美香の物と思しき物は無い。


「あの、若松さんは? 双葉ちゃんたちも見えないみたいですけど」


 いつもの客間で荒木は恐る恐るという感じでたずねた。


「ああ、久々にね、教え子とサシで呑みたいって言って、お爺ちゃんの家に行ってもらったの。何か不都合な事でもあった?」


 卓上の電熱調理器で薄切り肉を焼きながら、広岡先生は荒木のコップに麦酒を注ぐ。シュワシュワという泡が弾ける音が妙に不気味に荒木の耳にまとわりつく。


「そうだ、荒木君、聞いたよ」


 そう言って広岡は焼けた肉をひっくり返した。

 あまりにも後ろ暗い事がありすぎて、荒木は思わず背筋を正してしまう。


「君、お肉嫌いなんだってね。しかも指導までされたのに、それでもなお食べないんだってね。君、職人選手でしょうが。嫌いとか言って食べないのって私どうかと思うなあ」


 広岡が焼けた肉を荒木の皿に乗せた。


 嫌いだと知っているなら普通は客人には出さないものだと思うのだが、こうして堂々と出して来るところが広岡らしいと感じる。きっとこんな感じで、双葉ちゃんも好き嫌いが許されないのだろう。可哀そうに。


「一切れで良いから食べなさいな。不味いと思ったら麦酒で流し込んでしまって良いから」


 まるで許可が下りたと言わんばかりに荒木は麦酒で肉を流し込んだ。

 ところが、広岡は次の肉を荒木の皿に乗せた。


「あ、あの……一切れで良いって……」


 抗議した荒木を広岡がギロリと睨む。

 渋々箸に取り、口内に放り込む。

 食べた瞬間、先ほどとは何かが違うと感じた。感じはしたが、それも麦酒で流し込む。

 そんな感じで、広岡は次々に肉を焼いては荒木の皿と自分の皿に置いていった。


 一通り焼いた後で、最後に残した皿の肉を焼いて荒木の皿に置いた。


「ん? なんだこれ? これなら普通に食べれますね」


 広岡もその肉を食べ、小さく頷く。


「なるほどねえ。私は肉が嫌いじゃないからよくわからないんだけど、君は純粋に獣肉は全て嫌なんだね」


 ため息交じりで広岡は言った。


「いやいや。でも、最後のお肉、あれは美味しかったですよ。あれを焼いてくださいよ。あれなら食べられますから」


 そう言って笑顔を向ける荒木に広岡はがっかりした顔をし、荒木が気に入ったという肉を焼いた。

 旨いと言って荒木は肉を頬張り、これは何の肉なのかとたずねた。


「これね。肉じゃないの。大豆をすり潰して練った物に獣の肝臓を蒸したものと獣脂を練り込んだものなの。だからさっき言ったのよ。純粋に獣肉が好きじゃないんだねって」


 じっとりした視線で広岡が荒木を見る。 

 まさかの肉じゃなく大豆という結果に荒木は口を半開きにして、やってしまったという顔をした。


「でもね。これはこれで大きな収穫なのよ。君は肉そのものの味が嫌いなわけじゃないってわかったんだから。大豆だってお肉と一緒の蛋白質だからね。お肉が嫌なら普段はこれを食べたら良いよ」


 広岡は焼けた肉っぽい大豆を荒木の皿に移し、麦酒を空いたコップに注いだ。


「何か変な匂いがするんですよ。お肉って。獣肉は蒸れた洗濯物みたいな匂いがするし、魚は魚で腐った水みたいな匂いがするし。だから嫌なんですよ」


 ぼそぼそと言う荒木を、困った生徒を見るような少し哀れんだ目で広岡は見た。

 世間の人たちは、今荒木が言った匂いを肉の良い匂い、魚の良い匂いとして好んで食べるというに。


「でもね、荒木君。君は職人選手なの。食べるのも重要な仕事なのよ。だけど君は幸運なんだよ。世間の人たちは嫌い、やれないってなったら職を失うの。でも君は周囲が何とか君を活かそうとしてくれるんだから」


 諭すように言う広岡に、荒木は小さく数回頷いた。

 そんな荒木を見て、広岡も一つ頷いた。


 何となく良い雰囲気になったところで、広岡はコップの麦酒を一気に飲み干した。もうすでにそれなりに麦酒を呑んでいて、かなり顔は赤い。その広岡が飲み終えたコップをダンと音をさせて机に置いた。

 反射的に荒木が体をビクリと震わせる。


「ところで話は変わるんだけど、君、私に隠し事してるよね?」


 目を細め、じっとこちらを見てくる広岡から、荒木は思わず視線を反らしてしまった。

 すると広岡は荒木の顎を指で掴み、ちゃんと目を見ろとすごんだ。


「な、何の件か、わ、わかりません」


 苦し紛れにそう回答した荒木を、広岡がギロリと睨む。


「ほう。そんなにたくさん隠し事してるんだ。ふうん」


 尋常じゃなく重くなった空気に、思わず荒木の額から一筋汗が垂れる。

 なおもダンマリを決め込もうとする荒木に、広岡は「はあ」と特大のため息をついた。


「栞ちゃんって言ったっけ? もうこっちはとっくに情報を掴んでるのよ!」

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