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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~
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第2話 とんでもない相談

 雪柳会本社からの帰りの車で、荒木はかなり焦燥した顔をしていた。


「嫌なら断っても良いんだよ。私たちにとっては商売のお話だけど、荒木選手にとっては男女のお話なんだから。ただ、会長が言うように、一度会うだけは会ってもらいたいな。その上で好みじゃないなら、私の方から上手い事言ってお断りするからさ」


 松園会長はまるで拝みこむように両掌を合わせて懇願してきた。



 こんな事を相談できる相手は荒木には一人だけしかいない。

 練習後、着替えの終わった若松が一人になった所でそっと相談した。絶対に広岡先生には黙っていてくれと念を押して。


「いや、うちのに黙っててくれも何も……こんな話できるわけねえだろ。俺だってできれば知りたく無かったよ」


 そう言って若松も頭を抱えてしまった。

 あれ以降、荒木はもうどうして良いかわからずに焦燥しきった顔のまま。美香から部屋を見に行こうと誘われているのだが、確実に状況がこじれると感じ、それにも行けていないような有様である。


 二人して、「はあ」というため息しか出ない。

 そんな二人に一つの影が近寄ってきた。


「よう、お二人さん。相変わらず仲が良くて何よりだねえ。嫉妬しちまうよ、俺」


 かっかっかと笑いながら男はからかってきた。

 若松が顔を上げて睨むと、男は少し怯んで、何かあったのかと声をかけた。


「そうだな。お前に相談するのが良いかもしれんな。良い所に来てくれた。ちょっと付き合えや」


 そう言って若松はその男――杉浦の肩に手を回して、喫茶室に珈琲を買いに向かった。

 持ち帰り容器に冷えた珈琲を持って、男三人は杉浦の車に向かった。


「はあ!? 雪柳会の新会長の娘とお見合い?」


 飲んでいた珈琲を思わず吹き出しそうになるほど、杉浦は驚いて大声をあげた。

 声がでかいと若松が注意し、杉浦が思わず口を手で覆う。


「いやいや、凄え事じゃん。悩む事なんて何もねえだろ。いや、知ってるよ。お前が例の借金の娘と付き合ってるってのは。だけどさ、会うだけは会ったら良いじゃんか。これは仕事なんだって割り切れば」


 自分が言っているような単純な事態じゃないのだという事は、杉浦も若松と荒木の反応からうかがい知れている。だが、若松ほど詳しい状況が知れているわけじゃない。

 若松もそれはわかっている。そういう意味では、素の反応が知れた事だけでも良かったかもしれない。


 その後、若松の口から美香の事が語られた。

 荒木の目からではなく、第三者が見る美香の評。それが知れた事で荒木も少しだけ冷静になった。


「なるほどなあ。我慢して裏で泣く娘なのか。確かにそれはちと面倒臭いな。そういう娘は絶対に身を引くって言ってくるだろうしな。ちょっと会ってみるだけ、仕事だからは通用しねえかもな」


 美香を重い女みたいに言う杉浦に、荒木は若干不快感をしめすものの、親身になってくれているのは感じるため、何も言えなかった。


「で、荒木。その美香って娘の方とはどこまで進んでるんだよ。それにもよるだろ」


 杉浦の質問は、何気に若松も知りたいところであった。

 荒木が実は同棲しようとしているという話をすると、若松は少し嬉しそうな笑顔になり、杉浦は逆に眉をひそめて難しい顔になってしまった。


「まず状況を整理するんだがな、前提の話として、雪柳会のお嬢さんと会わないという選択肢は荒木には無いんだよ。しかも向こうは先代会長に頼み込んでお前に会いたいって言ってきてるんだ。それはもう完全に舗装された道って奴だ」


 その話に若松はすぐに納得したのだが、荒木はよくわからないという顔をし、首を傾げた。


「いや荒木、杉浦の言う通りなんだよ。相手は会派の令嬢なんだから、もう道は舗装された一本道、相手がお前に飽きて引き返さない限り、目的地まで行くしかないんだよ」


 若松までそう言い出し、荒木は自分が思っていた以上に事は重大なんだという事を知った。


「でも、松園社長は一回会うだけで良いからって……だから俺、応援団に会う気持ちでいたんですけど……」


 そう荒木が言うと、杉浦と若松は同時に吐息を漏らし、呆れ果てた顔をした。そんなわけが無いだろうと。


「実は問題はもう一つあるんだ。うちの妻だ。うちのは高校時代の荒木の顧問なんだよ。女性特有の勘の鋭さに加えて、教師特有の洞察力がありやがる。この事は絶対にバレる」


 それがどうしたという顔を杉浦はしたのだが、荒木が頭を抱え、若松が絶望的な顔をした事で、同じくらい大問題なんだという事に気付かされた。それと共に、何で俺はこんな事に巻き込まれているんだという、えも言われる理不尽感が沸いている。


 三人で同時にため息をつき、三人同時に珈琲を口にした。



 パンと杉浦が手を叩いた。

 若松と荒木がびくりとして杉浦に視線を送る。


「手段は二つだと俺は思う。どっちを取るかは荒木次第だ。一つはこの事を若松の奥さんに打ち明けて判断を委ねる。それだけ賢い人だっていうなら、きっと何かしら良い手立てを考えてくれると俺は思うんだよ」


 なるほどと納得し、若松はもう一つの手段をたずねた。


「もう一つは、極秘裏に全ての事を済ませる。その令嬢と会った事も誰にも喋らない。俺たち三人だけの秘密にしてしまうんだよ。いずれバレるさ。でもそれがいずれであれば問題は無いと俺は思うんだよ」

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