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【完結】竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
最終章 飛翔 ~代表時代(後編)~

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第1話 雪柳会の朝比奈会長

 八月に入り、小田原遠征から戻った荒木は一人、球団事務所に呼び出された。


 また何かの営業活動だろう程度に考えていたのだが、受付で案内された部屋は全くそんな場所では無かった。


 『社長室』


 そんな部屋に初めて足を踏み入れた。

 白群色の絨毯がふかふかしていて、何だか雲の上にいるような、おかしな感覚に襲われる。


「やあ、来たね、荒木選手。待っていたよ」


 わざわざ松園が椅子から立ち上がって向かってきて、入口で畏まっている荒木の肩に手を置き、応接椅子に座るように促してきた。


 この時点で荒木は嫌な予感がプンプンしていた。松園の隣に座っているのが、これまであまり見かける事の無い総務部長の佐藤というのも、嫌な予感に拍車をかける。

 見ると、目の前の机には既に荒木用のお茶まで用意されている。どう考えても単なる労いではない。絶対に面倒事だという事が直感でわかる。


「荒木選手は、うちの球団の提携団体がどんなところかは知っていますか?」


 唐突に松園がそんな聞き方をしてきた。


「えっと確か聞いた話では雪柳会という競竜の会派だとか」


 雪柳会の名前が出た事で松園と佐藤は「おっ」と声をあげた。

 何となくその反応が馬鹿にされたような気がして少し苛っとする。


「その雪柳会なんですがね、朝比奈あさひな孝朝たかともさんという方が会長をされていたんですが、先日高齢を理由にご子息の吉朝よしともさんという方に交代になったんですよ」


 決してそこまで高齢というわけでは無かったのだが、昨今会派の会長の若返り交代が盛んで、恐らくはその流れではないかと松園は推測しているらしい。


「それで先日、私も就任のお祝いを言いに伺ったんです。そうしたら新会長、うちの好調な成績を喜んでくれてましてね。それで荒木選手、是非あなたに直接お会いしたいって言うんですよ」


 話を聞く限りではそこまで面倒事に思えない。強いていうなら堅苦しそうというだけ。


 こうして荒木は松園と共に駿府にある雪柳会の本社へと向かう事になった。



 ――雪柳会は競竜の竜主集団である会派の一つである。

 競竜はその名の通り、恐竜の速さを競わせる競技。もちろん、そこには一般市民がお金を賭けるし、勝った竜には賞金も出る。そうなるとどうしても竜は高額になり、個人の竜主が竜を走らせて、その後の面倒まで見るというのは、なかなか難しくなってくる。

 そこで、竜主が集まって『会派』というものを結成している。


 会派は竜主以外にも、その豊富な資金力で多岐にわたる業務を行っており、さらに馴染みの政治家も抱えており、いわゆる財閥と化している。


 竜杖球の球団はこの会派の支援によって成り立っている。

 会派は全部で二四。竜杖球の球団も四国六球団で計二四球団。つまり一つの会派が一つの球団を支援しているという状況。


 ただし、会派によって財力に差があるし、熱の入っている球団もあればそうでない球団もある。その辺りは球団の資金力にも影響してしまっている。

 雷雲会という甲府に拠点を置く巨大会派が幕府球団を支援しており、稲沢に拠点を置く紅葉会という巨大会派が稲沢球団を支援している。さらに会派首位である酒田の紅花会は北府球団を支援している。

 この三会派の支援を受けた三球団が資金が潤沢といわれるのが頷ける――



 雪柳会は二四の会派の中でも中堅どころ。少し前まで低迷していたのだが、最近久々に吉良という伊級調教師が誕生。その調教師の活躍で、徐々にだが活気づいてきている。

 そんな雪柳会の本社が、今、目の前にそびえ立っている。



 本社に入ると受付で松園は「事前にお約束をしていた見付球団の松園です」と名を告げた。すると受付の女性がどこかに連絡を入れ、すぐに担当が来るのでお待ちくださいと案内してくれた。


 少し腰かけて待っていようと松園は言ったのだが、そんな間もなく、すぐに迎えの人がやってきた。

 その人物は「筆頭秘書の庵原いはら」と名乗った。まだ三十代前半といったところだろうか。かなりの長身でギロリとした力強い目が特徴的な人物である。

 庵原は松園ではなく、真っ先に荒木を見て声をかけてきた。


「おお、荒木選手! 雪柳会本社へようこそ! ささ、会長が首を長くしてお待ちですよ。さあ、参りましょう」


 庵原の案内で昇降機で建物の最上階へ向かう。

 扉が開くと、そこには新緑色の絨毯が敷かれていた。見付球団の白群色のように、新緑色というのが雪柳会の基調色なのだろう。


 会議室、秘書室、経営戦略部、そんな札のかかった先に社長室といういう札があり、その先に会長室という札のかかった扉が現れる。他とは異なり、木の質感を生かしたいかにもな感じの扉であった。


 コンコンと庵原が扉を叩くと部屋から「どうぞ」という声が聞こえる。


 かちゃりと扉を開けると、そこに四十代くらいの男性が立っていた。

 松園に背を押されて部屋に入ってきた荒木を見て、男性はつかつかと歩み寄って来て、その手を取った。


「初めまして荒木選手。雪柳会会長の朝比奈です。いやあ、此度はわがままを言ってお越しいただいて申し訳なかったですね」


 人懐っこい笑みを浮かべて朝比奈会長は荒木の肩を叩いた。

 立ち話もなんだからと、すぐに椅子に座るように案内。庵原は一旦そこで退室。

 庵原が退出してすぐに女性秘書がお茶とお茶菓子を持ってやってきた。銘菓安倍川餅が荒木の目の前に置かれる。


 真っ先に荒木が安倍川餅に手を付けた事で、そこから朝比奈は話を膨らませていった。荒木も荒木で、自分はお婆ちゃん子だから、こういう物に目が無いんだと喜色を浮かべる。

 どうやら、朝比奈も荒木という人物をある程度把握できたらしい。お茶をひと啜りして、突然本題を切り出してきた。


「ところで荒木選手。荒木選手は確か、まだ独身でしたよね?」

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