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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第61話 あの日の事

「なんだ荒木、お前どこ行ってたんだよ。女の子たちが探してたんだぜ」


 大広間に戻った荒木を目ざとく見つけた秦がそう言って手を引いた。どこに連れていかれるのかと思えば女子選手たちのところ。

 鼻の下が伸びきった池山、同じく鼻の下が伸びきった飯田、もはや元の顔が想像できないくらい緩みきった顔の広沢、その三人を囲んで女子選手たちがきゃっきゃと騒いでいる。その中に引っ張っていかれたのだった。


「これがうちの得点王、いや、我が瑞穂が誇る得点王の荒木だよ!」


 そう仰々しく秦が紹介すると、女子選手たちがキャアと一際大きな歓声をあげる。

 あまりの音量に無意識に足が一歩下がってしまう。

 その悲鳴のような歓声を聞きつけて、女子選手が一人、また一人とやってきてしまった。それに合わせて若松や杉浦、八重樫、ホルネル、小川と続々と集まって来てしまった。


 ニコニコ顔の女子選手に囲まれ、思わず頬が緩む。

 するとお尻に傷みを感じた。

 その痛みで我を取り戻し、すっと真顔になる荒木。

 恐る恐る振り返ると笑顔の貝塚が立っていた。よくよく見れば、その笑顔は作り物。目が全然笑ってない。


「おお、うちの球団の男女得点王の揃い踏みだな。この二人が東国の得点王なんだもんな。うちの球団の勧誘者の目は大したもんだわ」


 荒木と貝塚が横に並ぶ姿を見て若松がそう言って囃した。


「美月ちゃんは前に荒木選手の個人指導を受けて、劇的に得点力が上がったんですよ。私も受けたかったな。個・人・指・導」


 女子選手の一人がそんな話を振った。

 それを聞いた秦たちが一斉に荒木を冷やかした。

 だがただ一人、若松だけは顔を引きつらせている。


「……おい、今の本当なのか? いったい何の指導したんだよ」


 若松がギロリと荒木を睨む。

 するとそんな若松を貝塚がクスクス笑った。


「若松選手、変な誤解しないでくださいよ。前に慰労に来てくれた時に、肘を伸ばして竜杖を振れって指導してもらったってだけですよ。もう、()()()だなあ」


 若い女性から『すけべ』と言われ、若松は耳を真っ赤にして照れた。そんな若松を女子選手たちが可愛い可愛いと持て囃す。


「えぇ、美月ちゃん、ほんとにそれだけ? だって、高校の先輩なんでしょ? 高校時代に色々とあったりしたんじゃないの?」


 先ほどの女子選手がまたも衝撃暴露をして貝塚を冷やかす。

 それにまたもや若松が過剰な反応を示し、荒木に冷ややかな視線を送る。


「私は……それでも良いんですよ。荒木せ・ん・ぱ・いっ! あっ、照れてる! 可愛い!」


 貝塚の冷やかしに、他の女子選手たちも大盛り上がり。

 尾花や広沢たちも、たじたじの荒木を指差して大笑いしている。



 大いに盛り上がっている所に、営業部の右近課長が集音機を持って台上に上がった。

 右近はああでもないこうでもないと長々と話をし、皆の盛り上がりを少し冷ましてから乾杯の音頭を取った。


 そこは言っても職人選手。

 まずは飯だ酒だと、懇親会の趣旨などそっちのけで、中央で良い匂いをさせている食事に殺到。最初に用意された食事はほぼ一瞬で無くなり、大宿の仲居さんたちが慌てて料理を持ってきた。

 信じられない早さで麦酒の瓶も空になっていく。


 しばらく料理の追加が整うまでの時間稼ぎとして、社長の松園がやってきて話を始めた。


 その間、荒木は好物の芋料理と豆料理をこそこそと皿に乗せて食べていた。


「相変わらずですね。そんなのばかり食べてて怒られません? 職人選手の食事じゃないって」


 荒木としては、ごく自然にこっそりと食べているつもりであった。

 ご丁寧に薄く削いだ肉を回りに被せており、ぱっと見は肉料理に見えるという周到さ。

 ギクリとして声の方を向くと、そこに立っていたのは貝塚であった。


「私、前から気になってたんですよね。その先輩の食事。前回会った時も芋ばかり食べてて。脚気になりますよ?」


 呆れ口調で叱られて、荒木はバツの悪そうな顔を貝塚から背ける。


「そんな事よりさ、お前に言いたい事があったんだよ。お前、あの時の事、どんだけ周囲に言いふらしたんだよ」


 『あの時の事』を思い出し、貝塚の顔が真っ赤に染まる。急に照れて指をもじもじとさせた。

 だが、徐々に荒木の言った全体を理解し始め、口を尖らせた。


「私、誰にも言ってません! それは、あんな感じでしたから、周囲には色々聞かれましたけど、酔っぱらって吐きまくって、それどころじゃなかったって言ってあります」


 じっと貝塚の目を見る荒木。

 貝塚は照れて真っ赤な顔をしながらも、荒木から目を反らさない。

 その態度でどうやらその発言が偽りじゃなさそうだという事を察した。

 「何かあったんですか?」とたずねる貝塚に、荒木はため息をついてから、皿の芋を一切れ口に運んだ。


「お前との事を報道の奴が二人も言ってきやがったんだよ。どこから聞いたのかは知らない。だけど、はっきりと確信を持って言ってきた感じだったんだよ。だから、お前が酔って誰かに喋ったのが広まったんじゃないかって」


 そう指摘され、貝塚は唇を軽く噛んで考え込んだ。

 だが首を横に振った。


「取材だって言って久野先輩が来て、荒木先輩の事を聞かれましたけど、一度指導を受けただけって言いました。あの時の事があるから、あの後から酔うまで呑まないようにしてますし。だから私たち以外誰も知らないはずですよ」


 すまなそうにする貝塚の頭に荒木は手を置いた。


「疑ってすまなかったな。俺の指導で点が取れるようになったって聞いて、何だか誇らしいよ。頑張って得点王になってくれよな」


 そう言って微笑んだ荒木に、貝塚は耳を赤くして恥ずかしがりながら頷いた。

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