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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第60話 二か月放置

 代表戦を終え、見付に帰って来た荒木に球団から呼び出しがかかった。


 球団事務所に向かい案内されるがままに営業部へ足を運ぶ。営業部の事務室の前の小さな会議室に通され、そこで右近課長から話を聞く事になった。


「もう他の人には全員話をしているんだけどね、今、うちの球団絶好調じゃない。男女共に。そこで社長がね、懇親会を開いて労ったらどうかって言ってくれたんだよ」


 出れるよねと右近はたずねた。


「全員って、男女合同でって事ですか?」


 そうたずねる荒木に、右近は眉をひそめ、首を傾げた。


「男女共にって今言ったじゃん。当然会場はそこらの呑み屋じゃないよ。ちゃんと浜松の大宿の大会場を借り切ってやるんだよ。肉も魚も食べ放題、酒だって飲み放題だぞ!」


 『浜松の大宿の大会場』と聞いて荒木はギクリとした。

 浜松には大宿がいくつもあるが、その中の一つ、紅花会の大宿で美香が働いている。もし貝塚とイチャイチャしている場面を見られでもしたら、確実に数日後には若松家から呼び出しがかかるだろう。


 どうかしたのかとたずねる右近に、荒木は何でもありませんと言って、引きつった笑顔を向けた。



 そして当日。

 見付駅から浜松駅に向かう輸送車の車内はわいわいと実に賑やかで朗らかなものであった。ただ二人、荒木と栗山を除いて。


 荒木の隣に座る若松は、どこか呆けた顔をする荒木の顔をチラチラと見ていた。


「おい、荒木、どうした? あの娘となんか喧嘩でもしたのか? まさか、また放っておいたんじゃねえだろうな」


 ギクリとする荒木を見て、若松は目を細める。


「お前も懲りん奴だな。何度それでうちのに呼び出しを受けてるんだよ。たとえ会えなくてもだな、暇を見つけて連絡だけしてれば相手は満足するんだよ。そういうマメさが大事なんだぞ。今回はどれくらい放っておいてるんだよ?」


 そうたずねる若松に、荒木は指を二本立てた。

 なんだ二週間かという若松に、荒木はバツの悪そうな顔をして、若松から顔を背けた。


「……え? おいおい、二か月はちとマズく無いか? うちのだったらしばらくは癇癪起こして口きいてくんねえぞ。まあ、うちのは気が短い方ではあるけど」


 それを聞き、どうしようと呟く荒木に、若松も顔を引きつらせた。


「どうしようも何も、やっと会えたみたいな雰囲気を作るしかねえんじゃねえか。忙しかったって言い訳して。うちはそれで何とかなってたけどな。でもあの娘、うちのと違って泣きじゃくる娘だからな。こいつらの前で泣きじゃくったら……」


 周囲を見渡して青ざめる荒木の肩を、若松はポンポンと叩いて慰めた。



 輸送車が大宿に到着した一行を、大宿の支配人と若女将が入口で会釈で出迎えていた。

 若女将の案内で靴を上履きに履き替えて、大広間へと向かう一行。

 大広間にはすでに竜水球の選手たちが来ていて、きゃっきゃと黄色い声をあげて賑やかに騒いでいる声が聞こえてくる。


 そんな中、若女将の氏家あやめが荒木の手を引いた。


「荒木さん、ちょっと」


 営業笑顔の奥の怒りの表情に、荒木は背筋をぞくりとさせた。

 うなだれてあやめの後を付いていく荒木。

 案内されたのは従業員用の小さな会議室であった。


「美香ちゃん、連れてきてあげたよ。まだ懇親会には時間あるから、この二か月間放っておかれた恨みつらみを存分に晴らしなさいね」


 にこりと微笑みを荒木に向け、あやめは会議室の扉を静かに閉めた。

 二人きりの空間が実に気まずい。


「……あの、一点だけ、言い訳しても良いかな?」


 美香は無言で口を尖らせてこちらを凝視している。


「あのね、決して放っておいたわけじゃないんだよ。その、色々と忙しくてね。代表であっち行ったりこっち行ったり、職業球技戦でも遠征があってね。おまけに報道の取材とかもあって。だから、その……連絡できなくてごめん」


 最後の『ごめん』の部分で美香は瞳を潤ませた。


「私の事、冷めちゃった……の?」


 少し舌足らずな感じで美香は言い、眉をハの字に傾け、少しだけ首を傾げた。

 荒木は慌てて美香の下に向かい両肩に手を置く。


「何言ってるんだよ。そんなわけないじゃん。どんな事があっても、俺の心の中にいるのは美香ちゃんだけだよ。いつだって。美香ちゃんだって知ってるはずだろ?」


 美香の頬から涙がぽろりと零れる。

 だって、だってと声を絞り出す。

 そんな美香の頭を荒木は包み込むように抱き抱えた。


「俺だって毎日美香ちゃんに会いたいって思ってた。だけど、美香ちゃんも忙しいだろうなって思うと中々連絡ができなかったんだよ。今日だって俺、久々に美香ちゃんに会えるって楽しみにしてたんだよ」


 すると、それまで膝で固く結んでいた美香の手が、荒木の腰に回された。

 離すまいとぎゅっと抱え込んでいる。


「不安だったの……私……見捨てられちゃったんじゃないかって言ってくる人もいて……」


 わあわあと声をあげて泣く美香の頭を荒木は優しく撫でた。


「馬鹿だなあ。そんな事あるわけないじゃんか。縁結びの神様に一緒に誓っただろ? そうだ! 今度一緒に車でどこかに行こうよ!」


 返事は無い。

 だが美香は無言で首を縦に振っている。


 そんな美香を強引に引き剥がし、その震える唇に顔を近づけた。

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