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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第56話 待ち伏せする男

 史菜とは部屋で別れて一人駐車場へと向かった。

 すると車の前に一人の男性が立っていた。


 ハンチング帽を被った男、この顔には見覚えがある。どこで見たかは思い出せないが、確かにどこかで見た事がある。


「久しぶりだな。と言ってもお前の方は覚えてやしないのだろうがな。だが俺ははっきりと覚えているよ、荒木雅史」


 誰かはわからない人物に名前を知られている恐怖。

 肌がぞくりと泡立つ。


「可愛いと評判の女子竜杖球の選手の次は、人気放送員とこうして密会。ずいぶんと良い身分じゃねえか。ええ?」


 くくくと男は低く笑った。


 なぜ、こいつが貝塚との事を知ってるんだ?

 あの夜の事がなんでそんなに知れ渡ってしまっているんだ?

 まさか、貝塚が英雄譚のようにべらべらと喋りまくっている?

 無いとは言わなないが、だが、なんでそれをこいつが知っているんだ?

 そもそもこいつは誰なんだ?


「お前は誰だって顔してんな。怖いか? お前の知らない男が、お前の事を知ってるって事が。くくく……いい気味だぜ」


 絶対にどこかで見たはず。なのに思い出せない。頭の中がもやもやする。


「人気放送員? 密会? 何を言ってるんだ、あんた。俺はたんにここに泊まりに来ただけだぞ」


 そう言ってとぼけた荒木を男はギロリと睨んだ。


「お前、嘘が下手だな。宿帳を見せてもらって、お前が泊ってない事はわかってるんだよ。そして、貴賓室には久野史菜が宿泊している事もわかってるんだ」


 もしかして警察?

 だとしても、なぜ警察が俺の女関係なんかを調べているんだ?


「お前みたいなどこの馬の骨ともわからん奴に宿帳を見せるとか、ここの大宿の機密保持はどうなってるんだろうな」


 そう言って、男を無視して車に乗り込もうと運転席の扉に向かった。

 だが、男は車の前に移動してきた。

 車に乗り込んでも発進はさせない、そういう態度である。


「ここの大宿は社会の仕組みに従っただけだ。お前が好きな規定ってやつだよ。そこを責めるのは筋違いというものだろう」


 男はそう言ってまた「くくく」と笑った。


「人の個人情報を勝手に暴露して良い規定なんてあるわけねえだろ! ふざけた事ぬかしてんじゃねえよ」


 啖呵を切った荒木を男は鼻で笑った。


「ふざけてなんていねえよ。この世の中ってのはな、そういう規定の穴ってのがごまんとあるんだよ。それを知らずにわあわあと喚くなんざ、無知蒙昧も甚だしいな」


 男の挑発に荒木は黙ってしまった。口元を引きつらせ、なんとも言えない顔をしている。

 その表情を見て男はじっとりした目を荒木に向けた。


「……お前まさか、『無知蒙昧』の意味がわからずに困惑してるんじゃねえだろうな」


 図星を突かれ荒木が視線を泳がせる。


福田ふくで水産ってのは、そんなに偏差値の低い学校なのかよ……」


 その男の一言で、やっと荒木は目の前の男が誰かを認識した。

 どこかで見たどころか、記者会見を何度も荒らしている問題の記者じゃないか。

 名前までは憶えていないが、かつて高校二年の時に決勝で当たった花弁学院の竜杖球部の顧問だった男。

 その後は競報新聞で竜杖球の記者をしていると日競の人たちが言っていた。


「どうでも良いけど、俺は帰るんだよ。そこどいてくれねえかな? じゃねえと、お前の事を報告して問題にするぞ」


 その荒木の一言で、男も荒木が自分の事を認識したらしいと感じたらしい。


「そんな事をしたら、俺はお前の事を世間に知らしめるだけの事だ。あまり俺の事を舐めない方が良いぞ。お前ごとき、いつでも社会から抹殺する事ができるんだからな」


 「どういう意味だ?」と荒木はたずねたのだが、男は「さあな」ととぼけた。


「一つ良い事を教えてやるよ。世間ってのはな、誰かの成功なんて望んじゃいねえんだよ。成功した奴が高転びに転ぶ事をこそ望んでるんだ。世間ってのはかくも下衆いもんなんだよ。お前にもいずれわかる日が来る。いや、俺がわからせてやる」


 男は車を平手でバンと叩いて去って行った。



 その場で荒木は日競新聞の猪熊に連絡を入れた。


「おお、荒木選手。どうしたんです? そちらからかけてくるなんて珍しいじゃないですか。何ぞ良い情報でもいただけるんですか?」


 さっそく情報のおねだりから入る猪熊に荒木は辟易したが、今はこんな人物でも命綱だ。


「一つ聞きたい事があるんですよ。俺の悪い記事を競報で書いてた何とかって記者、今、どうしてるかわかりますか?」


 電話先でごそごそという音が聞こえる。どうやら手帳を取り出しているらしい。紙をぺらぺらめくる音がする。


「えっと、元競報の堀内明紀の事ですかね。競報をクビになって、その後は『女性社会』という系列の女性紙に転勤になったみたいですね。こいつがどうかしたんですか?」


 荒木としては、この堀内なる男が、まだ記者をやっているという事自体信じられなかった。とっくに報道業界からは追い出されていると思っていた。


「現れたんですよ。ついさっき、俺の目の前に」


 「えっ!」と猪熊はかなりの大声を発した。そのせいで耳がキーンと悲鳴をあげている。


「堀内の奴、何をほざきやがったんですか?」


 色々言われたからイマイチ何を言われたのか整理は付いていない。だが一つはっきりと覚えている事がある。


「『世間は成功した奴が高転びに転ぶ事を望んでるって事を俺がわからせてやる』って……」


 しばらく黙った後、「最悪だ」と猪熊は吐き出すように言った。

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