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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第55話 史菜の境遇

「えっ? 何で?」


 何で貝塚との事を史菜が知っているんだ?

 焦る荒木を史菜は小悪魔のような瞳で見つめる。


「さて、何ででしょう?」


 そう言ってクスクス笑う。

 何かを言うとしたところで唇を寄せられて口を封じられた。


「私はそんな小さな事なんて気にしないよ。私をちゃんと見てくれればそれで良い」


 そう言いながら荒木の服を脱がしていく史菜。

 すでに自分の長衣の腰紐はほどかれ、小ぶりな胸が露わになっている。


 唇が触れるたびに頭の中が史菜で一杯になっていくのを感じる。

 他に考えていた色々な事が、パチンパチンと弾けて消えていく。



 気が付いたら、裸の史菜が幸せそうな顔で荒木の胸に手を添えて眠っていた。


 その顔は紛れも無い、あの頃の史菜のそれ。

 仮面でもない、昨晩の小悪魔のようなものでもない、高校時代毎日見た顔。


 とんでもない罪悪感が沸々と沸き起こってくる。

 史菜の息がかかり、ぞわっという感覚が全身を襲う。


”そのルースって選手。すげえ女癖が悪かったらしいぞ”


 急に若松が言っていた関根の昔話を思い出した。


 俺は女癖が悪いのだろうか?

 そう思いたくは無いが、現実にこうして横で寝ている史菜を見てしまうと、反省せざるを得ない。


 思わずため息が漏れる。


 結局貝塚の事はそっちのけで夢中になってしまったが、冷静になればその理由は簡単にわかった。

 今、貝塚は女子竜杖球で注目を浴びている。恐らく史菜は貝塚に取材をしたのだろう。その時に打ち解けて、酒でも飲みに行こうとなって、貝塚がぼろっと喋ってしまったのだろう。


「おはよう、荒木君。こんな風に朝が迎えられるなんて、まだ夢を見てるみたい」


 そう言って微笑む史菜の顔はどこか満たされたような顔であった。

 そんな史菜の頬を指で摘まんだ。


「その笑顔だよ。俺が知ってる史菜の笑顔は。屈託の無い、無垢な笑顔。ほんとにこれまで史菜も大変な思いしてきたんだな。その笑顔が消えちゃってたんだから」


 頬を親指で撫でるように擦ると、史菜の瞳が急に潤み始めた。


「私ね……この世界に入って初めて知ったの」


 いったい何を言い出すんだと荒木は困惑した。

 そんな荒木の顔も見ずに、俯いたまま史菜は言葉を続ける。


「女性放送員って放送会社の女郎なの。知っていたら私、こんな世界には絶対に入らなかった……」


 史菜は自分を『女郎』、商売女ばいただと蔑んだ。

 何を言っているのか、正直荒木にはよくわからなかった。

 確かに画面の中の史菜は、いつも男性の共演者と楽しそうに会話をしているという印象ではある。だけど、だからといって、それを『女郎』だなんて。


「私だって初めては荒木君が良かった。そうなってたら、きっと今の私はこんなじゃなかったし、荒木君だってきっと……」


 史菜は昨晩の事が初めてではない。それは荒木もすぐに気が付いた。何と言うか、色々と手慣れているという感じがした。


「思い出したくも無い。入社してすぐ、放送部の部長にこれは通過儀礼だって言われて、会議室で強姦されたの……。それを映像に撮られて、逆らえばこれをばら撒くって脅されて。その翌週には社長。その後は会長。あいつらは私の事を『貢物』って呼んだのよ」


 物扱い。

 それでも自分は竜杖球という専門知識があったから、撮影現場では大事にされたし、球技選手もかわいがってくれた。

 そうじゃない放送員の話もたくさん耳にする。

 弁護士に相談しようとして、反社に監禁されて薬漬けにされて、高額な借金を背負わされて、男性向けの性風俗店に払い下げられたという話も聞いた。

 一番最悪だったのは、北国の放送局に行った同期が今も行方不明になっているという事。

 そんな娘たちに比べたら私は成功者。だけどその代償はあまりにも大きすぎた。

 そう言って史菜はぽろぽろと涙を零した。


 子供のようにえずきながら泣く史菜を見て、荒木はずっと忘れていた過去を思い出した。

 史菜を最初に認識したのは、確か小学校四年生の時。その時から史菜は背が低く、同じ学級の男児にからかわれていた。

 そこに通りかかった荒木は、史菜をからかっていた男児に一緒に校庭で遊ぼうぜと声をかけた。男児は史菜をからかうよりも校庭で遊ぶ方が楽しそうと感じたようで、遊ぼうと言ってくれた。


 中学に入ってからは竜術部に打ち込んでいたからよくわからなかった。

 だが高校に入って同じ中学の娘から、史菜が中学の時からずっと荒木を意識してたという話を聞いてしまった。

 そこから何となく荒木も意識するようになった。


 だけど高校時代、史菜は一度も弱音を吐かなかった。文句は言うが弱音は吐かなかった。いつも笑顔だった。

 その史菜が、こうも打ちひしがれているなんて。


「例えどんな境遇でも自分を保ち続けられれば、それは自分なんだって。それが輝くって事なんだって婆ちゃんが昔言ってたんだ。だから俺も周りから何を言われても、自分の持ち味だけは消さないようにって務めてるんだ」


 そう言って荒木は史菜の髪を優しく撫でた。

 史菜は「うう」と声を発して泣き続けている。


「俺はあんな変な仮面の笑顔みたいな史菜より、今の笑顔の方が、昔と同じ笑顔の方が好きだよ。だからさ、史菜も挫けずにもう一度頑張ってみろよ」


 すると、それまで泣いていた史菜がふっと顔を上げた。


「また挫けそうになったら会ってくれる? 同じように慰めてくれる?」


 子供のように鼻を赤くしている史菜を見て、荒木は鼻を鳴らした。


「時と場合によるよ」


 それが荒木なりの冗談だという事は史菜にもすぐに気が付いた。

 泣き顔のままクスリと笑う。

 だんだんと可笑しさがこみあげてきたのだろう。史菜は荒木に抱きついて声をあげて笑った。

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