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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第52話 史菜の仮面

 スンダ連邦戦を前に、突然報道が竜杖球の特集をし始めた。

 これまでは頑なに無視し続けていたのに。


 落合の話によると、スンダ連邦の連盟から職業球技戦の放映権を購入させて欲しいという申し出があったらしい。その際、瑞穂の竜杖球はこれからどんどん強くなって、近い将来世界の一線級と互角に戦う日が来ると言われたのだとか。


 竜杖球の職業球技戦の放映権は、職業球技協会が一元管理している。

 職業球技協会が運営している放送局では毎週一試合を中継し、それ以外を録画放送しているのだが、他の放送局、例えば地域放送局や、球技放送局にも放送を依頼している。


 これまでは職業球技協会の方から放映してみませんかとお伺いをたててやっと放送してもらえるという状況だった。当然無料というわけにはいかず、それなりの『付け届け』が必要となっていた。

 だが、昨今は逆に地域放送局から毎試合放送するので値引きをして欲しいといった要望が来ている。

 そんな感じで徐々に知名度の上がってきた実感は協会も持っていたらしい。

 それがついに海外からの要請。それが話題となり、各放送局や新聞社が一斉に竜杖球を大きく扱い始めたらしい。


 ただ、新井は少し違う話を馴染みの記者から聞いたらしい。

 国際競技大会と世界大会は二年おきに開催されるのだが、それは何も竜杖球だけの話ではなく、蹴球、野球、篭球といった曜日球技も同様である。もちろん、予選の日程も似たようなもの。


 瑞穂は野球と避球が非常に強い。そのため、その二球技では強豪国扱いをしてもらっている。だが蹴球も含めそれ以外の球技はそうではなく、一次予選からの参加となってしまっている。

 蹴球、排球、闘球は一次予選では敵無しだが二次予選はさっぱり。篭球、送球は二次予選突破も四苦八苦。これまではそんな感じであった。


 ところが、今回、排球、闘球の一次予選敗退が決まってしまった。

 代表の試合というものは非常に視聴率の取れる番組である。それが曜日球技でも人気の排球、闘球の二次予選の中継が組めなくなってしまった。

 そこで最近なにかとお騒がせな竜杖球で空いた番組を埋めようという魂胆があるらしい。



 練習を終え、同部屋の彦野とまったりと過ごしていると、突然こんこんと扉を叩く音がした。扉を開けると連盟の職員の方が立っていた。


「荒木選手、ちょっとお時間よろしいですか? 荒木選手と対談をしたいという申し出が来ているんです。大沢監督は了承済みです。お疲れでなければお願いしたのですけどいかがでしょうか?」


 大沢が了承だというのであれば断るいわれはない。

 案内されるがままに、宿泊所の会議室へ荒木は向かった。



 扉を開けると、そこにいたのは史菜であった。

 他にも番組制作者が四人いたのだが、荒木の顔を見ると史菜に頑張れと言って部屋から出て行ってしまった。

 その時点で荒木はそこはかとない危機感を感じていた。


「どうしたの? 何緊張してるの? 荒木君が緊張しいだから、他の人に出てってもらったのに。大丈夫だよ。取って食おうっていうんじゃないんだから」


 そう言って史菜はくすくすと口元を隠して笑った。

 飲み物を勧められたのだが、飲んだふりをして口だけ付けて机に置いた。


「対談だって聞いたんだけど、俺の聞き間違いだった?」


 少しつれない態度で言う荒木に、史菜はピクリと眉を動かし、荒木の腰かける大きな椅子の前に立って、両手で腕置きを持って前傾姿勢を取った。

 大きく開いた胸元から紫色の下着が視界に入る。


「前回もそうだったけど、どうしちゃったの? 荒木君ってそんなじゃなかったよね? それとも少し時間が開いちゃったからなかなか慣れないの? あの頃は毎日一緒だったもんね」


 そう言って史菜は顔を近づけてきた。


「そりゃあ慣れないだろ。だって史菜はあの時と違い人気放送員()なんだから。前回の落合さん以外にも代表の中にお前の応援者が何人もいるんだぞ」


 荒木の指摘に「だから何?」と史菜はいつもの営業用の笑顔を向けて聞いてきた。


「地位、立場、名声、そんなの何も関係無い。私は私。あの頃と同じ、荒木君が大好きな幼馴染の久野史菜だよ。これまでえらい(=辛い、しんどい)事はいっぱいあったけど、修学旅行で行った伊勢の事を思い出して頑張って来たんだよ」


 荒木にも『えらい事』がたくさんあったように、自分にも『えらい事』がたくさんあったんだと史菜は言った。

 それを聞き、荒木は史菜をじっと見つめた。


「なあ史菜。俺、最近知ったんだけどさ、その『えらい』って方言なんだって。疲れたって意味で使ったら、大沢監督に天狗になるなって怒られちまったんだよ」


 史菜がくすりと笑う。


「実はね、私も同じ体験してるんだよね。合宿でこんな練習をしたって言われて『それはえらかったですね』って言ったら、子供扱いするなって言われた事があったの」


 何気ない会話。

 高校時代、よくこんな会話をしてたと史菜はぼそっと呟くように言った。

 それに荒木は小さく頷いた。


「俺、普段放送って見ないから、実は国際競技大会の合宿所で久々に史菜を見たんだよ。電視機で。その時は化粧のせいか、仕事に集中していたからか知らなけど、何だか史菜に良く似た人って感じたんだよね」


 静かに聞いていた史菜が、短く「今は?」とたずねた。


「前回会った時も、やっぱり史菜に良く似た人だった。でも、今日の史菜は俺の知ってる史菜だ。なんと言ったら良いのかなあ。放送の中の史菜は、史菜のお面を被ってるみたいに感じるんだよ」


 それを聞くと史菜は突然ぽろりと涙を零した。

 膝から崩れ落ち、荒木の膝に顔を伏せ泣き始めてしまった。


 自分の発言の何が傷つけてしまったのかはわからないが、荒木は泣いている史菜の頭を優しく撫でた。

 しばらく泣き続けると史菜は急に「ごめんなさい」と謝って来た。


「私、最近やたらとそれを言わるの。昔は自然の笑顔だったのにって。荒木君もそう思ってたんだ、だから素っ気ない態度を取られたんだって思ったら、急に泣けてきちゃって……」


 伏せた顔からぽたりと膝に雫が零れる。

 そんな史菜の頭を荒木は優しく撫でた。


「でも、今の史菜は俺の知ってる史菜だよ。あの頃と同じ優しくて、元気で、ちょっと幼な顔の俺の知ってる史菜だよ」


 そう荒木が言うと史菜はがばっと荒木の首に抱きついた。

 そして一旦その手を緩め、顔を近づけ唇を荒木の唇に押し当ててきたのだった。

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