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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第51話 竜杖球黎明期

 幕府球団戦に快勝した後、続く小田原球団戦、稲沢遠征にも勝利。

 開幕四連勝で四月を終えた見付球団は東国単独首位。


 五月に月が替わり、世界大会の一次予選スンダ戦に挑むべく合宿地の裾野へ若松と共に向かった。その道中、若松は先日関根監督と呑みに行ったという話を始めた。



 ――関根が選手をやっていた頃は、まだ職業戦開始前。

 だから関根も職人選手ではなく、普段は北国の牧場で牧夫をしながら選手として試合に出るという状況だったのだとか。


 当時、瑞穂代表選手だった関根たちも、世界大会や国際競技大会を戦っていたのだが、選手は全員本職と掛け持ち、極端に知名度の低い競技のせいで観客席はガラガラ、さらに成績は散々と、本当に酷い有様であった。


 そんな瑞穂代表に、中央大陸西部の国、ライン共和国連邦から一人の指導者がやってくる事になった。

 男の名はデットマール・ヴィルソン。

 現在竜杖球職業球技協会の会長を務めている渡辺も当時の新人選手だった。他には西本、近藤、大沢、金田、仰木、長嶋といった現在監督として活躍している人物が選手として名を連ねている。


 当時の選手は正しい竜の騎乗の仕方も知らず、正しい竜杖の持ち方すら知らず、一つの球を全員で追いかけているような、そんな幼稚園のお遊戯のような状況だったらしい。


 ヴィルソンはそんな選手たちに一から丁寧に竜杖球を教えていった。

 まずは竜に乗って練習場近くの山を登って降りて来る。

 竜は目の前の木を避けるのだが、乗っている人はその枝に顔をぶつけ鼻血を出す者が続出。ボロボロの顔で帰ってくる選手たちを、ヴィルソンは満足気な顔で出迎えた。


 その後は木馬に跨り、ひたすら竜杖の素振り。

 良い大人が公園の遊具のようなものに跨って遊んでいるように見られたようで、選手たちはかなり恥ずかしさを覚えていたらしい。


 そして十分休養の取れた竜に跨り練習試合。

 その時にヴィルソンがよく言っていた言葉がある。それが「もっと速く(シュネラー)!」と「戦え(ドゥエル)!」であった。


 ヴィルソンは外国に太い伝手を持っていて、直接外国の連盟に行き、練習試合をやって欲しいとお願いしてくれた。

 初年度の相手はヴィルソンの祖国ライン連邦。

 当時ライン連邦はフランツ・ゲーリヒという中盤の選手が大活躍していた時期で、ゲーリヒ一人に良いようにやられていた。

 その時の記録は今でも公式戦記録として残っているのだが、十九対〇というおよそ聞いた事の無いもの。


「皆さん、これが世界です。どうですか? あなたたちの国からもいずれゲーリヒのような選手が現れるでしょう。そう考えたら血沸き肉躍りませんか? そのためには、あなたたちはそれを継承し続けていかなければならないんです」


 だから体で覚えるだけでなく、ちゃんと頭でも覚えろとヴィルソンは指導したのだそうだ。


 そんな関根たちがどうしても忘れられない選手がいる。その選手もゲーリヒと同様に中盤の選手だった。

 後に『竜杖球デウス・ドゥ・の神(ジノサウロポロ)』と称される人物、エドソン・ルース。マラジョ連邦の選手である。


 ヴィルソンが瑞穂に指導者としてやってきて七年。

 ライン連邦の職業球団から監督業の勧誘があり、その年を最後に祖国に帰る事が決まっていた。そんなヴィルソンがどうしても対戦させたいと言って呼んでもらったのがルースを擁するマラジョ代表であった。

 前年の世界大会で、ライン連邦とマラジョは決勝で激突しており、このルースの活躍で三対二で見事優勝を果たしている。


 世界大会優勝国が来るという事で、関根たちは舞い上がっていたらしい。

 一方のルースたちは瑞穂で観光三昧の日々を送っており、完全に慰労気分であった。

 だが、一度竜に跨ったら顔つきが変わった。

闘士ゲズィヒト・の顔(アイネス・クリガー)

 ヴィルソンはそう言っていたらしい。


 ゲーリヒとルースには一つ大きな違いがあった。

 ゲーリヒは全ての能力が高く、その動きは正確無比。まるで精密機械のようと選手たちは言い合っていた。竜に跨った時の威圧感は、まさに『皇帝カイザー』と称されるにふさわしいもの。


 一方のルースは圧倒的に隙が多い。守備も下手だし、他選手との連携もまるでなっていない。

 だが球を追いかける速度だけは世界一。

 そして『黄金ベンガラ・の杖(ドゥラダ)』とうたわれた金細工の施された竜杖から放たれる球は、まさに変幻自在。


 ルースは前半だけで下がってしまったのだが、それでも試合結果は十五対〇。

 七年も指導を受けたのに何一つ成長できていないと感じた選手たちは、控室でがっくりしてしまっていた。

 そんな選手たちをヴィルソンは笑い飛ばした。


「君たちは世界一の国相手にまさか勝てるとでも思っていたのかね? もしそうだとしたら少々驕りがすぎるというものではないのかな? 私は今日の結果には大満足だよ。何せラインの時より失点が四点も少ないのだから」


 そう言って沈み切った顔をする選手たちに向かってカラカラと笑った。

 関根たちはそんなヴィルソンの態度にかなり苛っとしたらしい。

 だが、ヴィルソンは続けてとんでも無い事を言ったのだった。


「ライン戦の時、私は素人相手だからお手柔らかにと彼らに頼んだんだ。結果はあんなだったが、向こうは明らかに手を抜いてくれていた。だが今日は本気でかかって来て欲しいと言ったんだよ」


 その言葉の意味がわかった時、自分たちがちゃんと上手くなったんだという事を認識し選手たち涙を零した。

 最前列で号泣していた近藤、大沢、金田をヴィルソンは優しく抱きしめて、今日までよく頑張ったと声をかけた――



「なんでもそのヴィルソンって監督、米酒が大好物だったらしくてな。その後ライン連邦の代表監督に就任してるんだが、暇さえあれば米酒買いに瑞穂に遊びに来てたらしいぞ」


 そう言って若松はげらげらと笑った。

 すると若松は急に笑うのをやめ、荒木を指差した。


「関根さんが言うには、その頃のルースと同じ印象をお前に抱くんだそうだ。どうだ? 『竜杖球の神』と語り継がれる伝説の選手と比べてもらって」


 どうと言われても、荒木も「そうですか」以上の感想は無かった。すると急に若松はくすくすと笑い出した。


「関根さんの話だとな、そのルースって選手。すげえ女癖が悪かったらしいぞ。おまけに酷い偏食家だったらしくてな。自分の好きな料理しか絶対に口にしなかったんだそうだ。そういうところもお前に似てるよな」


 ぶすっとした顔で荒木は反論を呟いた。


「俺は女癖は悪くありませんよ」

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