第50話 幕府遠征
第二戦となる幕府遠征に挑むために、見付に戻ってすぐ幕府に向かう事になった。
代表戦から戻った後という事もあり、先発からは外れたのだが、それについてはいつもの事だと特段何とも思わなかった。
驚いたのは、その観客の数。
幕府球団は職業球技戦が始まってから常に動員首位を誇っていた。西府球団の本拠地である花園中央公園は常に動員数二位に甘んじているのだが、その差は全く縮まらず、竜杖球の知名度が上がるにつれて開く一方であった。
その幕府球団の本拠地、調布総合運動場の観客席がスカスカだったのだ。
最初は、前日雨が降っており、それが客足を遅らせてしまっているのかもと思っていた。
だが、試合が始まっても観客席はほぼそのまま。結局、中休憩を迎えてもそれ以上の観客は来なかった。
「どうしちゃったんでしょうね。電車でも止まってるんですかね。あんなに観客が少ないだなんて」
そう荒木は小川にたずねた。
すると小川は細く息を吐き出し、広沢に顔を向けた。何と言えば良いかという助けを求めているような態度に見える。
「仕方ないさ。荒木は先週海外に行ってたんだから。先週、うちの三ヶ野台も似たような状況だったんだよ。うちはここと比べれば観客席が狭いからな。ここよりは目立たなかったけど、それでもかなり空席が目立ってたよ」
かなりがっかりした感じでため息交じりに広沢は言った。
すると杉浦が来て、荒木の肩に手を置いた。
「先週開幕戦だっただろ。それで観客数の発表があったんだけどな、どの球団も昨年度から観客数は大幅減だったんだよ。だけどうちは圧倒的に減少が少なかったんだ。なぜだかわかるか?」
杉浦が少し誇らしげに片側の口角を上げて聞いてきた。
どうしてですかと逆に荒木がたずねると、杉浦はふんと鼻を鳴らした。
「一昨年から続けてきている地元密着が、ここに来て大きく効いているんだよ。観て応援、そう言って地元の人たちが周りを誘って来てくれてるんだってさ」
「俺たちのこれまでの地道な営業努力が実を結んだんだ」と杉浦は誇らしげに言った。
だがそれを聞いていた関根監督が鼻で笑った。
「元が少な過ぎなんだよ。分母が小さいから減少幅が少なく出てるだけじゃねえか」
関根の指摘に、杉浦が荒木から顔を背けた。
「まあ、そういう側面も……あるかな」
バツが悪そうにする杉浦を他所に、関根はパンパンと手を叩き視線を集めた。
「俺はこの日が来るのをじっと待っていた。その昔、仰木たちとよく呑みに行ってたんだが、その時の理想がついに叶う日が来たんだ。後半尾花を荒木に代える。それと池山に代えて飯田。二人の速度で幕府を粉砕して来い!」
他の選手は先週開幕戦を迎えた。だが荒木にとってはこれが開幕戦であった。
敵地での開幕であったが、それでも荒木にとっては特別なものであった。
川相選手が荒木を見て竜杖を振っている。槇原選手や原選手、篠塚選手も荒木に竜杖を振った。荒木もそれに竜杖を振り返す。
不思議なもので、代表に呼ばれる度に他球団の選手の知り合いが増える。
だが、試合となれば彼らは敵の選手。容赦はしない。
審判の笛で後半戦が開始となった。
荒木が球を後方に打ち出すと、全ての選手が一斉に竜を動かし始めた。
荒木はそのまま真っ直ぐ竜を走らせ、定位置である相手の後衛の前に向かう。
一方で槇原選手も真っ直ぐ若松と広沢の前に陣取った。
中盤の栗山がホルネルに球を渡し、竜を走らせる。
ホルネルは前方の栗山に球を返し、やはり敵陣に向かって竜を走らせる。
幕府球団の後衛はクロマルチ選手と松本選手。
二人は荒木を警戒しながらじりじりと守備線を下げていく。
だがいつものように荒木が動かない。
球を受け取った栗山は川相選手の守備に必死に抗ったのだが、荒木に球を打ち出そうとした一瞬を突かれ球を奪われてしまった。
さてここから反撃、そう意気込んで竜の向きを変えた川相選手だったのだが、あるはずのところに球が無い。キョロキョロを見渡しても前方には球が見当たらない。
慌てて竜の向きを変え自陣を見ると、すでに荒木が後衛二人を振り切って今まさに竜杖を振り下ろさんというところであった。
何が起こったのかわからないが、観客席が妙に盛り上がっている。
栗山が飯田に良くやったと声をかけている。
一点取られたとはいえ、まだ二対〇。時間もたっぷりあり、焦る必要はないと原選手が声をかけている。
槇原選手の打ち出して試合が開始となった。
そこで川相選手は先ほど何があったのかを理解した。
槇原選手から川相選手に球が渡り、それを右翼の中畑選手に渡した。
ところが本来守備に入るはずの飯田が守備に入らない。代わりに栗山が中畑選手の守備に入っている。
栗山の守備で球が零れる。
それにいち早く飯田が反応し、駆け寄って攻め上がって行った。その速さだけなら荒木といい勝負である。とにかく攻め上がりが尋常じゃ無く速い。
慌てて川相選手が追いかけたのだが、飯田はその前に荒木に球を打ち出した。
それに荒木が追いついてあっさりと同点弾を決めた。
成す術無し。
監督の藤田が補欠席で頭を抱えてしまっている。
その後も飯田と荒木はその速さにものを言わせて暴れまくり、なんと後半だけで荒木は五得点。
まだ開幕二試合が終わった状況だが、見付球団が堂々の首位となった。
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